第5話 冒険者初心者講座(前編)

「おう、さっきぶりだな」


「あ、どうも」


初心者講座受講のため、言われたとおりにギルド併設の教室(教壇に1人用?の椅子と机が複数並んでる)みたいな部屋に向かうと、そこには酒を飲んだくれてるアクトンサイが居た。


縦にも横にもデカいからか、それともBランク冒険者だからか……なんか圧があるんだよな……。


「さて、そろそろ時間だし始めるかね。滅多に人が来ないから休憩時間になってるが……今日は参加者が1人いてくれるしな」


なんかさみしげな表情で零すアクトンサイ。


「――いいえ、自分もいます!」


その声にオレとアクトンサイは部屋の入り口を見ると、そこには男っぽい服で無理やり男装してる銀髪ロングヘアーの美女が居た。


「おいおいおい、なんで当代の辺境伯の長女様がこんなところに居るんだよ。ここは冒険者に登録したやつが初心者講座を受けるための部屋だぞ」


「はい! なので初心者講座を受けに来ました!」


「……いやいやいや、ここらへんで冒険者登録できるのはムルスヘルムだけだし、受付には娘バカな領主様が釘刺してるし人相書きも置いてある。だから受付なんて絶対に通さないはず……。血を使わない登録なら書いたやつが登録されて、カードを他人が使おうとすれば契約によって弾かれるはずだ……ならどうやって……まさか……?」


想定外の返答だったのか、アクトンサイが宇宙猫みたいな思考停止というか呆けた顔になる。


人相書きがあるから受付されない。


血を使わないなら冒険者カードは名前書いた人のカードになる。


つまり……あり得るとすると――。


「なので新入りの受付さんの時狙って、代役に私の偽名を書いてもらって、私から事前に取った血を使って登録させました!」


「がぁっ!! 登録システムの抜け穴突きやがった!」


「まさかと思ったが、アクロバティックな方法だな……」


アクトンサイが頭抱え、オレは感心する。


「……仕方ねぇ。講座やるぞ」


「えっ、いいんですか?」


オレは思わず聞いてしまった。


「冒険者登録しちまった以上、常設依頼を受注できちまうからな。何も知らずに放り出してひどい目見るよりかは、ここで現実を少しでも教えたほうがいい。冒険者やるのを諦めるかもしれないしな」


背中の煤けた雰囲気でアクトンサイが零した。


「あきらめません! 水に沈む都! 溶岩の海と食べられる不思議鉱石のある地下世界! 総てを凍てつかせる氷の大地! 果てなき空に浮かぶ島々! そして――それらの世界で手に入る色々な食材! 例えば死ぬかもしれない危険なところだろうと、私は世界を自分で見て、聞いて、感じて、味わいたいんです!」


この子すごいアグレッシブだなぁ。


「おい他人事みたいに思ってるようだが、死ぬ危険と隣り合わせって意味だとお前も当事者だぞ」


アクトンサイの言葉にハッとした。


「大丈夫かねぇ……まあいい、二人とも適当に座れ」





「――まず冒険者の基本。――冒険者は基本依頼受注費用を支払い、依頼を受けて、依頼主の意向に可能な限り沿って依頼をこなす。これが前提だ。例外は常設依頼だ。依頼主がギルドで、受注可能なランクなら受注してることになってて、契約金はない。代わりに常設は単価低い。それに納品系は審査厳しめで討伐系は討伐部位が討伐数判定材料になる。商人ギルドの雑用や領主の公共事業は専用の木札を受付に持ってこないと換金されないところが厳しいがな」


「あれ、常設の裏話?みたいなのこの冊子に書いてないような……?」


渡された冊子を見ながら確認すると、アクトンサイはにやりと笑う。


「そりゃ朗読するだけならわざわざやらねぇよ。――冊子だって受付に言えば銅貨3枚でもらえるしな」


「……初心者講座に来たから教えてもらえる先達からのありがたい情報ってことですね」


「そういうことだ。知らずにやるのと知っててやるのじゃ結果に天地の差がつくなんてザラだ。しっかりそのあたり噛み締めて講座聞くことだな」


オレの言葉にアクトンサイはからから笑いながら告げる。


力がなきゃダメだが、力だけでもダメそうだな。


今のこの世界におけるオレは金銭感覚もない世間知らずのアラサーでしかない。


他人の振り見て我が振り直せ――とは少し違う気がするが、異世界転移モノとかの無自覚系主人公とかのようなことをやらかすことないよう、気をつけないとな……。

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