005 黒すぎ大失敗ポーションの正体。
「うーわ、おわったわー! ぜってえアタッカー引退じゃん! なんなら死んでてもおかしくなくねこれ!?」
「モンスタートレインに巻き込まれとか、偶然レモンが来てくれてなきゃ多分死んでたな」
俺が「今日は用事あるんで絶対残業しません!」と宣言したので、同じ課のほとんどが同調し、定時でみんな帰宅しようとしている午後四時半。
まだ仕事の少なめな新入社員二人は、仕事が終わったのかはたまた諦めたのか、スマホでニュースを見て騒いでいる。
「こらこら、まだ仕事中でしょうが君ら!」
四月に入社して、まだ一ヶ月ちょいの新入社員。
当分の間、教育的指導が必要なお年頃。
教育係の若人が、そんな新人二人を叱ろうと試みている。
「でも先輩! 先輩の推しのミルクが……」
「う、おおおおおおおおおっ!? ミルクが、オレのミルクが!? な、ななな、なんじゃこりゃあああああ!?」
配信者にガチ恋しているらしい教育係の彼は、そのガチ恋相手のミルク?がアタッカー廃業の危機にあるらしい事実を新人のスマホで目の当たりにし、驚き叫んだ。
「まずは教育係から教育しなおさなきゃならんようだなア……」
俺のすぐ近くに座っている係長が、ドスの効いた声でそう囁いた。アーメン。
「念の為アーカイブ全部保存しなきゃならねえぞ! 仕事なんざしてる場合じゃねえ!」
「先輩! 分担して保存しましょう! 今日明日でチャンネルが消えるわけでもないでしょうし!」
「っすよ! 三人でやれば高効率っすよ!」
「君ら……っ!」
トンチキ騒ぎをよそに仕事をこなした俺は、なんとか定時にお先に失礼させて頂いた。
教育係と新人が係長に怒られているのに構わず、会社を出ちゃうもんねー!
「……アタッカー、引退、かあ」
電車に揺られながら考えるのは、レモンちゃんの事。
ダンジョンアタッカーは、常に危険がともなう命懸けな仕事でもある。
さっきのミルクがどんだけ酷い状態になってたかは知らないけど、その子を助けたらしいレモンちゃんも怪我してアタッカー引退する可能性は十分ある。
「俺に出来るのは、可能な限りアタッカーとしての寿命を伸ばすこと、くらいかな?」
本音を言うと、俺も義兄さんも、レモンちゃんにダンジョンアタックなんてして欲しくない。
でも、毎日ダンジョンに潜るその気持ちも十分理解できる。
だからこそ、俺はなんとかできる限りの範囲でレモンちゃんを手伝っている。
レモンちゃんのお父さんであるケント義兄さんだって、きっとそうだ。
いくらダンジョンアタックしようが、どう考えたってレモンちゃんの目的が叶えられなくても、彼女の気持ちを慮って、応援している。
レモンちゃんの母、ザクロ義姉ちゃんの救出が――絶対的に不可能だったとしても。
「あー、実物持ってった方が説明しやすいかな?」
帰宅して数分後。
廃棄確定の黒すぎんだろ馬鹿野郎ポーションを手に、隣の湯之谷さんちの前にやってきた。
そして、インターホンを押そうとした――瞬間。
ばたん。
湯之谷さんちの玄関の扉が、勢いよく開かれた。
「ああもう! なんでこんな事に!」
苛立ちを隠さず出てきた涙目の彼女こそ、マンションオーナーの湯乃谷カハイさん(32)。
顔半分が炎で焼かれ、更には片足を失った元ダンジョンアタッカーの爆乳シングルマザーだ。
彼女は大荷物を背に、歩行を補助する杖を急ぎ動かそうとしたが、目の前に俺が居たので驚き戸惑い、立ち止まった。
「命ヶ為さん? ええと、何かご用ですか? すみませんが急いでおりますので、時間が出来たらこちらからお声がけさせて頂くといった形でも宜しいでしょうか?」
今にも泣きそうな顔をしてるクセに大人な対応してくれたオーナーがなんともお美しい。
気持ち早口なのにお美しい。
「ポーションを捨てたいんですけど、処分方法が分からなかっただけで、急ぎじゃないんで、ええ、それで問題ありません。すみませんお忙しい所を」
真っ黒ポーションだけ見せつつ、身体を壁側に寄せて道を開けた。
「……は?」
ぽかん。
そんな擬音がピッタリな呆けた顔をして、間抜けた声を吐き出し、黒いポーションを見つめてくる爆乳オーナー。
「ちょっ!? そのポーション見せてください! 【鑑定】! ……うそ、本物!?」
オーナーは俺のポーションを持つ手首を掴み、片手の親指と中指で作った丸ごしに、黒すぎ大失敗ポーションをスキル鑑定した。
……あの、杖、落としてますよ?
「お願いします! いくらでも払いますので、そのポーションを売って下さい! どうか、どうかお願いします!」
「えっと……」
オーナーみたいな美人さんに手首を両手で掴まれ顔を近づけられたら、どんは男でも戸惑う訳で。
なんなら俺がポーションを持つ手にオーナーの爆乳が若干押し当てられてるから、余計に戸惑う訳で。
「お願いします! 娘が、娘が、もういつ死んでもおかしくない状態なんです! ですが、そのポーションさえあれば、助かる筈なんです!」
いや、そんな死にかけてる人が助かるような代物じゃあないんだけど? 絶対。
「いやあの、これ、初めて作ったポーションでして……」
「初めて!? そんな筈ないですよ! ありえません!」
ありえない言われても、事実だからなあ。
「いえ本当に初めてで、あまりに黒いから大失敗したのかと思いましてね? それでポーションの廃棄方法を聞きに来たんですよ」
「……そういえばさっき、ポーションを捨てたいと」
「ええ、初めてのポーションで、しかも大失敗なんです。なので、その、死にそうな人を助けられる効力はない筈ですが」
「え、ええー……?」
マジかコイツ? とでも言いたげな顔で俺を見て、若干戸惑っているオーナー。
「捨てるつもりだったので、もし湯乃谷さんが本当に欲しいのであれば、差し上げます。お金は要りません」
「え、いいんですか!?」
「はい。ですが、ポーションの効果については保証できませんので、その点だけ留意して頂ければと」
俺はオーナーに、大失敗してる筈の黒すぎポーションを手渡した。
受け取る所作すらお美しいオーナー。
深々と頭を下げる動作までお美しい。
「ありがとうございます! このご恩は、必ずお返しますので!」
「あはは、別に気にしないで良いですからね?」
「そんな訳にはいきません!」
んー、本当に気にしなくて良いんだけどなあ。
「じゃあ恩返し代わりに、その黒いポーションを使った結果を教えてください。自分、鑑定スキルないんで味見でもしないと効果が分からないんですよね」
正直、味見しないと効果が分からないのは、重大な問題だ。
回復するとか、味が良いとか、火を吹くとかならまあ、味見でなんとかなる。
でも、毒消しとか状態異常関連の回復は分かる訳がない。
「傷を負ってる人とかが実際に使ってる所を見れれば一番分かりやすいんでしょうけど。まあ、ですので、後でご報告を頂ければ、それで恩は返した、という事で」
うーん、とオーナーは考える素振りをしてから、全く予想してなかった提案をしてくれた。
「……病院、一緒に行きます?」
「へ? 娘さんが入院してる病院に、ですか? いやでも関係ない人が行くのは……」
「実際にポーション使ってる所、見たいのでしょう?」
「それはそうですが……」
ここまで言われて答えあぐねている俺の手を、オーナーは軽く握って引っ張ってくれた。
「行きましょう! 貴方は娘の命の恩人になるんですから、無関係じゃありません!」
そ、そんなもんか? そんなんでいいのか?
まあいいか? ……まあいっか!
「じ、じゃあ、宜しくお願いします」
「はいっ! では、参りましょう!」
良い笑顔でお返事してくれたオーナーがお美しい。
元アタッカーでマンション経営者だから金回りがいいのか、あらかじめ呼んでいたらしいタクシー(この場合はハイヤー?)に乗って、俺らはオーナーの娘さんが緊急入院してるらしい病院へと急ぎ向かった。
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