どっからどう見てもこのおっさん。強すぎるんだが……
芽春誌乃
第1話 おっさんギルド員、ゴブリンを"掃除"する
「ふぅ……今日も1日、無事に終わったな」
俺ことティム・バーキンは冒険者ギルドの事務机に広げた書類を片づけながら、小さく息を吐いた。
「日が暮れるのが早くなったもんだな」
窓の外は夕焼けに染まり、ギルドの喧騒も少しずつ落ち着きを見せ始めている。
この時間が俺にとってはなによりも安らぎを与えてくれる。
俺は今45歳。
見た目はごく普通の、いや、むしろ地味な中年男性だ。
安っぽいシャツにオンボロのズボン。
少し猫背気味で覇気がないように見えるかもしれない。
お腹も……まあ、それなりに出ている。
結婚とは無縁で、彼女は当然いない、ただの非モテおっさん。
自分で言っていて悲しくなる要素満載の人間が俺だ。
俺は冒険者ギルドの事務員として働いている。
日々の依頼の受付や報告書の整理、ときには駆け出しの冒険者の相談に乗ったりするのが主な仕事だ。
――――かつて?
ああ、かつては色々とあった。
魔王討伐だとか、世界を救うだとか、そんな大それたことをしていた時期もあった。
勇者パーティーの一員だったが……まぁ、ただ片隅にいただけで、別に活躍とかしていない。
名声や栄光なんてものは、俺にはまったく興味はなく、そういうものは煩わしいとさえ思っていた。
だから、魔王討伐後、俺はひっそりと冒険者稼業から足を洗い、このガルディア王国の片隅にあるギルドでごく普通の平凡な日常を送ることを選んだのだ。
「家族がいたらあんな感じだったんだろうな」
ギルドの窓越しに見える、ストリートを歩く家族を見てそう呟く。
「ま、今の日常に満足してるからいいか」
ちょっと寂しいが、それでも俺は十分幸せだ。
願いややりたいこと?
うーん。
俺の願いは1つくらいだ。
――――誰にも邪魔されず、静かに家庭菜園と日曜大工を楽しむこと。
朝は畑に出て、トマトの成長を眺め、休日は古くなったフェンスを修理したり、新しい棚を作ったりする。そんな平凡な日々こそが俺にとっての至福なのだ。
「ティムさん、お疲れ様です!」
背後から元気の良い声が聞こえた。
振り返ると金髪をポニーテールに結んだ少女がはにかんだ笑顔で立っていた。
リリア、16歳。
駆け出しのDランク冒険者で魔法使いだ。
まだ経験も浅く、いつもどこか危なっかしいが、お人好しで正義感が強い、とてもいい子だ。
「ああ、リリアちゃん。お疲れさま」
「はい! あ、あのティムさん! 今日、初めてのゴブリン討伐依頼、受けてきました!」
彼女は胸を張って報告する。
……ゴブリン数匹の討伐、か。
新人冒険者の登竜門のような依頼だが、それでも彼女にとっては大きな一歩だろう。
「そうか。気をつけてな。ゴブリンとはいえ、油断は禁物だからな。あいつら数が多いし、悪知恵も働くから案外足元をすくわれる冒険者も大勢いる」
「はい! 頑張ります!」
リリアは元気よくギルドを出て行った。
彼女の後ろ姿を見送りながら、俺はふと、今日の午前にあった出来事を思い出した。
今日の午前中、リリアがゴブリン討伐の依頼を受ける直前のことだった。
ギルドの裏手にある森で、ゴブリンの群れが不穏な動きを見せているという報告が上がっていた。
新人冒険者が向かうには少々危険な数だ。
――――ギルド員として見過ごすわけにはいかない。
「まったく、こんなところで騒がれたら、明日の家庭菜園に響くじゃないか」
というわけで、俺は誰にも気づかれぬよう、ひっそりと森へと足を踏み入れた。
ゴブリンたちは血に飢えた目でこちらを睨みつけてくる。
だが、俺にとってヤツらはただの『雑魚モンスター』だ。
――――一瞬だった。
「ギャアアアア!」
ゴブリンたちが俺に気づき、襲いかかろうとした、その刹那。
俺はまるでそこに存在しないかのようにヤツらの間をすり抜け、ゴブリンの急所を的確に叩いた。
音もなく、気配もなく、まるで影が通り過ぎたかのように……。
「ぎゃ? ギャアアアア⁇」
ゴブリンたちはなにが起こったのか理解する間もなく、その場に崩れ落ちた。
「よし、これで掃除完了、と」
ゴブリン3匹はあえて残しておくことにする。
なぜ3匹か?
だいたいこれくらいの数だったらリリアでも対処可能だからだ。
今のうちに若い層を育てておきたい。
そう考えているからこそ、全部ゴブリンを倒そうとすることはなかったのだ。
「これで大丈夫だろ」
俺は満足げに頷き、ゴブリンたちの死体を片付けてから、森を後にした。
ギルドに戻る途中、俺は誰にも見られていないことを確認し、何食わぬ顔で事務机に戻った。
――――そして、その数分後、リリアちゃんがゴブリン討伐の依頼を受けて森に向かったのだ。
「ティムさん。わたし、無事でした! ゴブリン、また倒せましたよ! しかも3匹も! 記録更新です!」
夕方、ギルドに戻ってきたリリアは目を輝かせながら俺に報告した。
「そうか、そうか。それはよかったな。リリアちゃんも実力がついてきたんだろうな」
俺は笑顔で答えた。
彼女の純粋な喜びを見ていると、俺の心も少しだけ温かくなる。
(若いっていいなー)
「ティムさんのおかげです! ティムさんが『気を付けて』って言ってくれたから、なんだか安心して戦うことができました!」
リリアはそう言って、俺に深々と頭を下げた。
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その様子をギルドの奥にあるマスター席から、銀髪の女性が静かに見つめていた。
ギルドマスターのシルビアだ。
彼女はまだ10代後半と若いが、ベテラン冒険者上がりの聡明な女性でギルドを切り盛りする手腕は確かだ。
「ティム・バーキン……あの男、またか」
シルビアは手元の書類に目を落としながら、小さく呟いた。
最近、ティムが関わった依頼はなぜか異常なほど効率が良い。
危険な依頼でも、彼が『ついでに』手伝うと、まるで何事もなかったかのようにあっさり解決してしまう。そして、必ず彼は『たまたま運が良かった』、『偶然だ』と謙遜する。
彼女はティムの尋常ではない『運』と『効率のよさ』に薄々気づき始めていた。
――――そして、彼の過去にまつわる『噂』も彼女の頭の中をよぎった。
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ギルドの掲示板の前では赤髪をショートにした女性が腕を組んで俺の方を見ていた。
Cランク冒険者のパーティーリーダー、ガストーナだ。
彼女は10代後半だが、豪快で姉御肌な性格でその実力はCランクの中でも抜きん出ている。
「へぇ……あの地味なオッサンがねぇ。実は強いって噂か……」
ガストーナは俺とリリアちゃんのやり取りを遠巻きに見ていた。
彼女は俺の地味な外見とは裏腹に、なにか『違和感』を感じ取っていた。
それは長年の冒険者としての勘のようなものだった。
(若干、面倒なことにもなりそうだが……)
「まあ、どうでもいいか。俺には関係ない」
俺はそんな周囲の視線に気を留めることもなく、今日の仕事を終え、さっさと自宅へと向かう準備を始めた。
明日は家庭菜園のトマトに水やりをしなければならない。
ゴブリン退治なんて朝飯前だと言っている俺も、家庭菜園だけは気を抜かないようにしている。
始めたてのころなんか全部枯らしたからな。
だからこそ、今の俺にとって最も重要な任務は家庭菜園なのだ。
なんだか周囲の視線が徐々に騒がしくなり始めているのは……気のせいだろう。
そう思いながら、家路についた。
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