『物語の終わり』を、問い直す ― 反・完結至上主義のための、覚書
みんと
第1話
◆はじめに:僕たちを縛る、「完結」という名の呪い
現代の物語消費の世界には、一つの巨大な亡霊がさまよっている。「完結至上主義」という名の亡霊だ。物語は完結してこそ価値がある。未完の作品は、それだけで欠陥品であり、完結させられない作者は実力不足だ――。そんな空気が、まるで疑いようのない真実のように、作り手と受け手の双方を、息苦しいほどに縛り付けている。
しかし、本当にそうだろうか? 物語の価値は、本当にその終着点だけで決まるのだろうか? 僕は、断固として「否」を突きつけたい。この問いを入り口として、「完結」という呪いを解き放ち、僕たちが物語と、より豊かで自由な関係を結び直すための思考を、ここに記したい。
◆価値の源泉 ― 「結末」ではなく、「体験」に
まず、僕たちは物語の価値がどこにあるのかを、根本的に見つめ直すべきだ。完結至上主義は、物語を一つの「商品」として捉え、そのパッケージングの完璧さだけを評価する。だが、物語の本質はそこにはない。本当の価値は、「どう終わったか」ではなく、「その物語と、どのような時間を過ごしたか」という、「体験」そのものにあるはずだ。
例えば、僕が愛してやまない『コードギアス 反逆のルルーシュ』という作品がある。あの衝撃的な結末は、確かにこの作品を伝説にした。だが、仮にあの物語が、何らかの事情で未完のまま終わっていたとして、僕の評価は変わっただろうか? 決してそんなことはない。ルルーシュの孤独な戦いに胸を熱くし、その知略に感嘆し、彼の選択に心を痛めた、あの視聴「体験」の価値は、結末の有無によって少しも損なわれるものではないからだ。
『HUNTER×HUNTER』を思えば、それはさらに明白だろう。あの物語の旅路は、僕たちの魂をどれほど豊かにしてくれたことか。その一つ一つのエピソードが与えてくれた興奮と感動は、完結という形を抜きにして、既に僕たちの血肉となっているのだ。
◆未完の美学 ― 「可能性」という名の永遠
さらに言えば、未完の物語は、完結した物語にはない、特別な輝きさえ持っている。僕自身の魂の癖を告白すれば、僕は好きな作品ほど、最終回や最終巻を読めないことがある。それは、物語を「終わらせたくない」という、僕なりの最高の愛の形だ。その世界の「可能性」が、永遠に続いてほしいと願う、魂の祈りなのである。
この感覚を、少しだけ理論的に補強してみよう。未完の物語は、「量子力学的な重ね合わせの状態」にあると言える。物語が完結していない限り、その未来は無限の可能性に満ちている。主人公は幸せになるかもしれないし、絶望的な結末を迎えるかもしれない。その全ての可能性が、波のように重なり合って存在している。読者の想像力は、その無限の可能性の中を自由に泳ぐことができるのだ。しかし、「完結」という名の「観測」が行われた瞬間、その豊かさは、たった一つの現実に収縮してしまう。
また、未完の作品は、作家の魂の工房そのものだ。そこには、迷いや試行錯誤といった、「制作過程」の生々しい美しさが刻まれている。完成品だけを求めるのは、画家の工房から完成した絵だけを持ち去り、そこに残された無数のデッサンをゴミだと言うような行為に等しい。
◆人生と物語の相似性
そして、最も根源的な話をしよう。僕たちの「人生」そのものが、一つの壮大な未完の物語ではないか。誰も、自分自身の人生の結末を知らずに生きている。もし、「完結しないものには価値がない」という論理が正しいのであれば、僕たちの人生にも価値はないということになってしまう。
しかし、実際は違う。僕たちは、結末が分からないからこそ、未来に希望を抱き、一日一日を必死に生きる。未完の物語とは、僕たちの人生のあり方そのものを、最も誠実に写し取った鏡なのだ。その不確かさ、その可能性、その断絶、それら全てを含めて美しい。完結だけを求めるのは、人生の死だけを見つめるような行為ではないだろうか。
◆結論:物語の旅を、愛するために
物語の価値は体験にあり、未完の中には無限の可能性が宿り、そして、それは僕たちの人生そのものを映し出している。
「完結至上主義」は、物語との関わり方を著しく狭める、思考停止のシステムだ。作り手は、もちろん、物語を畳むために全力を尽くすだろう。しかし、読者である僕たちは、その旅路そのものを、もっと自由に愛することができるはずだ。
未完の傑作を恐れるな。その不確かさごと、愛そうじゃないか。僕たちの魂を縛る、その呪いを解き放つ時は、今だ。
◆追記
とはいえ、書き手としての自分はこれからもなるべく完結させるように頑張ります。
『物語の終わり』を、問い直す ― 反・完結至上主義のための、覚書 みんと @MintoTsukino
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