第4話 断罪への遠き道と、ヒロインの善意

 私は、完璧な悪役としてカイン様を遠ざけようとすればするほど、彼との絆が深まっていく現実に、頭を抱える毎日を送っていた。


 おまけに、アゼル王子や聖女ルミナ、その他の攻略対象キャラたちまでが、私とカイン様を「不器用ながらも惹かれ合う二人」と勘違いし、温かい視線を送ってくるのだから、たまったものではない。


「セシリア様、最近カイン殿とよくお話しされていますね! 私、なんだか嬉しいです!」


 昼食時、ルミナが満面の笑みでそう言った時、私は思わずフォークを落としそうになった。


 ルミナは、この物語のヒロインだ。

 彼女が、私が推しキャラと仲良くしていることを喜ぶなど、本来のシナリオではありえない。


「そ、そうですわね。カイン様は、その……私にとって、興味深い研究対象でしてよ」


 私は、必死に悪役らしい(?)嫌味を装った。しかし、ルミナは目を輝かせて言う。


「研究対象ですか! さすがセシリア様、ご聡明です!

 カイン殿は確かに、とても奥深い方ですものね!」


(違う、違うのルミナ様!

 私はただ、彼をデータとして分析しているだけだと遠回しに言いたかったのに!)


 周囲を見ると、アゼル王子も、私の言葉に「セシリアの言葉は、いつも独特で面白いな!」と笑っている。

 騎士団長のレイモンドは「カイン殿の良さに気づかれるとは、セシリア様はやはり素晴らしいお方!」と、まるで自分のことのように喜んでいる。


 完全にカインルート待ったなし。

 私の悪役令嬢としての名声(?)は、日に日に「実は優しい不器用令嬢」へと変質していっていた。


 このままでは、私が断罪されるどころか、カイン様が私と結ばれてしまい、ヒロインが王子と結ばれないという最悪のバッドエンドになってしまう。

 カイン様が幸せになるためには、ヒロインと王子が結ばれることが必須なのだ。


(くっ……こうなったら、最終手段よ!)


 私は、決意を固めた。

 それは、ヒロインを直接的に、しかし巧妙に、王子アゼルへと誘導する作戦だ。


 私が悪役としてヒロインを「いじめる」ことで、王子がヒロインを「守る」構図を強制的に作り出すのだ。そうすれば、ゲームシナリオは本来の形に戻るはず!


 その日の午後、私はルミナが一人でいるのを見計らい、彼女の前に現れた。


「あら、ルミナ様。またこんな場所で、一人でぼんやりと?

 全く、これだから庶民上がりの聖女は困りますわね。王子の隣に立つ器もないくせに」


 私は、精一杯の悪意を込めて冷たく言い放った。

 わざとらしく、眉をひそめて見せる。


 完璧な悪役ムーブだ。

 これでルミナは傷つき、アゼル王子は彼女を守るために私に怒りを向けるはず。


 しかし、ルミナは、私の言葉を聞くと、寂しそうに微笑んだ。


「ごめんなさい、セシリア様。私、本当に不甲斐ない聖女で……」


 そして、次の瞬間だった。


 突然後ろから、一陣の突風が吹き荒れた。

 ルミナの隣にあった植木鉢が倒れ、破片が飛び散る。

 その音に驚き、ルミナは怯えたように目を閉じた。


「ルミナ! 大丈夫か!?」


 駆けつけてきたのは、アゼル王子だった。

 彼はすぐにルミナを庇い、私に向かって鋭い視線を向けた。


「セシリア! 君がルミナに何かしたのか!?」


(来たわ! これよ、この構図! 完璧!)


 私は、してやったりと内心でガッツポーズをした。これでシナリオ通り、私が断罪される流れに乗れる!


 しかし、ルミナはアゼル王子の腕の中で、ふるふると首を横に振った。


「ち、違います、殿下! セシリア様は、私を心配してくださっていたんです……!」


「心配?」


 アゼル王子が訝しげに私を見る。


 ルミナは、私の言葉を、彼女が「不甲斐ない」と落ち込んでいるのを見かねて、私がわざと「厳しく」叱咤激励してくれたのだと解釈したのだ。


(なんでよ! 私はただ、あなたを罵倒したかっただけなのに!)


 アゼル王子は、私の冷たい視線と、ルミナの必死な擁護に挟まれ、困惑した顔で私を見た。


「セシリア……君は本当に、不器用だな」


 王子は、そう言ってため息をつき、ルミナを抱きしめた。

 その抱擁は、ルミナに向けられたものだが、私への怒りや不信感は、そこにはなかった。

 むしろ、私の「不器用な優しさ」に苦笑しているかのようだった。


(なぜヒロインは、こんな時まで私を庇うの!? そして、王子まで誤解を深めるなんて!)


 私は、再び呆然と立ち尽くした。

 完璧な悪役を演じようとすればするほど、周りからの評価は上がり、カイン様との距離は縮まり、ヒロインは私に感謝し、王子は私を「理解」しようとする。


 私の断罪への道は、想像を絶するほど険しいものになっていた。

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