アーカイブNS

@DRstudio

プロジェクト Tharawa(タラワ) 第1部

日本語

第四部隊特別将校の証言

ナリビア語(「Naribia」[Narodus Riviatus] )からの翻訳


最初から始めた方が一番簡単だろうな。

私の名前はシルヴィア・ノヴィツカ。

**Nowy Świt(新しい夜明け)**の特別士官だ。

まあ、「キャリア」なんて偉そうに呼ぶほどのものじゃない。派手さなんてまるでなかった。

たしかに私はけっこう早く昇進した。けど、正直言って喜ぶようなことでもなかった。

特別士官の肩書なんて、紙の上でしか見栄えがしない。

一方では、門が開いた直後にいきなり最前線に送られなかったのは助かったけど…逆に言えば、最初の波の異常な死者数がなければ、私はここにすらいなかっただろう。

あのクソみたいな門をくぐって、一週間近くもくだらない書類仕事に振り回されたあと、ようやく私の配属が決まった。第四部隊だ。

もちろん、そこで私が最初の士官ってわけでもなかった。

私はよく「番号には意味があるんだな」って笑ってたし、だいたいこれは**NS(Nowy Świt(新しい夜明け))**だから、任務中に死ぬのは珍しいことじゃない。小さなミスひとつで十分だ…。

でも、しばらくすると本気で「この部隊には何か呪いがかかってるんじゃないか」って思い始めた。

もし東の連中の言うことが正しいなら、私は二重にビビるべきだろう。なにせ私は「04部隊の4番目の士官」だったんだからな。

その不吉な数字のせいで、ほとんど誰も私たちに加わりたがらなかった。唯一の例外がアキラだ。彼が何を考えてここに来たのかは知らないが、正直ありがたかった。

人手が必要だったからってのもあるけど、それだけじゃない。

彼の友人のアリアも私の指揮下にいた。

それからアルトゥルとヴェロニカ。二人は少なくとも多少の経験はあった。経験がありすぎるイワンもいた。

第八部隊から懲罰異動で回されてきたアンテクとダミアン。まあ、私の部隊の質を物語ってるね。

あと、最初からずっと資料室にこもって実戦に出たことが一度もないアレクスと、逆に紙仕事が大嫌いなくせに現場ではちゃんと役に立つエリカ。

要するに、好きで集まったわけじゃない「寄せ集め」だったんだけど…それでも彼らのことを悪く言う気にはなれない。

意外にも、私たちはすぐに打ち解けて、なんだかんだ仲良くなったんだ。

任務そのものについて言えば、私たちがすでに四代目の乗組員だったって事実を除けば、最初の数週間から数か月はわりと平穏に過ぎた。

もちろん多少の仕事はあったけど、ほとんどは私がすでに慣れているようなものばかりだった。

問題が始まったのは、あるカルト連中が「もっとデカい何か」を呼び出したときだ。

そいつは私たちにちょっとしたトラブルをもたらした…いや、何人かにとっては「ちょっと」どころじゃなかったけどな。

その日――つまり、すべてが始まった日――は他の日とほとんど変わらなかった。朝食を終えて、またダラダラ…いや、「一生懸命」働いていたわけだ。

正直に言えば、私は「上層部は私たちのことを忘れてんじゃないか」と思っていた。というのも、一週間以上、何の任務も割り当てられなかったからだ。

別に命をかけた仕事を恋しがってたわけじゃないが、例の事件を調査しろって命令を受けたときには、正直ちょっと喜んだやつもいた。

いつもと違うことができるんだからな。まあ、そこまでワクワクする内容でもなかったけど。

これまでの任務はたいてい**PTR(ペテール)**の低ランク案件ばかりで、大物なんて期待してなかった。

アキラは七級かせいぜい六級の**NV(エヌブイ)**を期待していたけど、それが限界だろうと思ってた。

実際、彼は今回私が現場に連れて行ったメンバーの一人だった。他には、いつもアキラと一緒にいるアリア、イワン、それからヴェロニカとアンテクだ。

エリカも連れて行きたかったんだが、アレクスが泣きついて「彼女を書類仕事に回してくれ」って頼んできた。

仕方なく了承したけど、正直エリカがあいつを紙の山で引き裂かないなら、それだけで成功と言えるレベルだ。

で、私たちが現場に持っていったのは主に武器、大量の弾薬、少しの食料と水、それからいくつかのアーティファクトだった。

現場までは冷房もないオンボロバスで五、六時間かけて移動した。文句を言わなかったのはアリアくらいだ。彼女だけは、しばらく故郷に戻った気分を味わえたんだろう。

目的地は人里離れた場所にあったが、そこにたどり着くのは全然難しくなかった。例のポイントは百ワットの蛍光灯みたいに光り、私たちの探知機をオーバーロードさせていた。

私たちは目測でおよそ四キロ手前で停車し、森の小道にリムジンを置いた。ヴェロニカが一応車をカモフラージュしてくれたけど、あのポンコツを盗むほど物好きな泥棒がいるとも思えない。

まあ、せいぜい「森を汚した罪」で罰金を取られに来る奴がいるなら、そのカモフラージュも意味はあるだろうな。

本題に戻ろう。報告によれば、私たちの目的は森の中にあるどこぞの成金の屋敷だった。

驚いたことに、報告にあった例の奇妙な儀式は午後六時ごろに始まる予定だった。

これは評価できるよな。真夜中の三時とかじゃなくてよかった。私たちだって寝たいんだ。

さて、その屋敷自体だが、外観は「金は有り余ってるけどセンスはゼロ」の典型例だった。

金色の枠にはめられた巨大な窓は分厚い大理石の壁にまったく合っていないし、テラスは私たちのバンカーより大きいんじゃないかと思うほど。さらに、中世の厩舎から盗んできたみたいな巨大な木の扉まである。

そんなものが森のど真ん中にドンと置かれている。まるで建築家が木々に「誰が支配者か見せつけてやる」とでも言いたげだった。

正直言えば、私は全部まとめてぶっ壊したかった。でも、嫌でも中に入って、本当にそこで何が起きているのか確かめなきゃならなかった。

ただ…最初から何かがおかしかった。

静かすぎるんだ。

あの美的センスへの冒涜に近づいた瞬間、それまで賑やかだった森が一気に黙り込んだ。

さっきまで生き物のざわめきで満ちていた森が、突然死んだように静まり返ったんだ。私たちは自分の呼吸と心臓の鼓動まではっきり聞こえた。

これはどう考えても普通じゃなかった。

私は偵察にアキラを出した。彼は十分ほどで戻ってきて、私の予想を裏付ける報告をした。

「建物の周囲には、直径二十メートルくらいの“何かの領域”がある。」と彼は言った。

「それが何かわかる?」私は尋ねた。

アキラは肩をすくめた。

「何であれ、問題は“それに手を出すかどうか”だ。二メートル離れただけで、君たちが話しているのを見てても音はまったく聞こえなかった。もし銃を撃ったとしても、少なくとも周囲に騒ぎは広がらないだろう。誰かがうろついていたとしても気づかれない。俺なら放っておく。」

結局のところ、私はアキラに同意した。

確かに、それが単なる「消音フィールド」とは限らなかった。扉の向こうでサタン本人に出くわす可能性だってあったわけだ。

でも、妄想に浸っても仕方ない。そもそも、あの半端者どもに「まともに機能する消音フィールド以上の何か」を作れるはずがない。

さらに、イワンとヴェロニカが窓を調べた結果、警報装置も何も仕掛けられていないことがわかった。

多分、連中は領域と周囲の噂だけで十分な防御になると思っていたのか、あるいは単に仕掛けが不発だったのかもしれない。

ともかく、私の美的感覚にとっては救いだった。私はあの醜悪な窓のひとつをぶち破り、中に入った。

中は外よりさらにひどかった。

広大なホールは、廃れたルネサンス歌劇場と成金オリガルヒの宮殿を無理やり掛け合わせたような有様だった。

頭上には小型車ほどもある巨大なクリスタルのシャンデリアがぶら下がり、正面には大理石の柱に囲まれて、赤い絨毯を敷いた幅広い階段が伸びていた。途中で二手に分かれているのは、設計者が進行方向を決めきれなかったからだろう。

白い大理石の壁には金糸で縫われた赤い布のパネルが飾られていて、「豪華さ」を演出しているつもりらしい。

ま、イワンは気に入ったようだ。奴の宿舎にも壁に絨毯がかかってるが、正直あっちの方がまだマシだった。

私たちは長く…「鑑賞」…している暇はなかった。すぐに他人の足音、そして何かを引きずるような妙な物音が耳に届いたからだ。

まるで誰かが誰かを床に引きずっているような音。あの音を知らない奴はいないだろうし、少なくとも私たちはよく知っている。

数秒後、大理石の柱の影から年配の男が姿を現した。そいつは若い少女を連れて…いや、正確には首に巻いた縄で彼女を引きずっていた。

少女は四つん這いになり、手足をまともに動かせず、必死にしがみつきながら引きずられていた。

イワンは即座に空気銃を構え、一発でそいつをあの世に送った。

かすかな風切り音のあと、加害者の頭が硬い花崗岩の床に叩きつけられる音がホールに響き渡った。

少女は身をかわそうともしなかった。逃げることもなく、立ち上がることすらしなかった。ただ身を縮め、完全に固まっていた。

「おい…もう大丈夫だ。」

アキラが優しく声をかけ、私たちは彼女に近づいた。

だが彼女は何の反応も示さなかった。顔を上げることすらしなかった。

イワンが一歩前に出て、ためらいもなく彼女の髪をつかみ、強引に引き上げた。

その顔を見た瞬間、冷たい悪寒が背筋を走った。

目は人間とは思えないほど虚ろで、完全に何かが消え失せていた。顔には痛みと狂気が入り混じった歪んだ表情が浮かんでいた。

「こういうケースは何度も見てきた…何度もな。もう助からん。」

イワンは低くつぶやき、重いため息をついて立ち上がった。

「待て!」

イワンが銃口を彼女の裸の背中に向けた瞬間、アキラが声を上げた。

「まだ何か…」

「やめろ、若造。」

イワンが遮った。

「こいつにはもう人間らしさなんてほとんど残っていない。俺たちにできる唯一のことは、苦しみを終わらせて、こんな目に遭わせた連中をぶち殺すことだ…」

「でも…!」

アキラは食い下がった。

「士官殿。」

イワンは完全にアキラを無視し、私に向き直った。

「撃て。」

その言葉の重みが肩にのしかかった。

やりたくはなかった。だが私はアキラのようにナイーブじゃない。まだ救えるなんて、まだ助けられるなんて、そんな幻想は持っていなかった。

一番たちが悪いのは、悪魔や伝説の怪物なんかじゃない。人間だ。

奴らこそがいつだって最悪の怪物だった。

せめてもの救いは、そういうクソ野郎どもがたいていオカルトに染まっていることだ。任務のついでにまとめて焼き払える。

私はNRじゃないが、これだけは超えてはいけない一線だと思った。あんなものをやった奴は、人間の名に値しない。

ヴェロニカのメダリオンから炎が放たれ、少女の身体を飲み込んだ。

「悪いな、アキラ。」

イワンは炎に包まれていく彼女の姿を見つめながら言った。

「だが他に道はなかった。」

十数秒後、そこには灰すら残らなかった

さて、あのクソ野郎の処遇についてだが、最初はそのまま放置するつもりだった。

イワンなんて「後で刈り手に食わせりゃいい」とまで言っていたが、またしてもアキラが反対し、結局は奴のイニシアチブでそのゴミ野郎に最後のチャンスを与えることになった。

その後、私たちは次々と部屋を調べ始めた。カルトの連中はどこにもいなかったが…空っぽとは言えない部屋ばかりだった。

詳しく語る気はない。正直、口にしたくもない。

ただ言えるのは、あの階段で見た「地獄の入口」は、その日の本当の悪夢の序章にすぎなかったってことだ。

やがて毒入りの弾丸が尽きて、刃を振るうしかなくなった。

一番後悔しているのは、アキラとアリアがあれを見なきゃならなかったことだ。

イワンでさえ、時間が経つにつれて心底うんざりしていた。

そして部隊のほとんどが、ある瞬間からはただひとつのことしか考えていなかった。――あのクソどもを捕まえてぶっ殺すこと。

「士官殿。」

アンテクが一つの部屋から出てきて言った。開け放たれた扉の向こうには、錆びついた檻が並んでいた。

「もう本当に限界です。」

「あとどれだけだ?」

イワンが吐き捨てるように言い、ダミアンが出てきた部屋の扉を乱暴に閉めた。

「あとどれだけこんなことを放置するつもりなんだ?」

「今日で終わらせる。」

「だから何だ? まだこんな場所はいくつある? 百か? 千か?

こんなことをやる人間は、生まれてくるべきじゃなかった。

それどころか、あの連中が崇拝してる何かなんて、実際のところこの惨劇にはほとんど関係ないに違いない。」

私は滅多にイワンに同意することはないが、このカルトに関しては彼の言う通りかもしれなかった。

この地獄絵図が、今回の目標のオブジェクトとわずかに関係していたとしても、それはせいぜい枝葉末節だったはずだ。

せめてもの救いは、ああいうクソ野郎どもがたいていカルトに染まっていること。だから任務のついでにまとめて焼き払える。

私たちはさらにいくつかの部屋を調べたが、結局助けられるような人間には出会えなかった。

やがてイワンでさえ心底うんざりし、部隊全員が「一刻も早くあのカルトどもを捕まえる」ことだけを考えるようになっていた。

別に復讐が目的じゃなかった。ただ、もう全部終わらせたかっただけだ。

ほとんどの部屋をざっと調べて片づけたあと、残るはひとつ。

どうやら会議室か何かだったらしい場所で、そこへ続くのは分厚いオーク材の扉だった。

もう静かに片付ける気なんてなかったし、弾薬も残っていなかった。

私たちはアサルトライフルを手に取り、ヘルメットに装着されたアクティブイヤーマフを下ろした。

こんな場所で撃ち合えば、少なくとも耳は確実にやられる。特にあの“フィールド”が想定通り機能しているなら尚更だ。

ただし、映画みたいにドアを蹴破って銃声と共に突入――なんて派手なシーンはなかった。

扉はとにかく重かった。アキラとアリアが二人がかりでやっと押し開けたくらいだ。

あのカルトの連中はどうやって開け閉めしてたのか気になったが、内部に何か仕掛けでもあったのか、それとも単に二人が余計な抵抗を突破しなきゃならなかったのか。

まあ、どうでもいい。せめて開くときにきしむ音がなかったのはありがたかった。

扉が人ひとり通れるくらい開いた瞬間、私たちは突入した。

最初、カルトどもはこちらに気づきもしなかった。

血で描かれた円の周りに座り込み、中央に転がるズタズタの死体を前に、ぶつぶつと呪文を唱えていた。

イワンは迷うことなく、即座にオートマチックを連射し、三人のカルトを倒した。

「床に伏せろ!」

彼は次の一人に銃を向けながら吐き捨てるように言った。

だが連中が動くより早く、イワンはさらに引き金を引き、もう一人を地獄に送った。そして次の標的に狙いを定める。

そこでやっと連中は理解したらしい。――私たちが逮捕しに来たんじゃない、ぶち殺しに来たんだってことを。

奴らは無言で床にひざまずき、両手を掲げた。だが視線だけは血の円から逸らさなかった。

それにしても、あんな円は見たことがなかった。

典型的なサタニズムのシンボルでもなければ、これまで知っていたどのカルトのものでもなかった。

――これは何か…別のものだった。

その模様は、もはやシンボルには見えなかった。むしろ…血管や神経のように見えた。中央に横たわる死体から伸び出しているかのように。

一瞬、それが動いたようにさえ思えた。奇怪な血管が本当に血を送り、神経には電気信号が走っている――そんな感覚に襲われた。

視界の端で、ひとりのカルトが小声で何かをつぶやいているのに気づいた。アンテクも同時にそれを見た。

彼は無言で、その男の頭を撃ち抜いた。

「生き残りたきゃ黙ってろ。」

私はそう言い放ち、カルトどもの視線を一身に集めた。

「ま、正直に言うとそれでも生き残れる見込みは薄いけどな。」

「お前たちは…何者だ?」

ようやくひとりのカルトが口を開いた。恐怖を隠そうとしていたが、下手くそで丸わかりだった。

「新しい夜明け(NS)の兵士だよ。まあ、その情報に意味があるとは思えないがな。」

私はそう答え、ついでにそいつの格好を観察した。

着ていたのは、私の年収くらいの値段はしそうなスーツ。だがジャケットの下に武器を隠している様子はなかった。何より両手を上げている。何かする前に、うちの誰かが確実にあの世へ送るだろう。

「俺たちに何が欲しい? 金か? 財宝か?」

もう一人が叫んだ。恐怖を隠す気力すらなくなっていた。

「バカかお前? もし私たちが金なり何なり欲しかったら、今ごろ勝手に持ち出してるだろうが。」

私はその無意味な戯言をぶった切った。

「お前たちにはここに入る権利なんて――!」

別のカルトが突然吠えた。私に向けたその目は、まるで訓練で仕込まれたかのような作り物の軽蔑で満ちていた。

「でも入りたいんだよね。」

私は肩をすくめた。

「もう一人、二人…ああ、あそこで三人目、こっちで四人、五人…もう何人か撃ち殺したぞ。で? あんたらに何ができるんだ?」

一瞬言葉を区切ってから、私は続けた。

「それに私は熱心なNRじゃないが…こんなゴミにそんな目で見られるのは気に食わないんだよ。」

「まだわかってないようだな。もう終わりなんだよ。」

イワンが一人に顔を近づけ、低く言い放った。

「何をしようが、何を呼び出そうが…お前はここで死ぬ。理解できるか?」

イワンの瞳には炎が宿っていた。

その炎は、カルトの胸に残っていた幻のような誇りと力を焼き尽くしていくようだった。

彼の眼差しには、特別な何かがあった。恐ろしくて、ぞっとするような何か。

まるで“死神の目”を直視しているような、終末そのものを見てしまったかのような感覚だった。

「叫んでも誰にも届かん。逃げても逃げ切れん。隠れても、俺は必ず見つけ出す。」

イワンは一語一語を区切るように低く吐き出した。私は見ていた。カルトの顔から傲慢な虚勢が消え、原始的な恐怖に染まっていくのを。

一瞬、場を支配したのは沈黙だった。

誰もが悟ったのだ。何を言おうが、何をしようが、自分たちの命はもう救われないと。

彼らの目の奥で、希望の光が少しずつ消えていくのを見た。生きる意志が溶け落ちていくのを感じた。

無意識のうちに理解したのだろう。――私たちの弾丸の後ろを追ってくるのは、ただの死だけじゃない。その向こうには忘却すら待ち構えている、と。

私が見ていたのは、すでに諦めた人間たちだった。ここにも、あの世にも、希望は残っていない。ただ虚無だけが待っている。

きっと彼らの被害者も同じ顔をしていたに違いない。ただし被害者は、こんな結末を望んだわけでも、ましてや罪を犯したわけでもない。

犠牲者たちは、仮に「永遠の炎」や「時の終わりを越えた場所」なんてものがあるなら、そこでは救済に預かれるだろう。

だがこいつらは…まあ、虚無に叩き込む気はなかったが、生かして帰す気もなかった。

「改心」なんて言葉はきれいに響くが…正直に言って、誰がそんな裁きを下す? どんな裁判所が、こいつらを終身刑にして「反省」させてくれるんだ?

そもそも、反省なんてするわけがない。

ここの噂はずいぶん前からあったらしいが、誰も介入しなかった。…というか、誰がやれる? 裁判所か? 警察か? マスコミか? 連中はみんな、この怪物どもの手からエサをもらってるに決まってる。

それに、イワンとアンテクが既に何人かをあの世に送っていた。残りにできる最大の慈悲は、「永遠の炎」に焼かれることだけだった。

「ここで見つけた連中は誰だ?」

私は沈黙を破り、口を開いた。

「よく考えて答えるんだな。」

そう言って銃を強く握り直した。

「ただの我々の…」

一人が途中で言いよどんだ。

「娯楽のための犠牲者だ。時々は儀式の生け贄としても使った。」

「生け贄? 誰のために?」

「我らが崇める存在のために。」

その瞬間、視界の端で中央の死体が微かに動いた。

私だけじゃなかった。ヴェロニカとアキラも同時にそれに気づき、即座に銃口を向けた。

「どんな“存在”だ?」

私は問うた。ほんの一瞬だが、本気で恐怖に襲われた。

正直に言うと、本気で怖かった。自分でも理由はわからなかった。

たとえここに高位のペテールが現れたとしても、それは過去に何度も対処してきた相手だ。だが、それでも…私は恐怖に支配されていた。

そして私だけじゃなかった。仲間たちも同じだった。説明のつかない奇妙な恐怖に飲まれていた。

それは本能的なもの――言葉で説明できない何か。だが決して他の何かと混同することはできない“原初の恐怖”だった。私はそれをはっきりと感じた。心の奥底で、その恐怖が膨れ上がっていくのを。

「お前たち…ここで何を呼び出した!?」

私は怒鳴った。中央の死体が痙攣し、どんどん激しく動き出すのを見て。

「“他人の顔の主”だ…」

一人のカルトが怯えた声で答えた。

すると突然、死体の上から“何か”が立ち上がった。身長はせいぜい百七十センチほど。だがそれは影でも、奇怪な人型でもなかった。

ただの人間に見えた。普通の人間。

安っぽい革ジャンに黒いTシャツ、ジーンズに量販店の靴。

一見すると、怪物なんかじゃない。

――顔を見るまでは。

いや、“顔”というべきか。いや、“顔たち”だ。

一瞬で十にも百にもなる顔が、同時に存在し、同時に動いていた。

髪も同じだった。長髪にも短髪にも、黒にも金にも、時には白にさえ見えた。すべてが同時にそこに存在していた。

それは変身しているわけじゃない。ただ、無数の人間が同時に“そこにある”存在だった。

「フランク…お前、なにを…」

カルトの一人が叫び、周囲をおびえたように見回した。

だが隣の男は微動だにしなかった。無関心ではなく、まるで何かに縛られ、口を封じられているかのように。明らかに喋ろうとしているのに、声が出せない。

人道的かどうかなんてどうでもよかった。そもそもこいつらも十分罪を背負っている。すでに仲間たちと何人も殺してきたし、私はどうしても試したいことがあった。

私は拳銃を抜き、“怪物が顔を奪った男”の肩に撃ち込んだ。

怪物は反応しなかった。

二発目。三発目。四発目。

五発目は胸を貫き、男はその場に崩れ落ちた。

だが――“それ”はまるで何もなかったかのように立っていた。少なくとも私には、何の反応も見えなかった。

その時、私は強く感じていた。――もう人間に向けて撃っているんじゃない。ただの空っぽな殻、魂を抜かれた肉体に向けて撃っているのだと。

「なぜ壁を撃つ?」

カルトの一人が困惑した声を出した。

「壁じゃない。お前の仲間に撃ったんだよ。…もっと正確に言えば、“それ”はもう仲間じゃない。」

私は怪物に銃口を向けながら答えた。

だがどうにも腑に落ちなかった。なぜ反撃してこない? こいつ、本当に私の弾が普通の弾丸だと思っているのか?

「何が欲しい?」

私はその胸――心臓めがけて銃を構えながら尋ねた。

「お前たちは…何者だ?」

怪物が答えた。その声は一見感情を完全に排した中立的な響きだった。だが耳にした瞬間、不気味さが全身に染みわたった。

「質問に質問で返すなよ。なぜお前らはいつもそうなんだ? 悪魔だの神だの、どんなクソどもも。聞けば必ず逆に聞き返す。で、何が欲しい? 魂か? 生け贄か? 血か? それとも肉か?」

「私は人の存在を欲する。」

「私は給料アップが欲しいが、どっちも叶いそうにないな。」

私は首から銀のチェーンを引きちぎり、吊るされた黒光りする弾丸を見せつけた。

「だが一つだけ言っておく。“名前”を失うチャンスは今しかないぞ。」

私はゆっくりと弾を揺らした。

「わかるよな、これが何か? ペルシェリヤ弾だ。…で、名前は?」

「サラヴェル。」

その名を口にした瞬間、思わず心臓が喉に張り付いた。正直、全身に冷や汗が走った。別に直接会ったことがあるわけじゃない。だが文献や報告書で、その存在については知っていた。

サラヴェル――いや、本当の名はサラウェルス・ウェルタラトゥス。

“魂を引き裂くもの”。

なるほど。あの底知れない恐怖の正体はこいつだったわけだ。

「世の中厳しいのはわかるが…変態ビジネスマンどもの偶像になるってのは、ちょっと落ちぶれすぎじゃないか? サラヴェルの“御使い様”。」

私は冷静を装おうとした。だが目の前の存在は、ペテールでもエヌブイでもない。“テール”――それも危険なレベルのものだった。

いいニュースをひとつ挙げるなら、少なくともこれはペテールでもエヌブイでもなく、確実に“テール”だとわかったこと。

分類作業は楽になる。

問題は――そこまで辿り着くまでに、何人残っているかってことだ。

突然、まるで自らの力を誇示するかのように、サラヴェルは生き残っていたカルトの連中を――命どころか、それ以上の何かまでも奪い去った。

まあ正直に言えば、多少は私たちが手を貸した形にもなる。だが冷静に考えれば、私たちがいなくてもサラヴェルは瞬きひとつせずに奴らを殺していただろう。あまりにも弱すぎた。ただそれだけだ。

私たちにはすぐには大きな害を及ぼせなかった。だが、それでも“試し”てきた。

アンテクがよろめき、アリアは銃を取り落とし、私自身もひどく目眩を覚えた。だが被害はそこまでだった。

NSは基準を下げたと言われることもあるが、それでもなお、根っこの部分は強固なNR気質を残している。

不器用でも、両手が役立たずでも構わない。だが「弱い」ことだけは許されない。最初に出会うペテールに潰されるだけだから。

さて、その“愛想のいい野郎”には、手間を省いてくれた礼として、首を差し出してもらおう。原初そのものじゃないにせよ、「原初を仕留めた」と履歴書に書けるなら、まあ悪くない。

私はチェーンから弾を引きちぎり、マガジンに込めてスライドを引いた。

「どうして自分の信者だけ殺すんだ?」

わざとおどけた調子で怪物の胸に狙いを定めながら尋ねた。

「まさか私たちまで消せるとでも? 残念だったな。」

「私はただ、“女王”の意志を果たすのみだ。」

短く答えたその瞬間――轟音が空気を裂いた。

次の刹那、怪物は崩れ落ち、数秒もせずにその身体は粉々に砕け散った。

「すまない……」

アキラが震える声を絞り出した。

「俺は……俺は耐えられなかった……」

「大丈夫だ。」

私は肩を軽く叩き、落ち着かせるように言った。

「何も問題ない。」

「俺……アイコの顔を見たんだ。」

「お前の妹の、か。」

アキラは小さくうなずいた。

「悪いけど……」私は一瞬ためらってから問いかけた。

「どうやって……お前の妹は死んだ?」

アキラは指を伸ばし、供物として横たわる遺体を示した。

「同じだ。……あれと同じように。」

私は一動作でスライドを引き、黒い弾頭の弾丸を手に取った。

ペルシェルの血を宿した弾丸だ。汚染されてはいるが、それでもなお怪物に「死よりも酷い結末」を与える力を持っている。

しばしの間、その弾を指の間で転がしながら、世界のすべてを忘れてしまいそうになった。

小さな金属片にすぎないのに、奇妙なほど催眠的な力を感じる――長く見つめてはいけない。

この黒い血に染まった弾丸は、神すら容易に消し去る力を宿すだけでなく、古き戦争の記憶も背負っていた。

無数の銃や拳銃から、この種の弾丸が数十万、いや数百万発も吐き出され、オザウの軍勢を薙ぎ払ったあの戦争の記憶を。

もちろん、オザウやその兵として戦ったNR兵士たちが聖人君子だったわけじゃない。

だが、こんなことに手を染めることはなかった。

共和国にはそのためらいがなかっただけだ。

共和国の崩壊直前、その大半の弾丸は破棄されたが、ごく一部は地下室やシェルター、バンカーに隠されて生き延びた。

何百年も経った今、弾丸そのものは劣化していないが、残された数は本当にわずか。

――そして私は、それをさらに一発減らそうとしていた。

「持ってろ。」

私は弾をアキラに差し出した。

「ここから先は、もう個人的な問題だ。」

「いらない。」

アキラは弾を押し返してきた。

「これで彼女の命が戻るわけじゃない……誰の命もな。」

「気を悪くするなよ、若造。」イワンが口を挟んだ。

「だが、命だけの話じゃなく――」

「分かってる。」アキラはため息をついた。

「仮にあいつを倒したとして……本当にできるのか?」

「彼女の命と、他の犠牲者の命……違うのか? 重さが? 価値が?

もしお前たちがあの怪物を殺す気がないなら、俺の妹だけが特別であるはずがない。

俺が何をしようと、時間は戻らない。」

……正直、彼の答えに私は安堵していた。

正しいかどうかなんて関係ない。

「真実を口にする」のと「それを受け入れる」のはまったく別のことだから。

それに――

「誰が『殺さない』って言った?」

私は弾をマガジンに込め、スライドを引き、アキラを見据えた。

「人間が存在する限り、やつらのような連中も存在し続ける。そして、今見たような怪物にはいつでも餌がある。」

――イワンがまた口を挟んだ。NR的な三文の持論を。

「なんであんなものを崇拝するの?」とアリアが尋ねた。

「崇拝していた、の間違いだろ。」と私は皮肉っぽく訂正した。

「崇拝するから、するんだ。」イワンは肩をすくめた。

「そこに深い意味なんてない。大抵、そういう堕落者どもは、ただ超常的なものに触れただけで十分なんだ。

俺たちはオブジェクトを武器や潜在的な味方、敵、仲間として扱う。だが、彼らはただ跪く対象にする。

それに、自分たちの歪んだ欲望を正当化する口実にすぎない。そして、その点は共和国の時代から何一つ変わっていない。」

――まったく、ほんとに言わずにいられないのね。

わかってる、彼は古戦争のベテラン。でもさ、いい加減にしてほしい。共和国だのNRだのオザウだの、イワンにとってはそれを語らない日は無駄な一日なんでしょうね。

「……で、」私はようやく口を開き、仲間たち、そしておそらくは“あれ”の注意も引きつけた。

「誰か、これからどうするか案でもある? イワン。あんたなら何か言えるでしょ。こんなシンボル、見たことある?」

イワンは無言で床に描かれた円に歩み寄り、膝をつき、その縁に指を滑らせた。

「これは……生きてる。」

立ち上がりながら言った。

「ただのシンボルじゃない。」

「こんなの見たことある?」

イワンは首を振った。

「一度も、首都ですら。」

「首都? あんたら、自分で更地にしたじゃない。そこで何が見えるっての。」私は皮肉をぶっ放した。

「で? 似たようなもの、心当たりは?」

イワンは再び首を振った。

「……間違ってるかもしれんが、彼女はまだ死んでない。

これはおそらく、直接あの女の体と意識に繋がってる。」

「じゃあ、撃つか?」とアンテクが口を開いた。

「撃てば円は壊れるだろうが、“あれ”はまだここに残る。

それでも閉じた方がいい、これ以上何かが出てこないようにな。もっとも……」

私は一瞬言葉を濁した。

「ダメだ、隊長。それはいい考えじゃない。」

イワンは大声で制止した。きっと、私が何を企んでいるのか察したのだ。

「なに、原初を一目見てみたくない?」

私は薄く笑った。

「で、その“原初”って結局何なの?」アリアが尋ねた瞬間、私は思わず肩を落とした。

最近のNS(新しい夜明け)は基準を下げすぎだ。とりあえず、そこらのPTR(ペテール)に殺されなければ合格ってわけ。

まあ、あの二人が自分から進んで食堂のメニュー以上の文章を読むとは思ってなかったけど……それでもなにか基本くらい知っとけよ。

「今から全部の伝説を話す気はないけど、ざっくり言えば“原初”ってのは“原初の印”を司る支配者のこと。

説明がグダグダになるけど、まあ火とか水とか、そういう基本的な系列がある。

で、ペルシェリオン、ヴェラティア――つまり“真理”――ってのも存在する。ほとんどの存在は、こういう“印”のどれかに属する。

例えば、PTRはペルシェリオン系列、みたいにな。

ただし……今回の野郎は問題だ。

いつもなら支配者の“名前”よりも“印”の方が先にわかる。

だが今回は逆だ。タラヴェラの名はわかっているのに、どの印に属するかは全く不明。

見ての通り、あの眷属からしてロクでもないのは間違いないがな。」

「……なんかややこしい。」アリアがため息をついた。

「大事なこと読めって言ってんだよ、どうでもいい噂話じゃなくな。」私はぼそっと毒を吐く。

「だいたい、センカが誰とくっついたとか、そういう下らないのは暗唱できるくせに。」

「その通りです!」アリアはにやっと笑って頷いた。

「でも隊長も気になってるんじゃないんですか?」

「黙れ。」

「……そうだ、黙れ。」イワンが口を挟んだ。

「今、聞こえたか?」

即座に全員が黙り込み、武器を握りしめた。

だが、私の耳には何も聞こえない。

一秒、二秒、三秒……十秒、二十秒……

永遠のように流れる時間の中、音はなかった。

一瞬、「イワンが俺たちの雑談に嫌気が差してるだけか」と思った。

――が、その時聞こえた。

かすかなすすり泣き。だが、それがどこから聞こえるのか、まるで掴めない。

最初の直感は“供物にされた死体”だった。

だが、あの声は……空間のどこかではなく、私自身の頭の中から響いていた。

そんなはずはない。

たとえサラヴェルだろうが、その系列の何かだろうが、PTRじゃないんだ。

こいつらが人間の心に干渉できるなんて、少なくともこの状態ではありえない。

――理屈では、そうだ。

だが現実は、確かに聞こえる。

静かな泣き声が。

そして仲間たちの顔に浮かぶ恐怖を見て悟った。

彼らも同じものを聞いていたのだ。

だが、そのすすり泣きは徐々に大きくなり、やがて――痛みと嘆きに満ちた泣き声は、狂気の笑いに変わった。

人ならざる、狂った哄笑。完全に狂気に侵された声。

私はもううんざりだった。

こんな下らない茶番に付き合うために給料をもらってるわけじゃない。

どんなに偉大な“原初”の存在であろうと、駄々っ子みたいに駆け引きしてくるTR(テール)なんざ知ったことか。

だが突然、その狂気じみた笑い声は途絶えた。

仲間たちの顔を見れば、彼らも同じく聞こえなくなったらしい。

「……今のは何だ?」アンテクが私に問いかけた。

「知らん。……だが後回しだ。まずはこのクソみたいな惨状を片付ける。今のうちにな。」

私たちはすぐに死体の処理に取りかかった。

ヴェロニカのメダリオンから放たれる“永遠の炎”が、死骸を一つひとつ飲み込んでいった。

――まあ、加害者どもにしては被害者よりマシな最期だろう。

正義なんかじゃない。ただの処理だ。

どんな復讐でも、失われた命も人間性も戻りはしない。

せめて願うのは、サラヴェルが奴らの魂を引き裂く前だったことだ。

死後に人がどうなるかは知らない。

だが、“魂裂き(ソウルリッパー)”と出会った者がどう終わるかはよく知っている。

肉体がそのまま転がり、魂が裁きを待つ――そんな甘い結末にはならない。

“永遠の炎”の中で、魂――あるいは意識と呼びたければそう呼べ――は時間の終わりまで燃やされ続ける。終わりがどんな形であれ。

「調子はどうだ?」私は仲間に声をかけた。

「アリア? アキラ?」

「大丈夫です。」アキラが答える。

「もう最悪の山場は越えたはずです。」

「その自信はありがたいけどな。」私は半ば冗談で返した。

「TR三等級くらい、なんてことないわよね。」

「隊長……」アリアが口を開いた。

「正直に言うと、あの原初と対峙する方がマシかもしれません。

だって……人間が人間にやってることの方が……」言葉を途切れさせた。

「ごめんなさい。ただ……どうして人間はこんなことをするんですか?」

「やつらは人間じゃない。」イワンが荒っぽく吐き捨てた。

「俺たちが――」

「やめろ。」私は遮った。

今さら古いNRの説教を聞く気なんてない。

「この廃墟を調べるぞ。」

私はきっぱりと言った。

「何か有用なものが残ってるかもしれん。

アキラとアリアはイワンと一緒に行け。……ただし、あのNRじじいをちゃんと監視しておけ。

ヴェロニカはアンテクと組め。

私はこの部屋を確認し、あの“円”を見張る。」

「行くぞ。」イワンが手を振り、アキラとアリアを促した。

「上の階を調べよう。」

「行こう、ヴェルチャ。」アンテクが声をかけた。

「俺たちは下だ。主に台所な。腹減ったし、お前もだろ?」

彼はわざと明るく振る舞い、場を和ませようとしていた。

「……そうね。」彼女は不安げに答えた。

「今朝は朝食を抜いたし、その……。」

「アリア、やめろ。今は俺を苛立たせるな。」

イワンのぼやきが遠ざかり、やがて静寂だけが残った。

――そして私は一人きりになった。床に横たわる半死の肉体と共に。

壁際には立派な本棚が並んでいた。

大して期待はしていなかったが、何か役に立つものがあるかと手を伸ばした。

だが、予想通りだった。

見つかったのは、古い書物の合間に雑に差し込まれた数枚の紙切れ程度。

革装丁に金で飾られた分厚い本は多かったが、中身はただの戯言か、せいぜい行き過ぎた解釈に過ぎない。

時代ごとに書かれた無価値な駄文――せいぜい上品な焚き付けくらいにしかならない。

最後の本を閉じ、棚に戻すと大きくため息をついた。

そして再び“円”に戻ろうとしたが、胸の奥に引っかかるものがあった。

仲間たちはどこかで何かを見つけているかもしれない。

だが、論理的に考えれば、本は台所や便所ではなく、こういう場所に置かれるものだ。

サラヴェルは虚構ではなかった。

この儀式は、たとえ拙くとも、ただの芝居ではなかった。

だが、ここにある本のどれ一つとして真実を語ってはいなかった。

下級のNVやPTRごときを神に祭り上げ、作り話で満ちた架空の神々の群れ。

これらを使ったところで、呼び出せるはずがない。ましてや、この等級のTRを。

答えは一見単純だった。

あの存在の方から彼らに接触したのだろう。

奴にとって彼らの魂は無価値だ。だが、奴の届かぬ魂を得る手助けはできた。

――それでも。

ならばなぜ守らず、逆に殺した?

イワンなら「こんな堕落者は何万、何百万といる」と吐き捨てるだろう。

確かにサラヴェルは、余計なことを口走られる前に口を塞いだのかもしれない。

だが、あの言葉――「支配者の意志を果たす」――あれは何だったのか。

“支配者”とは誰だ?

あの“女王”とは?

考えれば考えるほど、頭が痛くなってきた。

組み立てようとすればするほど、すべてが崩れていく。

さらに、ずっと誰かに見られているような感覚があった。

弱いが確かに、何かが頭の奥へとねじ込まれてくるような、そんな奇妙な圧力。

それと同時に、恐怖ではなく――悲しみ、いや、絶望の影のようなものが胸に広がっていた。

だが、それらの感覚はアリアの笑顔と、その後ろに立つアキラ、そして疲労と苛立ちを顔に浮かべたイワンが部屋に入ってきた瞬間、すっと消えた。

「何も見つからなかった。」イワンが言った。

「私もだ。」

「もうこの円を壊して、屋敷ごと燃やして帰ろう。」イワンが提案する。

「何と言っても、この等級のTRを放置するわけにはいかない。ここから出るわけにはいかない……。」

その時――それが声を発した。

私はすぐに悟った。

もうサラヴェルではない。

声は特有だった。

穏やかで、どこか親しげですらあるのに、同時に人間とはまるで異なる響き――奇怪で、異質で、まったくの外なるもの。

「やっと会えたな。」

声はそう言った。女の声――少なくとも音色は女性のものに聞こえた。

だが本当に“誰”の声なのかは、判別しようがなかった。

「やあ。こちらこそ光栄だよ。」私は努めて明るく答えた。

「まともに挨拶できる存在に出会えるなんて、珍しいことだわ。」

「私の名はサラヴェラ。私の使者が迷惑をかけていないことを願うよ、シルヴィア少尉。」

――どうして私の名を知っているのか、尋ねなかった。

気にも留めなかった。

少なくとも、こちらからわざわざ名乗る必要はなくなった。

「……あいつは、私の仲間の妹の魂を引き裂いた。だから正直に言えば、恨みしかないわ。」

「アイコは、ただ死んだだけだ。あの少女も同じように。君たちが殺した少女もな。」

「……そう。」

胸の奥に安堵が走る。ひどい言い方かもしれないが、それでも少しだけ救われた気がした。

「でも、なぜこんなことを許したの?」

「それは起こるべくして起きたのだ、シルヴィア。君たちは我らを怪物と呼ぶ。だが――」

「じゃあ、あなたたちをどう呼べばいいの? その言葉に悪い意味を与えたのは、結局あんたたちでしょ。」

サラヴェラは笑った。

一見すると温かく、楽しげに。

だがその笑いには吐き気を催すような不快さが混じっていた。

「私の印はサラワ、すなわち“絶望”。では、お前の印は何だ、シルヴィア?」

「ペルシェリオン。」私は即答した。誇りを込めて。

「参謀は今でも、私のことを忘れられないはずよ。まあ、与えたトラウマのせいだけどね。それでも十分でしょ。」

サラヴェラは再び笑った。

まるで、鬱陶しい知り合いが、好かれたくて無理にでも笑うように。

ただの違いは――その知り合いは、私の魂を盗もうとはしない。少なくとも、普段は。

「いいわ、要点に入りましょう。こっちはもう十分に散らかってる。仕事を楽にしてくれたのは感謝するけど――だからといって、あなたのやったことを許すつもりはない。」

「選択肢はなかったのだ。」

「ふざけんな!」私は吐き捨てた。

相手が“原初(プリマル)”だろうが何だろうが、知ったことじゃない。

**NS(ノヴィ・シフィト=新しい夜明け)**は跪かない。決して。

私は、時間と空間が生まれる前から存在する化け物にだって、礼を尽くす気などなかった。

「止められたはずだろ! どうせお前たちが結局殺したんだから、どれだけ歪んだ理屈を並べても……」

「違うのだ、シルヴィア!」

サラヴェラの声が轟いた。

……気に入らなかった。

何度も、何度も、私の名前を呼ぶことが。

確かにいい名前だ。それは認める。

だが、こいつに呼ばれるのは我慢ならなかった。

「私はただ、砕かれ踏みにじられた魂を受け入れるしかなかった。今日まではな。

お前たちが誓いを破り、鎖を断ち切ったのだ。」

「要するに――血の誓いのことね? 誰か一人が“糸”でお前と結ばれていた。

そいつが生きる意志を失って初めて、あんたの使者が殺せた。そいつも、他の連中も。そうでしょ?」

「完全には違う、シルヴィア。」

「いい加減、私の名前を繰り返すのやめてくれない? 気味悪いの。」

「なぜだ? これほど美しい響きを持つのに。」

「だからよ。あなたの口で呼ばれるのは相応しくない。

それに、これは私自身のもの。私の所有物なんだから。」

サラヴェラは再び、あの苛立たしいほど人外めいた笑い声を響かせた。

あからさまに、私の忍耐の限界を試している。

「ひとつ教えてくれ。結局アイコの件は何なんだ? なぜ……」

「彼女は犠牲者の一人だった。シル――」

サラヴェラは突然言葉を切った。

「彼女もまた、お前と同じく第四部隊に仕えていた。」

「だからアキラは……」私は少年を見た。

もう分かった。なぜ彼が、縁起の悪い数字だと自分の文化で忌避されている“4”の部隊を選んだのか。

そして、残念ながらその迷信には根拠があった。

「供物が“主”の上に立つ時、糸は断たれる。

従者の血が沸き、従者が“主”を殺す時、糸は断たれる。」

サラヴェラが、古の誓約をなぞるように唱えた。

少なくとも、いくつかは説明がついた。

サラヴァーがあの信者の顔を奪い、一瞬だけアイコの顔を見せたのは偶然ではない。

アキラが撃つと分かっていたのだ。

それで、私が「抜け殻に向けて撃っている」と感じた理由も理解できた。

――つまり、アキラは本当に“魂を裂く者”を殺したのだ。

ついでにあの人間も。

「間違ってたら訂正して。

私の理解だと、サラヴァーはあの男の顔と魂を盗んだ。

表向きは守るため――つまり誓約を破ってはいない。

私が人間の肉体を撃ち殺したが、魂はサラヴァーが“保護”していた。

そして、アキラを挑発した。……そうでしょ?」

「その通りだ。」

「ふん。私も規則を曲げるし、“なんとかなる”主義者だけどさ……。」

サラヴェラはまた笑った。

だがその笑いには、やはり不気味さと苛立ちが混じっていた。

……どうにも引っかかる。

混乱そのものは慣れている。

だが、ここまで話が滑らかに進むのは逆に不自然だ。

もしあの男が本当に“原初”を従えていたのなら……。

いや、実際のところはきっとこうだ。

この屋敷のどこかで古い本を見つけ、勝手に崇拝を始めただけ。

その相手が何者かも分からず、理由も知らず、ただ跪いて。

これまで見てきた九十九パーセントの事例は、まさにそんなものだった。

血の縁や偶然の繋がりで、ある存在が“権能”を持ってしまう。

そして本人は、自分が何に頭を下げているのかすら理解していない。

しかし、その「糸」については私にも不安があった。

あの人間の模倣品に子孫などいるはずがない、と私は踏んでいた。

サラヴァー、あるいは他の“原初”の名を騙る存在が、あの虐殺者の犠牲者たちを必ず子を成す前に殺していたはずだ。

だが、それでも――たとえそういう前提でも、“糸”を断ち切るのは決して容易ではない。

「アキラは……?」

私は尋ねた。答えは分かっているつもりだったが、サラヴェラに確認せずにはいられなかった。

「しかし従者が“主”を殺し、糸が断たれる時、新たな糸がその瞬間に結ばれる。」

彼女は誓約か契約か、何と呼ぶべきか分からない文言を続けた。

「つまり、君はあの“永遠に結ばれる存在”のひとつってわけか。」

「その通りだ。」サラヴェラは答えた。

「だが百倍も千倍も、あの外道に仕えるよりは、アキラに仕える方が良い。」

「……私はただ、彼が君に仕えるようにならなければいいと思うだけだ。」

私はアキラに目を向けた。

彼は、起きたことをまだ飲み込めずにいるようだった。

「自分が今、どれほど想像を絶する力を手にしているのか分かっていないんだな……。」私は言った。

だが彼は、手にした銃を横に投げ捨て、私の前で片膝をつき、右手を胸――心臓の位置に当てた。

「その力は私の手にはありません。すべてはあなたの御心のままに、特務士官殿。私はただ、あなたの意志を実行する者にすぎません。」

正直、少し驚いた。

私にとってはやや堅苦しく、やりすぎに思える反応ではあったが……それでも、どこか嬉しかった。

何よりも、アキラは権力や破壊の衝動を望むタイプではなかった。

それを彼はこれまでの行動で十分に証明してきた。

……これがイワンに渡っていたら?

私たち身内は安全でも、世界の半分くらいは無事じゃ済まなかっただろう。

「アキラ、お前は……」

イワンが口を開いた瞬間、

「口にするな。」

私は遮った。

あのNR-戦士が何を言おうとしているのか、私には手に取るように分かっていた。

ともかく、屋敷をもう一度徹底的に調べ、掃除を終え、この“円”を封じなければならない。

「どうすれば、お前に去れと命じられる?」

アキラが尋ねた。

「――アキラ、それは違う。」

私は彼を睨みつけるように見た。

「“行け”って言ったら、はいそうですかって消えてくれるわけじゃない。いい加減、少しは本でも読め、このバカ。」

重くため息を吐き、私は銃のスライドを引いた。

黒い弾をその場に放っておくのはよくない――忘れでもしたら大変だ。今となっては役に立つ場面もないし。

「要するに、ずっと付き合っていくしかない。封印する方法も一応はあるけど……どうやるか、そもそもなぜやるかって問題がある。それに――」

私は続けた。

「“原初”には特権がある。頭の中に入り込めるんだ。高位PTRみたいに中身を弄られるわけじゃないが、ほとんど誰とでも会話できる。……まあ禁止すれば別だけど。禁止しとけ、絶対。」

「聞いたな。」アキラが口を開いた。

「俺たち以外と話すな。いいな? できるか?」

『命ずるままに。』

サラヴェラの返答には、どこかバツの悪さすら漂っていた。アキラの、その妙に従属的な口調のせいかもしれない。

「じゃあ……特務士官殿の命令も聞けるのか?」

『限定的には、可能だ。』

「なら従え。」

私は正直、ほっとしていた。

アキラが「みんなで分け合いましょう」みたいなことを言い出さなくてよかった。

イワンに“原初”を握らせるなんて――たとえ限定的でも――世界が先に死ぬか、“女王様”が先に潰れるかの競争になるのは目に見えている。

「聞きたいことはいくつもあるけど……まずは仕事を片付けさせてもらう。」

『もちろんだ。』

「……姿を見せることはできるか?」

『それは危険だ。人間が“原初の王”と共にいるべきではない。』

「戯言だね。アリアなんか、こっそり〈魂狩り〉まで使って、アキラに気に入られるか試したんだ。ちなみに――気に入られたよ。」

「特務士官殿っ!!」

アキラとアリアが同時に、ほとんど悲鳴のように叫んだ。

顔を真っ赤にして慌てて視線をそらし合う。

「それで、実際どうなんだ?」私はさらに突っ込んだ。

『極めて危険だ。保証はできない。』

「――わかった、わかった。好きにしろ。」

私は手をひらひらと振った。

「せめて“書”か“日誌”の場所ぐらい教えなさいよ。」

『持っていない。』

サラヴェラの平然とした声に、背筋を冷たいものが走った。

「……ないって、どういうこと?」

声が震えないよう必死で抑える。

『言葉にしてはならないものがある。何より、言葉にしてはならないものだ。』

「じゃあ代わりに――“継承の儀”か?」

『その通りだ、シルヴィア。』

「私の名前のことは言ったよな。」

私は低く言い放つ。

「つまり、あいつは契約を結んだんじゃなくて、ただ何世紀にもわたって繰り返してきた狂気の延長で…」

『誰が止められる? 束縛された存在か? この地の人間はただ弱いだけじゃない――骨の髄まで邪悪だ。イワンの思想に同調しているわけではない。だが事実だ。大多数は見て見ぬふりをし、わずかな例外も、結局は死ぬしかなかった。糸を断ち切れる者などいなかった。サラヴェルを殺せる“従者”も、その血を受け継ぐ者も存在しなかったのだ。』

「それでも〈新しい夜明け〉の部隊を殺した。挙げ句、アキラの妹を――」

『すまない。だが、終わらせなければならなかった。この悪夢を、誰かが。』

「その“善意”とやらは信じない。」

私は吐き捨てるように言った。

『信じる必要はない。私はお前たちの従者、そしてアキラの子孫の従者だ。幸いにして純血だ。その証は、彼の前腕に刻まれている。私と話さなくてもよい。お前たちの命令なくして、私は何もできない。』

「……まるで、前の“主”を殺したのも正当化するみたいにね。

消えろ。私たちの頭から出て行け。呼ぶまで戻るな。」

『命ずるままに。』

従順に従う声。だが胸の奥でざわつく。

「……何を企んでるのか知らないけど、必ず何か狙ってる。そう確信してる。」

『きっと私たちに、この地の人間への憎しみを強めさせようとしているんです。』

アリアが口を開いた。

「……私も気づいた。」

私は頷いた。

「ただし、イワン、彼女が正しいわけじゃない。」

『――私たちは誰かを守るためにここにいるんじゃない。ましてや人間に仕えるためでもない。』

彼女は言葉を続けた。

『でも憎む必要もない。そうでしょう?』

「そうだな。」私は頷いた。

「私たちは自分の仕事をするだけだ。」

『奴らはもう俺たちを憎んでいる。』とイワンが口を挟む。

「それがどうした? だからといって、私たちまで憎む必要はないし、時には助けたっていい。」

『奴らは助けなんて望んじゃいない。』

「イワン、本当にどうでもいいのよ。重傷者だってよく『助けはいらない』と言うけど、だからって放っておくのか?」

『それは違――』

「――もうやめろ。」

私は遮った。口論はすでに本格的にヒートアップしかけていた。

「ヴェロニカとアンテクを呼んで、さっさと出るぞ。今日はもう十分だ。」

『じゃあ、この屋敷はどうする?』とアキラが尋ねる。

「壊すなり、燃やすなり、好きにしなさい。お前には原初の従者がついてる。」

私は彼の前腕に浮かぶ赤黒い紋様を一瞥した。

屋敷を出た瞬間、アキラはその力で邸宅をみすぼらしい瓦礫の山へと変えた。そこには弱々しい炎がかすかに揺らめくだけ。

それで終わり。

「事件」の元凶は消えた。だが問題が解決したとは到底言えない。

これから訪れる夕べは重く、夜はさらに重いものになる――そんな予感がしてならなかった。

サラヴェラは明らかに自分の目的を持っている。私の役目は、それを突き止め、企みを断つこと。

しばし私たちは地獄のような廃墟を眺め、それからオンボロのバスに戻り、基地へと帰還した。

“原初の従者”の主は、アリアの肩にもたれて眠り込んでいた。

イワンの高らかな演説も、私たちの騒がしい会話も、彼には届いていない。

だが私の頭からは、ひとつの思考が消えなかった。

――これを上に報告すべきかどうか。

信頼の問題ではない。ただ、余計な混乱や恐慌を招きたくなかったのだ。

私自身、まだ完全には理解できていなかった。

――いったい何が起きたのか。

原初の存在に関する断片的な情報でさえ、多くの者が命を賭して求める代物だ。

それなのに、私たちは今や一体を「従えて」いる。

もっとも、実際に誰が誰に仕えているのかは微妙な問題で、その関係は簡単に逆転しかねない。

『隊長。』

突然アリアが口を開いた。まるで私の心を読んだかのように。

『これ…報告するんですか?』

「それを考えてるところよ。パニックになられたら困るし。…みんなはどう思う?」

『俺も報告しない方がいいと思う。』とイワン。

『だが隊長がどう決めても、責任は俺たちで引き受ける。』

『もちろんです。』とアンテク。

『でも、俺は報告すべきだと思いますよ。上は面倒くさいが、記録や資料へのアクセスが広がる。結局、必要な書物を請求したら怪しまれるんですから。』

『どうせ給料さえロクに払わないのに、そんなもの渡すと思う?』とヴェロニカ。

『絶対に放置よ。』

『でも、原初の存在なんですよ?』

『原初だろうがなんだろうが、あいつらはぐずぐずするだけだ。』

議論は一時間近く続いた。

途中で眠りから引きずり出されたアキラまで加わったほどだ。

最終的には――今は報告しない。

ただし、公式の報告書には「原初に関連する痕跡」とだけ記しておく。

新しい「第四部隊の仲間」の件は伏せたままで。

それなら上層部も、少なくとも情報をケチらないだろう。

基地に戻る前にエリカたちへ連絡を入れた。

「晩飯、準備しておけ」と。

全員そろっての夕食。

私たちは任務中に起きたことを語ったが、正直、信じてもらえる様子はなかった。

まあ、無理もない。

そして――アリア。

『隊長…』

彼女が袖を軽く引っ張ってきた。

「何?」と振り返った瞬間、

瞳を輝かせ、にやりと笑う顔を見て、私はもう察した。

『アレクス、元気ですか?』

「アリア、ふざけんな…」

地獄を見た直後に、よくもまあそんな顔ができる。

でも――たぶんそれが彼女のやり方なのだろう。

現実を乗り越えるための、自分なりの方法。

…案外、悪くないやり方かもしれない。

「隊長、まさか興味ないって言わないでくださいよ。」

「興味はあるけど……」

「エリカ!」とアリアが突然叫んだ。

「何よ?」とエリカが眉をひそめてアリアを睨んだ。

「もう仕事は終わったの?」と意外にもイワンがエリカに声をかけた。

「ああ、でも思い出させないで…… 私、てっきり……」

「なあ、イリュージョニストについて情報が欲しいんだ。どうもあの“原初”って話、インチキ臭くてな。」

「今? だったらアレクスと行きなさいよ。」

「今だ。あいつの古文書に対するうっとりした講釈なんか聞きたくない。お前、もう食べ終わっただろ。」

エリカは重いため息をついて立ち上がり、イワンと一緒に出て行った。何かをぶつぶつ言いながら。

「アリア、いい加減にしろ!」とアンテクが叱った。

「何よ?」と全く悪びれる様子もなく答えるアリア。

正直、話題がそっちに逸れたのはありがたかった。もう“原初”について何時間も議論する気力も余裕も残っていなかった。今はただベッドに倒れ込みたいだけだった。

「それじゃあ、私はもう――」と言いかけた瞬間。

「話を変えるけどな。これ、陽動かもしれないが、イワンの言うことも一理あるかもしれない。」とダミアンが突然口を開いた。

ああもう、心の中で枕を抱きしめていたのに、無駄に終わった。

「俺はお前たちほどのものは見てないが…… もしあれがPTRだったらどうだ? 例えばイリュージョニストの類だ。あのカルトどもを殺したのは何だってよかったかもしれないし、他の全部がただの幻覚って可能性もある。そもそも頭に入り込めるのはPTRだけだろ? アンテク、ヴェロニカ、お前らも聞いたろ? あの“タラヴェラ”とかいう奴の声を。」

「もういい。」私は席を立ちながら言った。

「勝手に夜明けまで語り合ってなさい。私は寝る。おやすみ。」

「おやすみなさい。」と他の者たちは口を揃えた。

「でも、隊長!」とダミアンが食い下がった。

「隊長はどう思います? あれ、本当は……」

「私はね、現実が自分たちの都合に合わないからって、勝手に都合のいい物語を作るべきじゃないと思う。あれはPTRなんかじゃない。私たちはもうどっぷりハマってるの。だからせめてその中でやっていくしかないのよ。おやすみ。」

誰かがまだ何か言っていたけど、私はもう完全に無視した。洗面所に寄ってからベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。

眠りはすぐに訪れた。奇妙な幻視も悪夢も、不意の覚醒もなかった。まるで死んだように眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アーカイブNS @DRstudio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画