アイスコーヒー

ナナシの新人

アイスコーヒー

 ⋯⋯ごめんね――。

 ⋯⋯さよなら――。


 さっきまで晴れ渡っていた夏の青空が嘘のだったみたいに、異常な猛暑が続く夏空を覆う灰色の雲から、無数の大粒の雨が落ちる。アスファルトを打ち付ける冷たい雨は、茹だるような真夏の熱を洗い流しても、この想いは洗い流してはくれない。

 無造作に置いたスマホの画面に一定の間隔で切り替わりながら流れる、二人の写真。珪藻土のコースターに置いたアイスコーヒーの氷が少し溶けて、カランッとグラスが小気味よい音を立てる。

 学校の帰り道、近所のコンビニ、公園のベンチ、一緒に試験勉強をした図書館、よく待ち合わせしたカフェ。マネして頼んだ、あなたが好きなアイスコーヒー。まるで結露したグラスに浮かぶ水滴のように、同じ時間を過ごした日々が、たくさんの想い出が浮かんで、集まって、膨らんで⋯⋯堪えきれなくなって、つーっと流れ落ちた雫は何ごともなかったかのようにコースターに吸い込まれ、濡れた形跡を残さない。

 どうか、心に流れる想いの雫も一緒に隠してくれればいいのに⋯⋯。

 いつからだったろう。同じ時間を一緒に過ごしたのに、同じ景色を一緒に見ているはずなのに、どこか違う場所を見ていることに気づいたのは。気づいてしまったら、自分の気持ちがわからなくなって。どうしようもなくなって⋯⋯さよならを告げた。

 それは、まだお互い幼かった頃の話しで。少し大人になった今なら、あの時感じていた漠然とした不安とももう少し上手く付き合えたのかな。あの日告げた「さよなら」の代わりに伝えたかった言葉をずっと探していた――今なら素直に伝えられる。


 ⋯⋯ごめんね――ありがとう。

 ⋯⋯さよなら――大好きだよ。


 少し空が明るくなった。もうすぐ、通り雨が止む。

 この雨が上がったら伝えよう。

 さよならを言った後も変わらず一緒に居てくれた、あなたへ。

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