気まぐれに走ってみる


川沿いの道を歩きながら、ふと随分長い間、全力というものから遠ざかっていたように思った


幼いころを思い返すと、学校の休み時間、放課後の鬼ごっこ、親とやったごっこ遊び、時間に追われながら慌ててやった宿題……


いつも、全力で生きていたような気がする


いつの頃からか、全力になるのを、惜しむようになった、怖がるようになった


知らないうちに、疲れていたのかもしれない、知らないうちに、擦れていたのかもしれない


ぼんやりと、過ごしている


ぼんやりと、歩いている


そう考えて思わず顔を上げたら、昼下がりの土の上を、ハトが一羽、平和な顔をして歩きながら僕の顔を見て、首を傾げ、それから飛び立っていった


僕はなんだか、ぽつんとどこかへ取り残されたような気がした


冷たい風が真後ろから髪を揺らして吹き抜けていく


それがなんだか、懐かしく感じる


身体が冷えるとともに、頭が急速に冴えていく


取り残されるのは、いやだな


ザリッ、と土を掻いて、僕の足は前後に回りだした


ザッ、ザッ、ザッ、と乾いた音が足元で鳴って、景色が緩やかに変化していく


どんな感触だっけ、どんな感触だっけ、と僕は小さく唱えていた


本気で走るって、どんな感触だっけ


だんだん、背中に吹き付けてきていた空気が、正面から後ろへ流れるようになって、僕の顔を冷やし、耳元を吹き抜けていく


空は高く澄んで、雲の影から顔を出した太陽の光が僕の肌を滲ませる


かつて先生から教わった通り、顎を引いて足を高くあげ、僕は川沿いの道を走り続けた


昔聴いた懐かしいメロディや最近流行っているお気に入りの曲が、かわりばんこに頭に流れた


駅まで走ろう、と僕は思った


だんだん息が上がってきて、澄んだ空気が喉を切り裂くように口の奥が痛んできた


僕は少しペースを落とし、それでもしっかり顎を引きながら走り続ける


ジャージを着たお年寄りを追い越し、スポーツウェアを着た学生に追い越されながら走り続ける


川沿いを汗をかいて走っていると、なんだか僕の身体を川の水が洗い流しているような感覚がした


電車の発車時刻はもうすぐかな、と思いながら時計も見ずに走り続けて、駅の前まで着くと構内アナウンスが電車の発車間際を伝えていた


僕はそのまま改札を通ってその電車に飛び乗り、手すりを掴んだまま腰を曲げて大きく息を吐いた


電車は太陽の光を浴びながら川沿いを僕の家とは反対方向へ走り出す


この電車はどこへいくんだっけ?と僕は少し考えて


今日という一日を走っていくんだろう、と思った


そしていつか、明日へ辿り着くんだろうな


そんな考えが、火照った僕の胸に浮かんだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

久米貴明 @senkiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る