つかれたな

ネコ愛

第1話

 歌うたいはみんなを笑顔にする。

 じゃあ、歌うたいを笑顔にするのは――?


 ★★★


 深夜、薄暗い部屋に鳴り響く着信音。

 暗闇の中、スマホを手に取るとその着信相手に自然と笑みがこぼれた。


『よっ、ブラザー』

 

 電話をするとき、お兄ちゃんはいつも僕をそう呼ぶ。


「お兄ちゃんから電話くれるなんて珍しいじゃん。どうしたの?」


『ちょっと弟が心配だったからさ』


 そっか、お母さんから聞いているんだ。

 お兄ちゃんには話すなってあれだけ言ったのに……。


『仕事、上手く行ってないんだって?』


「……うん」

 

『そっか』


 強く、胸が締め付けられる。

 いつだってお兄ちゃんは優しい。どんな時でも、応援して支えてくれた。

 歌うたいになることだって、たくさん支えてもらったのに僕は……。

 

『まあいいんじゃね』


 返ってきた言葉は、頑張れ~とかそんな簡単なものじゃなかった。

 真剣に考えているのか、どうかもわからない。でも、その言葉は僕がずっと背負っていた重いものを、少しだけ軽くしてくれたような気がした。


『やりたくないならやらなきゃいいし。今はちょっと休んで、またやりたくなったらやればいい』

 

「うん」


『辛い時とか、哀しい時は俺が何回でもお前を笑顔にするから。下手なりに歌だって歌うよ』 


 電話の向こうで、お兄ちゃんが少し照れたように笑う声が聞こえた。

 

 どうして、今まで気づかなかったんだろう。

 最初はただ楽しくて、好きで歌っていたのに。

 いつの間にか、みんなを笑顔にしなきゃって焦るばかりで、本当にやりたかったことを見失っていたんだ。

 探していたものは、ずっとそばにあった。

 

「ごめん、ちょっとやる事あるから切るね」


 電話を切ったあと、僕は部屋の隅に目をやった。

 そこには、何日も触れずに放置していたギターがあった。

 薄く積もったほこりが朝日に照らされ、銀色に光っている。


 今まで、たくさん心配をかけてきた。

 だから次に会うときは、ちゃんと伝えたい。

 もう大丈夫だよって。――そして今度は、僕がお兄ちゃんを笑顔にするんだ。


 僕はギターを手に取った。

 その手に、もう迷いはない。


 もう一度、やってみよう。ゆっくりでいいから――。


 



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