第10話
夜が更け、家の中の生活音が徐々に遠のいていく。俺は冷たいタイルの上で、ただ時間の経過を待つことしかできなかった。
やがて、階下で母親とみさとの食事や入浴が終わったらしい気配がした。静寂が訪れ、つかの間の解放感に身体の力を抜く。しかし、その安らぎはすぐに打ち破られた。
リビングのドアが開き、母親が大きなゴミ袋のようなものを引きずって現れた。その背後には、風呂上がりで髪をタオルで拭きながら、好奇心に満ちた目でこちらを見るみさとの姿がある。
「夜は冷えるでしょうから、布団を貸してあげるわ」
母親はそう言うと、俺の目の前で、その大きな袋を逆さにした。ガサガサ、ゴトゴト、という音と共に、中から無数の靴が俺の身体の上に降り注ぐ。それは布団などではなく、罪悪感を具現化したかのような、重く、息苦しい瓦礫の山だった。
「あら、まだ足りないわね」
母親は、自分が履いている白とピンクのニューバランスのスニーカーを脱ぎ、俺の胸の上に無造作に放り投げた。
「みさとも」
母親に促され、みさとは楽しそうに頷いた。彼女は今日履いて帰ってきたであろう、一足の極端に薄く、軽量なシューズを脱ぐ。**ニューバランスの陸上用スパイクレスシューズ、通称『ニンジャ』。**それは、靴裏に無数の硬質で鋭利な三角形の突起が並び、まるでヤスリかおろし金のような、今まで見てきたどの靴よりも攻撃的な形状をしていた。みさとはその『ニンジャ』を、俺の顔の横に、まるで枕を置いてやるかのように、そっと置いた。強烈な、汗とゴムと土が混じった匂いが、俺の鼻腔を直接刺激する。
「おやすみなさい、番犬くん」
みさとは残酷に微笑むと、母親と共にリビングへと戻っていった。
数十分が過ぎただろうか。リビングの明かりが消え、家が完全に寝静まったかと思った頃、再び、リビングのドアが静かに開いた。
現れたのは、パジャマ姿のみさとだった。風呂上がりの清潔な石鹸とシャンプーの香りを漂わせ、素足で歩いている。
彼女は、俺のすぐそばの上がり框にちょこんと座り込むと、まるで面白いおもちゃを眺めるように、靴の山に埋もれた俺を見下ろした。
「ねぇ、起きてる? うちが、ちょっと遊んであげる」
みさとはそう言うと、俺の顔の横に置かれた、自分の『ニンジャ』を手に取った。
「これさ、今日のリレーの練習で、めっちゃ頑張ったんだよね。だから、汗びっしょり」
彼女は、その靴の履き口を俺の鼻先に近づけてくる。抵抗しようにも、俺の身体は靴の重みで押さえつけられ、顔を背けることすらできない。凝縮された、活発な少女の汗の匂いが、脳を直接揺さぶった。
最悪だった。この、地獄のような状況で。痛みと屈辱に満たされているはずの俺の身体が、その匂いに、微かに、しかし確かに反応してしまったのだ。下腹部に、裏切り者の熱が微かに灯り、冷気で萎縮していた乳首が、きゅっと硬くなる。
その、俺の身体の些細な変化を、みさとが見逃すはずもなかった。彼女は、俺のその反応を見て、面白いものを見つけたかのように、目をきらりと輝かせた。
「へぇ……。あんた、もしかしてコレ、好きなの? マジじゃん、変態」
彼女はくすくすと笑うと、今度は見せつけるように、ゆっくりとその『ニンジャ』に素足を入れた。薄いメッシュ生地が、彼女の足の形にぴったりとフィットする。
「じゃあ、ご褒美あげなきゃね」
みさとはそう言うと、『ニンジャ』を履いた足を、俺の胸の上に乗せてきた。そして、硬くなった俺の左の乳首を、靴の先端ではなく、靴裏を少し傾けて、そのヤスリのように鋭利な突起の一つで、まるでレコードの針を置くかのように、そっと触れさせた。
「んっ……!」
ぞわり、と全身の鳥肌が立つ。痛みではない。しかし、それ以上に悍ましい感覚だった。硬く、鋭い一点が、神経の集中する場所に触れている。彼女が少しでも力を入れれば、皮膚が裂けるであろうことが、容易に想像できた。
みさとは、そのギリギリの力加減を保ったまま、ヤスリのような靴裏で、俺の乳首の先端を、優しく、ゆっくりと、擦り始めた。
「……っ、ぁ……」
声にならない声が漏れる。鋭利な点での刺激が、脳髄を直接掻き回すような、倒錯的な信号を送り続けてくる。屈辱と、恐怖と、そして身体が勝手に感じてしまう不本意な疼きが混じり合い、俺の思考はぐちゃぐちゃになっていく。
「そっかぁ……こういうのが、いいんだ」
みさとは、俺の反応を確かめるように、恍惚とした表情で囁いた。
「じゃあ、もっともっと、遊んであげないとね」
彼女の目は、無垢な子供のそれではなく、獲物の弱点を見つけ、これからどうやって嬲り殺そうかと画策する、狡猾な捕食者の目をしていた。俺の地獄の夜は、まだ始まったばかりだった。
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