地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
第1話
俺の名前はエド。この村で薬草師をやっている。
といっても、村のみんなは俺のことを「薬草師」なんてちゃんとは呼んでくれない。「ああ、あの子か。いつも畑いじってて、ちょっと暗いやつだろ?」って、そんな感じだ。仕方ないけど。
俺の仕事は、地味で、派手な魔法とか剣術とはかけ離れている。朝早く起きては、森に入り、薬草を摘む。それを村の工房に持ち帰り、乾燥させたり、煎じたり、すり潰したりして、薬を作る。風邪薬、怪我の痛み止め、ちょっとした解毒剤。特別なものじゃない。でも、村の誰かが病気になったり、怪我をしたりした時、俺の薬が役に立っていたのは事実だ。
特に、村長の息子であるフィンの病気には、俺の薬が欠かせなかった。フィンは生まれつき身体が弱くて、少し無理をするとすぐに熱を出したり、発作を起こしたりするんだ。でも、俺が調合する特製の薬を飲むと、すぐに元気になる。フィンはいつも「エド、お前のおかげだよ!」って笑ってくれた。だから俺は、この地味な仕事も悪くないって思っていた。
そして、もう一つ、俺がこの仕事を頑張れる理由があった。
「エド!またそんなとこでうつむいて!」
優しい声が聞こえて、顔を上げると、そこにいたのはアイラだった。太陽みたいな笑顔で、俺に駆け寄ってくる。彼女は、俺の幼馴染で、恋人でもあった。村で一番の美人で、明るくて、誰からも好かれている。そんなアイラが、こんな地味な俺と付き合ってくれているなんて、信じられないことだった。
「アイラ、どうしたんだ?今日はもう仕事は終わりだよ」
「うん。でも、エドに会いたくて。ねえ、今から少し散歩しない?」
アイラにそう言われると、俺はどんな疲れも吹き飛んでしまう。二人で村の外れにある小川まで歩きながら、他愛のない話をする。アイラは、村で新しく流行っている服の話や、村長の息子フィンが騎士団に入るための訓練を頑張っている話をしてくれた。フィンは俺の親友でもあった。
「すごいよね、フィンは。いつか騎士になって、この村を守ってくれるんだって」
アイラは目を輝かせて言う。なんだか胸の奥がチクチクしたけど、俺は笑顔で答えた。
「ああ、きっとそうなるさ。俺も、フィンが頑張れるように、いい薬をたくさん作ってやるよ」
そんな風に、俺たちは穏やかで幸せな日々を過ごしていた。そう、あの朝が来るまでは。
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その日の朝、俺はいつものように薬草を摘むために森に入っていた。すると、背後から何かが話している声が聞こえる。聞き覚えのある、アイラとフィンの声だ。
「フィン、本当にこのままでいいの?」
「アイラ、大丈夫だって。もう決めたんだから」
どうしたんだろう?そう思って、物陰からそっと二人の様子を伺った。すると、フィンがアイラの手を握っている。アイラは少し困ったような顔をしながらも、その手を振り払おうとはしなかった。
「エドのことは…ごめんね」
アイラがそうつぶやく。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓はギュッと掴まれたみたいに締め付けられた。
「アイラ、俺はアイラと幸せになりたいんだ。エドは…エドはただの薬草師だ。いつか騎士になる俺とは違う。この村の未来を背負うのは、俺なんだよ」
フィンの言葉に、アイラは何も言わずにうつむいてしまう。ああ、そうか。そういうことだったのか。俺は、まるで世界から色が消えてしまったみたいに感じた。
俺は、気づかれないようにそっとその場を離れた。胸の痛みで、息をするのも苦しい。森の奥で、俺は一人、静かに泣いた。
その日の夜、俺はアイラに呼び出された。場所は、いつも二人で待ち合わせる村の広場の前。アイラは少し顔を赤くして、でも、どこか決意したような顔をしていた。
「エド、話があるの」
その一言で、俺はすべてを悟った。わかってはいたけど、いざ直接言われると、心臓がバラバラに砕け散るようだ。
「……うん」
「私たち、別れよう」
静かに、しかしはっきりと、アイラはそう告げた。俺は何も言えず、ただ彼女の顔を見つめる。
「エド、ごめんね。でも、私…フィンと一緒になりたいの」
「フィンと…?」
「うん。フィンはいつかこの村の英雄になる。私、フィンと一緒に、この村の未来を創っていきたいの。でも、エドは…」
アイラはそこで言葉を詰まらせた。きっと、俺を傷つけないように言葉を選んでいるんだろう。でも、どんな言葉も、今の俺には毒のようにしか聞こえない。
「エドの仕事は、大切だと思う。でも、いつか私がフィンと一緒に村を守る時、エドの仕事は…」
「役に立たない、ってことか?」
俺の口から、無意識にそんな言葉が漏れた。アイラはハッとして、顔をゆがませた。
「そういうわけじゃ…!」
「いいんだ、アイラ。わかってる。俺は地味で、弱くて、いつか村の英雄になるフィンみたいにはなれない。俺は、ただの薬草師だもんな」
自嘲するように笑う俺を見て、アイラは困ったように眉をひそめた。
「エド…ごめんね」
それだけを言って、アイラは背を向けた。そして、彼女は迷うことなく、村長の息子であるフィンの家へと向かっていった。俺は、その場に立ち尽くしたまま、ただただ彼女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
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その翌日、俺は村長の家へと呼び出された。中に入ると、村長の隣にはフィンが座っている。そして、少し離れた場所に、アイラもいた。彼女は、俺と目を合わせようとしない。
「エド、話がある」
村長が、俺をじっと見据えて言った。その声は、いつになく厳しかった。
「お前には、この村の薬草師の役割から降りてもらう」
「え…?」
俺は耳を疑った。フィンは、俺の薬がなければ体調を崩してしまうのに。この村に、俺の薬を必要としている人たちがいるのに。
「どうしてですか、村長さん!俺は、村のために…!」
「わかっている。お前はよくやってくれた。しかし、この村も変わらねばならないのだ。フィンが将来、騎士として村を統治する。その時、この村にはもっと大きな力が必要になる。お前のような…地味な仕事では、この村の未来は守れない」
「エドの薬は確かに役に立ってたよ。でも、もっとすごい魔法薬師を雇うことにしたんだ。そっちの方が村のためになるだろ?」
フィンが、そう言ってにこやかに笑う。その笑顔は、かつて俺に「お前のおかげだよ」と言ってくれていた、あの頃のフィンと同じ顔だった。でも、その言葉は、俺の心を深くえぐった。
「俺は…フィンに必要とされてると思ってた」
俺のつぶやきに、フィンは少し困ったように言った。
「それは、君が薬草師だったからだ。でも、……すまない、もう必要ない。エド、君は役立たずだよ。僕たちの未来には、君の居場所はないんだ」
その言葉は、アイラに言われた「役立たず」という言葉よりも、何倍も鋭い刃となって俺の心臓を貫いた。俺は、もう何も言えなかった。ただ、頭を下げて、村長の家を出て行くことしかできなかった。
その日の午後、俺は村を出る準備をしていた。村長の命令は絶対だ。もうここに俺の居場所はない。薬草工房から、俺が今まで作った薬や、大切にしてきた薬草の図鑑をカバンに詰める。
「エド…」
背後から声がして、振り返ると、アイラがそこに立っていた。彼女の瞳は潤んでいて、俺の顔を見るのが辛そうだった。
「ごめんね、エド。本当に…ごめん」
「いいんだ。お前にはお前の未来がある。俺には…俺の未来を探す旅に出るだけさ」
俺は、精一杯の笑顔を作って言った。しかし、アイラは俺の言葉に、ますます顔を曇らせた。
「違うの。私、本当は…」
「もういいよ、アイラ。俺はもう、お前を責めない。フィンと幸せになれよ」
そう言って、俺は村の出口へと向かった。アイラは、何も言わずにその場に立ち尽くしていた。彼女の瞳に映る俺の姿は、きっと、ちっぽけで、見捨てられた哀れな男だっただろう。
村の門を出て、俺は振り返った。かつて、俺のすべてだった場所。愛する人がいた場所。俺を必要としてくれていた人たちがいた場所。そのすべてが、たった一日で、俺を「役立たず」と切り捨てた。
もう、どこにも俺の居場所はない。このまま、俺は消えてしまいたい。
そんなことを考えながら、俺はあてのない旅に出た。背後には、二度と戻ることのない故郷の村。そして、俺が作った薬によって守られていた、かつての恋人と親友。
彼らは、俺が作った地味な薬が、どれほど彼らの生活を支えていたかを知らない。フィンの持病の発作を抑えていた特製の薬も、アイラの肌荒れを治していた軟膏も、すべてが俺の調合したものだった。
俺の心は、絶望と、ほんの少しの虚無感に満ちていた。こんな俺に、一体何ができるんだろう。
夕日が、俺の孤独な背中を照らす。俺は、ただひたすらに、森の奥へと歩いていった。どこへ向かうのかもわからずに。
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