第31話 進捗報告会って……!
部長が少し考えるように顎に手を当てた。
「それと、進捗がわからないまま三か月を過ごすのは落ち着かないだろう。
月に一度、進捗報告会を開くのはどうかな?」
「進捗報告会って……!」
思わず吹き出しそうになる。
「いいですね、それ!」
部長は笑いを堪えるように小さく咳払いをした。
「
途中経過を把握できた方が安心だろう?」
「……まあ、確かにそれはそうですね」
思わず納得してしまう。
「でも、LINEで報告で、よくないです?」
軽く言ってみたが、部長は即座に首を振った。
「文面では誤解を生む。直接話した方がいいだろう」
確かに、それはある。
碧のLINEは何度か受け取ったが、やたら簡潔でスタンプ多用。
『りょ』『テヘ☆』みたいな軽さで、
誤解を生む未来しか見えなかった。
「……うん、やっぱり報告会でいいと思います」
わたしが頷くと、部長は満足げにうなずいた。
だが問題は、どこで開くかだった。
碧の店は“お客さんとの恋愛NG”なので、マスターに知られたらアウト。
碧の家は、ヤンデレ襲来の恐れがあり――論外。
ファミレスや居酒屋は、誰に聞かれるかわからない。
じゃあ、わたしの家か、個室居酒屋、カラオケ――そんな案も出たけれど、却下した。
今の状況で碧と二人きりになるのは、できれば避けたい。
子犬モードでも、いつ豹変するかわかったもんじゃないから。
「……あのう」
おずおずと碧が口を開く。
「駿さんの家で、駿さんも同席してもらうのは?」
「えっ!? 俺の!?」
急すぎて焦ったのだろうか。素の部長を見た気がした。
(……普段は“俺”って言うんだ)
思わず心の中でつぶやく。
いつもは完璧で、隙なんてない人なのに。
焦ったときに素が出るところ、なんか――ちょっとかわいい。
「はい、駿さんの」
碧は真顔で続ける。
「セキュリティが万全のタワマンって言ってましたよね?」
「ま、まあ……そうだが」
「そこだったら、ヤンデレが襲来しても安全そうですし。
僕たち二人より、駿さんが立ち会ってくれた方がいいと思うんです」
なかなか的を射た意見だった。
「う~~ん。二人の問題に、私がそこまで介入していいのか悩ましいな」
部長が腕を組む。
「三枝さんは? どう思う?」
「あの……本当に図々しくて、自分でもどうかと思うんですけど」
思わず膝の上で指をもじもじさせながら、正直に口を開いた。
「わたし、碧と二人きりになるのが……ちょっと怖くて」
「そんなあ……」
碧が、これみよがしにシューーンと肩を落とす。
「そんな態度見せてても、急に豹変するでしょうがッ!!」
思わずテーブルをドンッと叩いてしまった。
「ハ、ハイッ!」
碧の背筋がピシッと伸びた。
わたしは深呼吸をして、今度はまっすぐ部長に向き直る。
「それで……」
「わたしも、部長さえよろしければ立ち会ってほしいです」
部長の目をしっかり見てお願いした。
我ながら、赴任してきたばかりの上司に何を言っているのだろうと思う。
けれど――どうしてだろう。
部長には、こうして本音をぶつけても大丈夫な気がした。
部下の家でパンツ姿になる感覚は、いまだに理解できないけれど。
「そうか」
部長は少しだけ息をつき、柔らかく頷いた。
「わかった。では――定期報告会は、私の家で行うとしよう。
ただし、私は二人の意志を尊重する立場だ。
呼ばれない限り、こちらから介入はしない。いいね?」
「ハイッ!」
碧が即答する。
「……了解しました」
わたしも姿勢を正した。
さすが部長。まとめ上手で、公平で、何より頼りになる。
「じゃあ、これで方針は決まったな。何か疑問点や質問はあるか?」
「ハイッ! 定期報告会の日取りはどうしましょう?」
すかさず手を挙げる碧。完全に会議ノリだ。
「そうだな……今日が第3土曜日だから、毎月第3土曜あたりはどうだ?」
「いいですね!」
「そうしましょう」
「もし都合が悪ければ、そのときはリスケで」
「「ハイッ!」」
「他に質問は?」
「連絡はどうやってとりましょう?」
碧が手を挙げる。
「そうだな。私と碧くんは、まず連絡先を交換するとして……」
部長が少し考えこむように顎に手を当てる。
「碧くんと三枝さんは――そうだな、ブロックを外してもらおうか」
「ブロック!?」
碧が一瞬ショックを受けた顔をする。
(いや、してないけどね)
「確かに、連絡用のやりとりは必要だし」
そう前置きしてから、わたしは少し冷静に言った。
「じゃあ碧、わたしに対する連絡禁止令は一時的に解除ね」
「うん!」
嬉しそうに即答する碧。
「……関係ない話題は既読無視するからね」
釘を刺しておくのも忘れなかった。
「ひどっ」
子犬みたいにしょんぼりする碧。
「それで、私と三枝さんの連絡だが――」
部長が話を引き取る。
「一旦、保留にしておこう。碧くんもいい気はしないだろうし、
万が一、やりとりが会社の人の目に触れたら困るからね。
今後は必要に応じて連絡先交換、ということにしよう」
「そうですね。わたしもそれでいいと思います」
「よし。じゃあこの件はこれでOK。ほかに質問は?」
「大丈夫です」
きれいに締まる会議体。
完全に進行中のミーティングだった。
(……部長のまとめ力、ほんとに恐るべし)
「じゃあ、この場はこれで解散――かな」
部長が穏やかにまとめた。
「ええ~~。もっとゆっくりしたいなあ」
名残惜しそうに伸びをする碧。
「もう~~!!また1カ月後ね!」
思わず笑って言い返す。
「朝ごはん、ごちそうさま。美味しかったよ」
部長がにっこりと微笑む。
「とんでもないです! こちらこそ、間に入ってくださってありがとうございました。
おかげでスムーズに話が進みました」
「お役に立ててなにより」
穏やかな笑みとともに立ち上がる部長。
……その穏やかな空気を、見事にぶち壊すのが碧である。
「ちょ、駿さんばっかり褒められてずるい!」
「はいはい、君もよく頑張った」
部長が苦笑しながら、碧の頭を軽くポンッと叩いた。
碧は「むーっ」と頬をふくらませる。
「子ども扱いしないでくださいよ~!」
そのやりとりが、なんだか年の離れた兄弟みたいで――
見ているだけで、胸の奥があたたかくなる。
わあわあと騒ぐ碧に、部長も苦笑い。
「まったく、賑やかな子だな」なんて言いながら、ふたりは並んで玄関へ向かう。
「じゃあ、また」
部長が軽く頭を下げ、碧も「おねーさん、またね!」と手を振った。
「うん。またね」
わたしも笑顔で手を振り返す。
ドアが閉まると、静かな朝が戻ってきた。
ほんの少しの食器の残り香と、三人で笑い合った空気だけが部屋に残っている。
こうして三人でゆっくり朝ごはんを食べて、
たわいもない話をして笑い合う――そんな時間が、ただ、心地よかった。
しかし、このあと、また一波乱あるなんて。
そのときのわたしは、まだ思ってもみなかった。
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