年下ワンコと完璧上司に溺愛されて困っています。

舞見ぽこ

1章 年下ワンコに翻弄される、オトナ女子

第1話 ちょっと待って、私……やらかした!?

 目を開けると、見慣れた天井があった。

 私の部屋……のはずなのに、どこか違和感がある。

 

 視界はぐらぐら揺れて、頭の奥がガンガンする。

 喉は砂漠みたいにカラカラで。

 (……これ、二日酔い……? うぅ、最悪……)

 

 額を押さえながら、昨夜のことを必死に思い出そうとする。

 (でも……そんなに飲んだっけ、私……?)


 ぼんやりした頭で視線を横に動かした、そのとき——すぐ隣に人の気配を感じた。


 (……え、ちょ、ちょっと待って。隣に……誰かいる!?)


 びっくりしてガバッと飛び起きた拍子に、布団がばさっとめくれる。

 そこに現れたのは——金髪の頭を枕に沈め、上半身裸でスヤスヤ眠る青年だった。


 「~~~~~~~~!!!」

  声を出そうとしたのに、喉がカラカラで空気しか漏れない。

  二日酔いのせいか、それとも驚きすぎたせいか——とにかく声にならなかった。


 (おっ、おおお男ーーーーーッ!? へ、変態!? 泥棒!? ……って、ちゃっかり枕使って寝てるってどんな泥棒よ!!)


 思わず突っ込まずにはいられない。

 二日酔いの頭で導き出した答えは——


 (ちょ……え、ちょっと待って、私、やらかした!?)


 心臓が跳ね上がり、反射的に自分の服を確認する。

 ワンピースも着たまま、ストッキングも破れていない。


 (……セーフ。セーフ!? いやでも、なんで男が私のベッドに!?)


 恐る恐るもう一度青年に視線を戻す。

 金髪に、思わず美少女と見間違えそうなほど整った顔立ち。

 ——なのに、上半身は裸。引き締まった胸板、うっすらと割れた腹筋。

 腰骨まで見えそうなズボンの位置に、私の脳みそは一瞬でフリーズする。


 (……ちょ、待って。なにこれ。ananのグラビア?いや、天使!?)


 息を殺して凝視してしまう。

 横顔まで完璧で、しかも子犬みたいに無防備な寝顔。


 そのとき。


 「……ん」


 金髪の青年が、ゆっくり目を開けた。

 寝起きとは思えないほど整った顔に、にこっと笑みが浮かぶ。


 上体を起こし、ベッドのシーツに片手をついてこちらを見やる。

 裸の肩と胸板が露わになり、私は思わず視線を逸らした。


 「おはようございます、おねーさん」


 爽やかすぎる挨拶に、私の心臓はまた跳ね上がった。

 (ちょっ……なんで裸で、そんな清々しい顔してるのよ!?)


 「えっ……えっ!? だ、誰!? な、なんで裸で寝てるの!?」

 カッスカスの声が裏返って、我ながら情けない響きになった。


 すると彼は、ベッドの上で小首をかしげてこちらを覗き込んだ。

 その仕草があまりにも子犬っぽくて、一瞬理性が吹き飛ぶ。


 「えー? だって……おねーさんから誘ったんですよ?」


 にこにこと小首をかしげて見つめてくる金髪の青年。

 子犬みたいな笑顔なのに、言ってる内容が爆弾すぎて——


 「ヒ゛ッ……!!? ヒャッ……!!」

 カッスカスの変な叫び声が漏れた。


 私は飛び上がりそうになり、心臓がバクバクと暴れる。

 頭の中で真っ赤な警報ランプが鳴り響いていた。


(うそ……私、ほんとに……!? え、初対面の男を……!? 34歳で!? 婚活パーティ惨敗の帰りに!?)


 両手で顔を覆って震えていると、青年がクスクス笑った。

 「ふふっ。おねーさん、かわいい」


 立てた膝の上に片肘をつき、悪戯っぽく目を細める。

 そして少し間を置いてから、さらっと口にした。


 「……ふふ。そんなに焦らなくても。僕、まだ手は出してませんよ」


 私は顔を上げた。ぽかんと口を開けたまま固まる。


 「……は?」


 青年はにっこり笑って続けた。

 「ちゃんと送ってきて、ベッドに寝かせてあげただけ。僕、紳士ですから」


 「そ、そう……よ、よかった……! な、何もなかったんだ……」

 胸を撫で下ろす私。


 ………………。


 「……って、ちょっと待って。今、“まだ”って言ったよね!?」


 遅れて気づき、慌てて声を張り上げる。

 青年は目を細め、悪戯っぽく笑った。


 「気づきました?」


 人懐っこい笑顔を浮かべながら、子犬みたいに尻尾を振っていそうな無邪気さで笑っている。


(……こいつ、まったく油断ならない!!)


 「だったら服くらい着なさいよ!」


 声を荒げる私に、青年は「あぁ」と軽く頷いて笑った。


 「それはですね……昨日おねーさん、僕にちょっと“スプラッシュ”しちゃいまして」


 「…………はあああああ!?!?」


 「ほら、こう……滝のように、E.A……エクストリーム・アタックを」

 さらっとジェスチャーつきで説明してくる。


 (エクストリーム・アタック? 妙に発音いいし!)

 (なにそれ、新手の幽波紋スタンド!?)


 いやいやいやいや!!

 要するに——私、ゲ●っちゃったってこと~~!?


 私の顔から血の気が引いた。


 「や、やめて!! お願いだからこれ以上言わないでぇ!!」


 「だからシャツは非常事態で。ほら、軽くすすいで洗面所に干してありますから」


 にこっと爽やかに言われ、私はその場でバタリと倒れ込んだ。


 (うわあああああ! 恥ずかしすぎる! よりによってイケメンにそんな醜態を……!)


 チーーーーン……。


 心の中で鐘が鳴り響き、私は掛け布団を頭までかぶった。

 しばし現実逃避したあと、布団の中で深呼吸。


(……落ち着け、杏。冷静になれ。まず状況を整理しよう)


 ——私の名前は、三枝 杏さえぐさ あん。三十四歳。

 都内の中堅文具メーカーで企画・開発を担当している、ごく普通のOLだ。

 童顔だから実年齢より若く見えるらしいけど、もうアラフォー目前。

 恋愛はずっとご無沙汰で、昨日だって友人に無理やり連れられて婚活パーティに参加して……

 結果は惨敗。


(あぁ……そうだ。惨敗して、やけになって入ったバーで……)


 脳裏に昨夜の光景がぶつ切りで蘇る。

 カウンターの向こうでシェイカーを振っていた、金髪の青年。

 人懐っこい笑顔で、軽く声をかけてきた。


 「おねーさん、落ち込んでる顔してますね」


 気づけば愚痴をこぼしていた私に、彼はタイミングよくグラスを差し出してくれた。


 ——そこまで思い出したところで、私ははっと我に返った。


 (……って、いやいやいや! ちょっと待って!)

 (つまりベロンベロンに酔っぱらってゲロった私を、この子が家まで連れ帰ってくれたってことだよね。しかも……わたしから誘って……)


 (これって……私がお持ち帰りされたんじゃなくて、私がお持ち帰りした状況!?)


 ガンガンする頭を抱える。

 (やばいやばいやばい……これ、完全に私の方がアウトじゃない!? この子……さすがに成人、してるよねえええ!?)


 がばっと布団から飛び起きる。

 隣でニコニコしている金髪の青年を指さし、カッスカスの声を張り上げた。


 「ねえっ!! 君……成人してるよね!? もし未成年だったら、完全に私……アウトじゃん!!」


 必死の問いに、青年はにこっと笑って、子犬みたいに小首をかしげた。


 「……何歳に見えます?」


 「ヒィィィィ!!」

 思わず頭を抱えて悶絶する。


 青年は楽しそうにその慌てっぷりを眺めてから、肩をすくめて小さく笑う。


 「ふふっ。おねーさん、ほんとかわいい」


 わざとらしく胸に手を当て、ポーズを決めながら言った。


 「安心してください。僕、二十四です」


 得意げな笑顔。


 そしてさらりと続けた。


 「僕は——新堂 碧しんどう あおい。バーでバーテンダーやってます」

 にこやかにそう言ったあと、ふっと表情を曇らせる。


 「……昨日名乗ったのに忘れられちゃってたら、僕、ちょっと悲しいなぁ」


 長いまつ毛を伏せて、わざとらしく肩を落とす。

 その仕草が妙に板についていて、私の胸にチクリと罪悪感が刺さった。


 「ングッ……」


 思わず変な声が漏れてしまう。


 すると碧は、すぐに唇の端を上げてにこっと笑った。


 「僕はおねーさんの名前、ちゃ~んと覚えてますよ」


 そこで一拍置き、身を乗り出して距離を詰める。

 低く甘い声が、耳元に落ちてきた。


 「ね、——杏さん?」


 心臓が大きく跳ねる。

 子犬のように無邪気だった瞳が、一瞬だけ肉食獣の光を帯びていた。


 (な、なにこの切り替え……! 油断したら食べられる!!)


 息を呑む間に、彼の綺麗すぎる顔が、ぐっと近づいてきて——



 

 ——三枝 杏、三十四歳。

 恋愛なんて、もうすっかりご無沙汰だと思っていたのに。

 ここから始まる“騒がしくて甘い日々”を、私はまだ知らない。

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