エピローグ「校正者たちの終わらない物語」

 原初の魔導書を修正してから、数年の月日が流れた。

 世界はすっかり安定を取り戻し、人々は平和な日々を送っている。

 俺が設立した「カナデ校正ギルド」は、今や王都に欠かせない組織となっていた。世界に残る細かなバグの修正依頼は後を絶たず、ギルドは毎日大忙しだ。

「マスター! 新しいギルドメンバーの研修、終わりました!」

 ギルドの受付嬢になったリリアが、元気よく報告してくる。彼女は聖騎士を引退し、俺の秘書兼ギルドの運営担当として、その手腕を発揮してくれていた。

「そうか。今年は優秀なのが入ったみたいだな」

「ええ! みんな、マスターに憧れて入ってきた子たちばかりですから!」

 奥の研究室からは、フィーネの声が聞こえてくる。

「こらー! また勝手に古代遺物の封印を解いて! この魔導書、ルビが全部反対になってるじゃないの!」

 彼女はギルドの研究開発部門のトップとして、古代の魔導書や遺物に隠されたバグの解析に没頭していた。そのおかげで、俺たちの修正作業は格段に効率が上がっている。


 今日は、数年に一度開かれる、王都の建国記念祭だ。夜には、盛大な花火が打ち上げられる。

 俺はギルドの屋上テラスで、仲間たちと一緒にその時を待っていた。

「それにしても、平和になったものだな」

 俺がしみじみと呟くと、隣に座っていたルクスが微笑んだ。

「君が、この物語に素晴らしい続きを書いてくれたからさ」

 彼は今も、時々ふらっと現れては、俺たちの活躍を面白そうに眺めている。

 遠くでは、勇者ジンが率いる騎士団が、祭りの警備をしているのが見えた。彼もまた、自分の物語を立派に歩んでいる。


 やがて、夜空に最初の一輪が咲いた。

 ヒュルルル……ドン!

 色とりどりの光が、闇を鮮やかに彩る。

「わあ……綺麗……」

 リリアとフィーネが、うっとりと空を見上げている。

 その光景を見ながら、俺は自分の人生を振り返る。

 校正者として生きてきた俺は、いつも物語の「裏方」だった。誰かの物語を、ただ正しく整えるだけの存在。

 でも、今は違う。

 俺は、俺自身の物語の主人公だ。そして、俺の隣には、かけがえのない仲間たちがいる。

 この世界は、まだたくさんの誤字やバグに満ちているかもしれない。神様のうっかりミスは、そう簡単にはなくならないだろう。

 でも、それでいい。

 直すべき誤字がある。修正すべきバグがある。

 それらを一つ一つ正していくことが、俺たちの生きる道であり、俺たちの紡ぐ物語そのものなのだから。


「カナデさん、見てください! あの花火、ハートの形ですよ!」

「本当だ! ……ねえカナデ、来年も、その次も、ずっと一緒に見てくれる?」

 リリアとフィーネが、両側から俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。

「ああ、もちろんだ」

 俺は、二人の頭を優しく撫でた。

 空には、満点の星と、咲き誇る花火。

 俺たちの物語に、まだ最終ページの予定はない。

 これからも、この愛すべき世界で、大切な仲間たちと、新しいページを書き綴っていこう。

 そう、これは、終わらない物語。

 俺と君たちとで紡いでいく、最高にハッピーな物語なのだ。

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勇者パーティを追放された俺のスキルは【文章校正】。バグまみれの世界で神の誤字を修正していたら、いつの間にか伝説の英雄になっていた件 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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