第9話「ラストボスは神様の誤字」
天の塔の内部は、静寂に包まれていた。らせん階段を上り、最上階にたどり着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、一冊の本だった。
中央の台座に置かれ、荘厳な光を放っている。あれが、原初の魔導書に違いない。
「ついに……」
俺が魔導書に手を伸ばそうとした、その時。魔導書から黒い影が立ち上り、みるみるうちに巨大な竜の姿を形作った。
「グオオオオオオッ!」
天を揺るがすほどの、すさまじい咆哮。
「こいつが……最後の番人か!」
ジンが聖剣を構える。
「みんな、行くぞ!」
リリア、フィーネ、そしてジンの仲間たちも、一斉に竜に襲い掛かった。しかし、あらゆる攻撃が、竜の漆黒の鱗に弾かれてしまう。
「ダメだ、攻撃が全く通らない!」
「なんて硬さなの……!」
俺はスキルで、竜の正体を分析する。
【名前】神竜ティアマト
【称号】不滅の守護者
【特殊能力】絶対防御(文章の『削除』『修正』を無効化する)
「なんだって!?」
俺のスキルが効かない? つまり、こいつはバグではなく、正規のプログラムとしてここに配置されているということか。
竜は巨大な口を開け、灼熱のブレスを吐き出した。
「【ホーリーウォール】!」
「【マナシールド】!」
リリアとフィーネが防御魔法を展開するが、圧倒的なパワーの前に、障壁はガラスのように砕け散る。
「ぐわあっ!」
俺たちは、衝撃で壁まで吹き飛ばされた。
「くそっ……どうすれば……」
万策尽きたかと思われた、その時、ルクスの声が頭に響いた。
『カナデ、諦めてはいけない。どんな完璧な文章にも、必ず誤りはあるものだ』
誤り……?
俺はもう一度、竜のステータスを隅々まで確認した。名前、称号、特殊能力……どこにもおかしな点はない。
いや、待てよ。
ある一点に、俺は気づいた。それは、あまりに些細な、普通なら誰も気に留めないような、一つの記号。
【名前】神竜ティアマト。
名前の最後に、句点「。」がついている。
通常、名前や単語の末尾に句点をつけることはない。これは、文章のルールにおける、明らかな「誤り」だ。
『気づいたようだね』
とルクスは言った。
『その句点こそが、神が唯一残したという『誤字』。それがあるせいで、この竜は『神竜ティアマト。』という一つの完結した文章(プログラム)として認識され、あらゆる干渉を拒絶しているんだ』
つまり、この句点を削除すれば、絶対防御は無効化できる!
「みんな、俺に時間をくれ!」
俺は竜に向かって走り出した。
「カナデさん!?」
「無茶だ、カナデ!」
仲間たちの制止を振り切り、俺は竜の足元までたどり着く。見上げるほどの巨体。その圧倒的な存在感に、足がすくむ。
「おおおおおっ!」
俺はスキルを最大まで解放し、全神経を、あのたった一つの記号に集中させる。
「世界のルール(文章)が間違っているなら……俺が、それを正す!」
『消えろ、イレギュラー!』
竜の爪が、俺の頭上へと振り下ろされる。
もうダメか、と思った瞬間。
ガキン! という金属音と共に、ジンがその一撃を聖剣で受け止めていた。
「行けえええ、カナデェェェッ!」
血反吐を吐きながら、ジンが叫ぶ。
「お前が、この世界の本当の勇者だ!」
その言葉に後押しされ、俺は最後の力を振り絞った。
「【修正】!!!!」
俺の指先から放たれた光が、竜のステータスに表示された句点「。」を、正確に捉える。
そして――句点は、綺麗さっぱり消え去った。
【名前】神竜ティアマト
その瞬間、竜の体を覆っていた絶対防御のオーラが霧散する。
「今だ! 総員、攻撃!」
ジンの号令一下、俺たちの最大火力が、無防備になった竜に叩き込まれた。
断末魔の叫びと共に、神竜ティアマトは光の粒子となって消滅していく。
静寂が戻った塔の最上階。俺たちは、傷つきながらも、確かに勝利したのだ。
そして、目の前の台座には、静かに原初の魔導書が鎮座していた。
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