第7話「砂漠の蜃気楼(バグ)と古代図書館」

 俺たちが次に向かったのは、南に広がる巨大な砂漠「アトラサード」だ。国王の話によると、この砂漠では「絶対に濡れない雨」が降り、旅人たちを混乱させているらしい。

「絶対に濡れない雨、ですか。また奇妙な現象ですね」

 ラクダに揺られながら、リリアが首をかしげる。

「典型的なバグの症状ね。きっと、天候を管理するテキストに矛盾が生じているのよ」

 フィーネが学者ぶって解説する。

 砂漠に入って三日目、俺たちはついにその奇妙な現象に遭遇した。空は厚い雲に覆われ、確かに雨が降っている。しかし、その雨粒は地面に落ちる寸前で霧のように消え、俺たちの体や服を濡らすことは一切なかった。

「これは……」

 俺はスキルを発動し、この現象をテキストとして読み解く。


【天候】降雨

【属性】ドライ


「原因はこれか。『ドライ』なんていう謎の属性が付与されているせいで、雨が効果を発揮していないんだ」

 俺はすぐにスキルで「ドライ」の属性を削除した。すると、今まで消えていた雨が、本来の姿を取り戻し、ざあざあと砂漠の大地に降り注いだ。

「わあ! 本当の雨だ!」

「これで砂漠のオアシスも潤いますね!」

 フィーネとリリアが喜ぶ。これで一件落着かと思われたが、問題はそれだけではなかった。

 雨が降り始めたことで、砂漠の様相が一変したのだ。今まで砂に埋もれて見えなかった、巨大な遺跡が姿を現した。

「なんだ、この建物は……」

「古代図書館……! まさか、伝説の!」

 フィーネが興奮したように叫ぶ。古代図書館は、かつてこの世界に関するあらゆる情報が収められていたと言われる伝説の場所だ。しかし、遥か昔に砂漠の砂に沈んだとされていた。

「濡れない雨が降っていたのは、この図書館を砂から守るためだったのかもしれないわ!」

 フィーネの推測は、おそらく正しいだろう。俺たちがバグを修正したことで、封印が解かれてしまったのかもしれない。

「中に入ってみましょう。原初の魔導書に関する手がかりがあるかもしれません」

 俺たちは、壮麗な装飾が施された図書館の内部へと足を踏み入れた。中は驚くほど綺麗に保存されており、天井まで届く本棚には、無数の書物がびっしりと並べられている。

「すごい……!」

 本好きの俺としては、まさに宝の山だ。しかし、のんびり本を読んでいる時間はない。

 俺たちは手分けして、原初の魔導書に関する記述を探した。

「カナデさん、これを見てください!」

 リリアが、一冊の巨大な本を指さした。その本には、この世界の創造神話が描かれている。


『――神は、言葉によって世界を創造した。その言葉を記したのが、原初の魔導書である。しかし、神は物語を綴るのに疲れ、たった一つの誤字を残したまま、眠りについた――』


「たった一つの誤字……?」

 それが、この世界の全てのバグの始まりだというのか?

 その時、図書館の奥から、何者かの気配がした。俺たちが警戒しながら進むと、そこには一人の男が立っていた。

「やあ、また会ったね、校正者カナデ」

 穏やかな笑みを浮かべていたのは、ルクスだった。

「ルクス! どうしてここに?」

「僕は物語の案内人だからね。君たちがここへ来ることは分かっていたよ」

 彼は、図書館の中央に置かれた石板を指さした。

「原初の魔導書は、ここにはない。だが、その在処を示すヒントが、この石板に記されている」

 石板には、古代文字で何かがびっしりと刻まれていた。

「読めないわ……」

 フィーネですら、解読できないらしい。

「これは、神が使ったと言われる『創造の言葉』だ。人間には解読できない」

 と、ルクスは言った。だが、俺のスキルには、この文字がハッキリと見えていた。そして、その文章の中に、たった一つだけ、赤く点滅する文字があることにも気づいていた。

「いや、読めるぞ」

 俺は石板に手を触れ、スキルを発動した。

「ここに、こう書いてある。『原初の魔導書は、世界の【涯】にある天の塔に眠る』と」

「涯……? そんな漢字、見たことないわ」

 フィーネが首をひねる。

「ああ、これは誤字だ。正しくは……」

 俺が修正を完了させると、石板の文字がまばゆい光を放ち始めた。


『原初の魔導書は、世界の【果】てにある天の塔に眠る』


「世界の果て……!」

 俺たちが目的地を知った瞬間、図書館が激しく揺れ始めた。

「いけない! この図書館は、役目を終えようとしている! 早く外へ!」

 ルクスの叫び声と共に、俺たちは崩れ落ちる図書館から、命からがら脱出した。

 振り返ると、古代図書館は再び砂の中へと沈んでいくところだった。

「世界の果て、か。いよいよ、この旅もクライマックスだな」

 俺たちは、次なる目的地を見据え、決意を新たにするのだった。

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