第6話「英雄の帰還と王の依頼」
黒い亀裂の中心は、想像を絶する情報量の嵐だった。意味をなさない文字、壊れたデータ、矛盾した設定。それらが濁流のように渦を巻き、俺の精神を直接削ってくる。
「ぐっ……!」
『無駄だ。お前に、この混沌は修正できない』
ノイズの声が嘲笑うように響く。
だが、俺は諦めなかった。膨大なテキストの奔流の中から、一つのキーワードを探し出す。それは、ノイズの職業欄に見えた、あの文字化けした文字列。
(見つけた!)
渦の中心に、ひときわ黒く、歪んだテキストの塊があった。あれが、ノイズの存在を定義するデータ、『キャラクター設定シート』の残骸だ。
俺は両手を突き出し、全ての意識をスキルに集中させる。
「うおおおおおっ!」
俺の体から放たれた光が、テキストの塊を包み込む。破損したデータを一つ一つ修復し、文字化けを解読していく。それは、何千ページもある難解な専門書を、たった一人で校正するような、途方もない作業だった。
意識が途切れそうになる。だが、リリアとフィーネの声が、俺を繋ぎとめてくれた。
「カナデさん!」
「カナデ!」
俺は最後の力を振り絞り、歪んだテキストに正しい意味を打ち込んだ。
【名前】ルクス
【職業】物語の案内人(ストーリーテラー)
その瞬間、世界を覆っていた黒い亀裂とノイズが、光の粒子となって消えていった。
気づけば、俺とフィーネは街の広場に立っていた。空は元の青さを取り戻し、人々の体のノイズも綺麗に消えている。
そして、俺たちの目の前には、一人の青年が立っていた。黒いローブではなく、旅人のような軽装をまとった、穏やかな笑みを浮かべる青年。彼こそが、ノイズ……いや、ルクスだった。
「ありがとう、校正者カナデ。君のおかげで、私は私の物語を取り戻すことができた」
彼はそう言うと、深々と頭を下げた。彼は、この世界の作者によって生み出されたが、物語の構成上、登場する前に設定ごと削除された存在だったらしい。その無念が、世界を破壊するバグへと彼を変えてしまったのだ。
「これからは、物語の案内人として、君たちの旅を少しだけ手伝わせてもらうよ」
ルクスはそう言うと、ふっと姿を消した。きっと、またどこかで会えるだろう。
俺たちが街を救ったという話は、あっという間に国中に広まった。
数日後、王都の城に呼び出された俺たちは、国王陛下から直々に感謝状と金一封を授与された。
「よくぞ街を救ってくれた、勇者カナデよ!」
「いえ、俺は勇者では……」
「謙遜するでない。お主たちの活躍は、しかと聞いておる」
国王の隣には、なんともバツの悪そうな顔をした勇者ジンとその仲間たちの姿があった。彼らはグリフォン退治に失敗したことを厳しく咎められ、謹慎処分を受けていたらしい。これ以上ないほどの「ざまぁ」な展開に、思わず口元がゆるむ。
「さて、本題なのだが」
国王が改まった口調で切り出した。
「実は、この国を、いや、世界を揺るがす大問題が発生しておる。各地で、ありえないような異常気象や、存在しないはずの魔物が現れているのだ。おそらく、先の『ノイズ』事件とも無関係ではあるまい」
フィーネが頷く。
「はい。世界の根幹を成す『原初の魔導書』のバグが、各地で具現化しているものと思われます」
「うむ。そこで、だ。勇者カナデよ。君のその不思議な力で、世界のバグを修正してはくれまいか? もちろん、相応の報酬は約束しよう」
これは、国王直々の依頼だ。断る理由はない。
「分かりました。その依頼、お受けします」
俺がそう答えると、リリアとフィーネも力強く頷いた。
「もちろん、私もお供します!」
「当たり前でしょ! カナデの行くところなら、どこへでもついていくわ!」
こうして俺たちは、国王の勅命を受け、世界各地に点在するバグを修正するための、壮大な旅に出ることになった。
王城のバルコニーから、民衆の歓声に見送られながら、俺は少しだけ不安を感じていた。
(本当に、俺なんかに世界が救えるのだろうか……)
そんな俺の心を見透かしたように、リリアが隣で微笑んだ。
「大丈夫です、カナデさん。あなたなら、できます」
フィーネも、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「そうよ! あなたは、私たちの英雄なんだから!」
二人の温かい言葉に、俺は勇気づけられる。そうだ、俺は一人じゃない。頼もしい仲間がいる。
「よし、行くか!」
俺たちの本当の冒険は、まだ始まったばかりだ。
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