第2話「臆病な聖騎士と追放宣告」

 勇者パーティに加入して一週間。俺の扱いは、予想通りというか、予想以上にひどかった。

「おい、荷物持ち! さっさと水汲んでこい!」

「カナデ、薪拾ってきて。魔法使い様の手をわずらわせるんじゃないわよ」

 戦闘では全く役に立たず、もっぱら雑用係。まあ、仕方ない。俺のスキルは、木の看板やメニューの誤字を見つけては、こっそり直すくらいしか使い道がないのだから。

「なあ、あのスキル、本当に意味あるのか?」

「さあ? 本人は何か世界のバグがどうとか言ってるけど、ただの妄想でしょ」

 聞こえよがしに囁かれる悪口にも、もう慣れた。前世でも、校正という仕事は地味で、誰からも褒められることのない仕事だった。それでも、俺は自分の仕事に誇りを持っていた。文章を正すことで、物語の世界をより良くできると信じていたからだ。

(この世界でも、同じはずだ)

 俺は誰に認められなくても、世界の誤字を直し続けようと心に誓っていた。


 そんなある日、俺たちはとある街で依頼を受けることになった。街の近くの砦に、凶暴なグリフォンが住み着いてしまったらしい。

「グリフォン退治か。腕がなるな!」

 勇者ジンは意気揚々と依頼を受けた。パーティメンバーの中には、聖騎士の少女もいた。名前はリリア。銀髪をポニーテールにした、凛とした美少女だ。聖騎士といえば、勇敢で仲間を守る盾となる存在のはず。

 しかし、彼女はいつも何かに怯えるように、おどおどしていた。

「あの、ジンさん……グリフォンって、怖いんですよね……? 私、戦えるかな……」

「しっかりしろ、リリア! お前は聖騎士だろうが!」

 ジンに一喝され、リリアはびくりと肩を震わせる。どうにも様子がおかしい。気になった俺は、彼女のステータスをスキルで盗み見てみることにした。スキルを使えば、他人のステータスウィンドウも文章として認識できるのだ。


【名前】リリア

【職業】聖騎士(せい『おくびょう』)


「……は?」

 思わず声が出た。職業欄に、とんでもない誤字を見つけてしまった。いや、これは誤字というより、ルビの指定ミスだ。「せい『きし』」となるべきところが、「せい『おくびょう』」になっている。

(これが原因か! このルビのせいで、彼女は聖騎士でありながら臆病になってしまっているんだ!)

 俺はいてもたってもいられなくなり、リリアに駆け寄った。

「リリアさん、ちょっといいですか」

「は、はい! なんでしょうか、カナデさん……」

 怯える彼女の手を取り、俺はスキルを発動した。「修正!」と強く念じる。すると、彼女のステータスウィンドウの誤ったルビが、正しいものに書き換わった。


【職業】聖騎士(せい『きし』)


 その瞬間、リリアの全身から、まばゆい光が放たれた。

「え……? あれ……?」

 彼女の瞳から、それまで宿っていた不安の色が消えていく。代わりに、強く、まっすぐな意志の光が灯った。

「なんだか……体の奥から力が湧いてくるようです! もう何も怖くありません!」

「やったのか、カナデ!」

 俺が喜んだのも束の間、背後から冷たい声が響いた。

「何をごちゃごちゃやっている。おいカナデ、お前、今リリアに何をした?」

 勇者ジンが、不審そうな目で俺をにらんでいる。

「いえ、これは、彼女のステータスにバグがあったので、それを修正しただけで……」

「バグだと? わけのわからないことを言うな! 貴様のような役立たずが、リリアに触れるな!」

 ジンは俺を突き飛ばした。

「ああ、もううんざりだ。お前は今日限りでパーティを追放する。荷物持ちなら代わりはいくらでもいるからな。二度と俺たちの前に姿を現すなよ!」

 一方的な追放宣告。他の仲間たちも、冷たい視線を向けるだけだ。

「そんな……!」

 俺が呆然としていると、生まれ変わったリリアがジンの前に立ちはだかった。

「待ってください、ジンさん! カナデさんは私を助けてくれました! 彼を追放するなら、私もこのパーティを抜けます!」

「何だと!?」

 リリアの毅然とした態度に、ジンはたじろぐ。しかし、彼女の決意は固かった。

 こうして俺は、勇者パーティを追放され、そしてなぜか勇敢な聖騎士様と二人で旅をすることになったのだった。

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