第9話

二週間が過ぎた。物資の列は峠を行き来し、重さと息の速さだけが日付を教える。腕の皮は厚くなり、木刀は手の内で静かな重みを保った。焦げた柄は胸の内側で位置を主張し、握りの基準になる。


朝、門の影が短く縮み、角笛が低く一度鳴る。列は二列で広がり、荷車のわきに並んで点検に入った。固定ピンは軽く噛み、ひもの端は地面の上で静かに伏せる。側板の縁は乾き、擦れは布で保護されている。樽のたがは一度だけ叩き、浮きはない。


路地の灯が低く揺れ、戸口で小さく手が上がる。ライアンは深く礼を返した。言葉は要らない。煮込みの匂いだけが温度を残す。


道は川へ下る。水面は鈍い色で走り、岸の石は冷たい。班長が手を上げ、短く告げた。


「川渡りの準備に入れ」


班長は「ひもは肩と腰。いつも通りに張れ」と指示する。先頭は石へ二度、葉を落として流れを読む。ひもは木杭に一度回し、折りで噛ませ、結びは内へ落とした。合図で列が分かれ、荷を軽くして順に入っていく。足は歩調に合わせ、視線は前の背中へ置く。


流れは見た目より速い。浅い場所でも押しは強く、足の裏で石がずれる。指の節がきしみ、古い痛みが腕に広がる。声は出ない。腰のひもが水で重くなる。


中ほどで荷車の片側が沈む。老馬が一瞬ためらい、車輪が石に噛まず、荷が斜めに傾いた。ひもが唸り、幌が水を吸って重く見える。


「抑えろ」


手が開く。ライアンは腰のひもへ身を寄せ、肩で受けて一足分だけ流れへ寄る。足の置き場は探さない。踵を半歩引いて向きを戻し、胸で荷の重さを受け替えた。前の背が一度沈み、すぐ戻る。張りが戻り、荷車は水平へ戻る。老馬の耳が一度だけ動く。


「よし、続けろ」


短い声が落ちる。列は歩調を戻し、岸の石が近づく。膝は重い。それでも呼吸は乱れない。指先の震えだけが少し残った。岸に上がる手前で砂利が深く、足は半歩だけ沈む。ひもは水を切って腰でまとめた。


渡り切るころには陽が強い。靴の中の水が温み、足の裏が柔らかくほどけていく。老馬が鼻を鳴らし、車方が額の汗を拭う。誰かが小さく笑い、すぐ黙った。


午後、峠道の木陰でひもを干す。結び目はほどかない。水を切ってから陰へ回し、日の傾きで順番を決める。ひもの毛羽立ちは手の腹で寝かせ、撚りは逆らわない。木槌で側板の釘を一度だけ押し、浮きを止めた。割れの入った当て板は裏返し、欠けのない面を外へ出す。


道は緩い上りに変わる。石の継ぎ目で車輪が弾み、車体の板が一度鳴った。肩で受け、押し戻す。前の背の揺れで歩調を取り、息は五拍で吸い、五拍で吐いた。波は小さく、列は崩れない。歩幅は半靴分にそろえ、間隔は手のひら一つを保つ。


峠の肩に出る前、見張りが尾根を指で示す。小さな崩れの跡があり、夜明け前の鐘で出る明日の通り道をわずかに変えると告げた。紙の端が風で持ち上がる。地図の上では線が一度だけ浅く曲がるだけだ。


夕方、城門前で配給を受ける。おかゆは薄いが、喉は温かく満たされる。荷の名札に小さな印が増え、記録帳の行に短い線が一本足された。音は少なく、手は速い。割符は片割れを箱へ、片割れを手へ戻す。ろうは固まり、印はにじまない。


広場の掲示板の枠に新しい紙が留められる。ろうが細い筋を作り、糸の端が白く光る。書記が短く読む。


「明日の実地演習。物資運搬隊の志願者は、夜明け前の鐘で内庭に集まれ」


周りの空気が張り詰める。誰も多くは言わない。器の底が卓に触れて、乾いた音が二度続いた。列の道具は所定の場所へ戻り、当て板は縁を内に向けて積む。ひもは結びを残して陰へ掛けたままにする。


寝所で木刀を胸に寄せる。焦げた柄が骨の上で静かに当たり、鼓動がそこへ集まる。目を閉じると、川の水の勢いがまだ体の中に残っている。手の皮は新しく張り、痛みは浅い。指のひびは細く、布の下で乾いた。


眠りは浅い。屋根の上で風が向きを変え、角笛が遠くで短く一度鳴る。夜明け前の列が頭の中で整い、靴ひもの結び目だけがまだ固くならない。手の中で結びを作り直し、余りの方向を確かめた。


夜の底を流れる音が薄くなる。息は静かに落ち、痛みは遠のく。明け前の気配が内庭の石へ戻ってくる。ライアンは布を確かめ、木刀の重さを背で受けた。指は軽く、腕は重くはない。明日の列は、最初の鐘で動く。

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