第152話 夏目 海斗の田植え体験






 途中休憩と昼食を挟みつつ移動すること約5時間。


 俺たちは今回の校外学習のメインテーマの1つである田植え体験――その体験場所である受け入れ農家の家を訪れていた。


 俺たちの学年は全部で7クラスあるが、さすがに全てのクラスが同じ農家に集中する訳にはいかない。

 相手が受け入れ可能な人数にも限界があるためだ。


 そこで、学校側は1組から4組のAグループ、5組から7組のBグループと学年を2つに分けており、俺たち1年5組は後者のBグループとしてこれから田植え体験を行うことになった。






 体操服に着替えてから田んぼに集合し、農家の代表者から田植えの流れについて説明を受けると、いよいよ裸足になって田植え体験がスタートする。


「3、2、1…………よっと!!」

「うおぉー! 中田なかた、あいつ行ったぞ!!」

「ははっ、勢い付けすぎてバランス崩してんじゃん! 地面に着いた手まで泥だらけだぞ」

「おい、こっちに泥を飛ばすんじゃねぇよ!」


 やはりほとんどの生徒が田植え体験は初めてなのか、一番最初の田んぼ――泥の中に踏み込む段階で躊躇ちゅうちょする生徒が多かった。

 とは言え、どの集団にも先陣を切りたがる人間は存在するものだ。

 今も、クラスで飯島いいじまと同じくムードメーカー的なポジションにいる中田という男子生徒が率先して田んぼに飛び込み、腕と足を泥だらけにしていた。




「うわぁ……。どこまで泥に浸かるのかな?」

「後で簡易シャワーを借りられるとは言え、ちょっと勇気いるよね〜」

「石とか踏んだら痛そう……」


 一方の女子生徒たちはまだ様子見に徹していて、体操服の裾を持ち上げながら恐る恐る足を田んぼに浸けては、「きゃー! 冷たい!」と言って元に戻していた。


 レーナと貴島きじまりんの3人も足を浸けたり戻したりしており、本格的に田んぼに入るにはもう少し時間がかかりそうだ。




 そんな女子たちを横目で見つつ、俺と勇気ゆうき颯馬そうまの3人も田んぼに入ることにした。


「お、おおお……? 田んぼって思ったより深いんだな。足首が完全に埋まったぞ」

「なんか、不思議な肌触りだね……スライムに包まれているみたい」


 颯馬と勇気が好奇心半分、心配半分といった表情で感想を口にする。

 そんな2人に続いて俺も田んぼに踏み込むと、5月の水はまだ冷たさが残っていて、皮膚にピリッとした刺激があった。

 その反面、泥の中は水に比べると温かく、勇気の言う通り何かに包まれているような感覚を覚える。


 弟――空斗そらとと一緒に砂浜に足を埋めて遊んでいた時の感覚に少しだけ近かった。


「………………」


 そのまま2、3歩と田んぼの奥へと足を進めると、隣の颯馬がつぶやいた。


「おっ、女子たちも覚悟を決めたようだぞ」


 颯馬の視線を追うと、そこには横一列になりながら田んぼに足を踏み入れる女子たちの姿があった。

 奥の方にはレーナたちの姿もある。


 近くにいた男子生徒たちも、釣られるようにして女子生徒たちの方を見た。


 しばらくすると――


「……これは何というか」

「……ああ」

「ちょっと、目のやり場に困るな……」


 男子生徒たちは田んぼに入った女子たちが気になるのか、チラチラと彼女たちに視線を送っている。

 不思議に思った俺は、再度女子たちの方へと目を向けると、男子たちの言葉の意味が分かった。




 やはり体操服に泥が付くのが嫌なのだろう。

 クラスメイトの女子たちは体操服のハーフパンツの裾をくり上げ、いつもよりだいぶ丈が短くなっていた。

 普段は太陽に当たらないからか、日焼けとは無縁の白くて透明な肌が覗いている。


「………………」

「………………」

「………………」


 男子たちの間に何とも言えない沈黙が下りていた。

 まあ、気持ちは分からないでも無いが、そんなに視線を向けたらおそらく相手は嫌がるだろう。


 案の定、視線に気が付いた女子生徒の何人かが「男子たちー! こっち見んな!!」と叫んでいる。


 注意を受けて慌てて目線を逸らす男子たちだが、だからと言って記憶まで消え去る訳ではない。

 女子に聞こえない声量で、何人かの男子が半分ふざけ合いながら会話を始めた。


「……お前、ガン見し過ぎだろ。この変態め」

「はあ? お前こそ貴島のことめっちゃ見てただろうが! バレバレなんだよ」

星野ほしのさん、めちゃくちゃ肌綺麗だったな……」

「おい、その発言は流石にキモ過ぎるぞ……」


 やがて、ふざけ合いは手押し相撲へと変化して、立ったままの状態でお互いに手の平で相手を押し始めた。


 当然、すぐに佐々原ささはら先生が飛んで来て、「そこ! ふざけない!」と注意を飛ばす。




「………………」


「はーい」というクラスメイトの反省の声を聞きながら、俺は無言で苗を地面に突き刺した。



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