第15話 ディートルード王国



 アンジェリカは、気配の正体に気づく。

 元に戻った国民達が辺りを取り囲み、二人を警戒した目つきで見ていたのだ。


 黒髪の女と喋るマリオネットの組み合わせはさることながら、


「流石に、あんなデカい門だしたら目立つわよね。浜辺にバハムートを下ろした時もだけど、私って似たようなやらかしばっかりだわ……」


 野次馬たちが口々に尋ねてくる。


「おかしな髪色だが、あんたは何者なんだ? それにさっきの黒い門は何だ?」

「そこの銀髪の子、指の関節とか変だけど人間なの?」

「街の中央に巨大な瓦礫が散らばってるが、あんたが原因じゃないのか? 何か知ってるなら教えてくれ!」


 最後の質問は、マリアローズが家々を巨人や大鷲にし、アンジェリカが召喚獣で破壊した際のものだ。

 アンジェリカがどう説明しようか頭の中で文をこねくり回していると、一人の少女が全速力で駆け寄って来た。


「待ってください! この人達は大丈夫です! 私が保証します!」


 群衆を押しのけてアンジェリカの前に颯爽と現れたのは、金髪のポニーテール。

 快活で優しい雰囲気な村の看板娘。


「ソフィア!?」


 アンジェリカは思わず声を弾ませた。

 彼女も元に戻ったのは感知出来ていたが、こうして目の前に再会できた事へ心から安心できた。


「アンジェリカさん! ナイスファイトでした!」

「あ、アナタ、もしかして全部見えた感じ?」

「はい! さっきアンジェリカさんを一目見てズキューンと激闘の記憶が全部伝わりました! 私達を救ってくださったんですね!」


 アンジェリカに向けて親指を立て、ソフィアは群衆に呼びかける。


「彼女はこの国を救ってくださったんです! 二年間乗っ取られていた国と人々を元に戻した英雄です! めちゃくちゃとんでもに良い人なんです!」


 ソフィアの発言は事実だが、それを伝えきるには民衆が持つ情報のズレ、ソフィア自体への信頼度が村の時と異なっている。


「二年間? 訳がわからないぞ」

「この国って乗っ取られてたの?」

「そもそも、あんたは誰なんだ?」


 ざわめきが広がり、怪訝の声は勢いよく加速する。

 ソフィアを知る村からの招待者や、黄色いミサンガをつけた漁師等も彼女へ賛同はしてくれるが、解決にはなりきれない。

 ディートルード王国がマリオネット大国になってからの招待者は国民の知るところではないし、不法入国者たちが喚いているようにしか見えないのだ。


 アンジェリカも、彼らへ言葉を添えようと考え始める。



 その時、軍靴の足音と物々しい雰囲気が訪れた。


 民衆が道を開けて迎えるのは、王冠と豪奢な赤いマントを纏う初老の男。

 このディートルード王国を統べる王だ。

 左右には、鎧と帯剣を武装した兵士を複数人連れていた。


「城や街の各地に、戦闘の跡が見える。事実を知る者は前に出よ」


 言葉を間違えれば処刑されかねない空気に、民衆は息を呑む。

 アンジェリカは恐れる事なく、王の前へ歩み出した。

 平の国民なら頭を垂れる場面だが、それをしない。

 王はアンジェリカの髪色を訝しみながら、厳格な声で問う。


「状況を説明せよ」


「はい。天帝という世界征服を企む存在がおり、その幹部の手によって、この国の人間全てを二年間マリオネットにされていました。そこの銀髪の子供が主犯。幹部である七耀聖天の一人です。わたくしが彼女を撃破したことで、先程全員を人間に戻させました」


「撃破? その子供は無傷のようだが?」


「戦闘終了後に直しました。わたくしの契約魔法で、二度と罪のない人を傷つけることをないよう固く禁じています。契約を破れば、彼女の身体は崩壊します」


 アンジェリカの説明を聞き、王は背後に用意していたらしい召使いへ声をかける。


「彼女の発言は真か?」

「嘘は言っていないようです。先程、城内からの伝令により、日付も二年間経過していることが確認されています」


 召使いの眼の輝きは、ソフィアの能力発動時にそっくりだった。


(向こうにも、ソフィアのような記憶や心が読める人がいるのね。不祥事に巻き込まれないために最適だから当然かしら)


 アンジェリカはもう事後処理を淡々とこなすだけなので、心の中も至って冷静だった。

 また、複数人に好奇や疑いを向けられるよりも、こうして一人の王を前に自分を真っ直ぐに見せる方が慣れているのもある。

 王はやや納得のいかない顔を見せるが、かぶりを振った。


「意識が途切れる前、確かにそこの銀髪の子供を見たような覚えがある。天帝の使徒という言葉も他国からの噂ならば……だが、朧げな記憶と今の現実を結びつけるまでに、今しばらく猶予が欲しい」

「ええ。急に未来に飛ばされたようなものですし、無理もありません」


 アンジェリカの落ち着いた返答、物怖じしない立ち振る舞い、受け答えは明らかに平民のそれではない。

 王は問う。


「そなたの名は?」

「アンジェリカ・リリス・エザーテイルです」


 名を聞いた王は、先ほどの戦闘記録を告げられた時よりも驚いていた。

 しかし、間を置かずして納得の表情に移り変わる。


「エザーテイル家に黒髪の娘が生まれたという噂は本当だったか。それにしても——」


 王は目を細めた。

 アンジェリカは黒髪を指摘され、これからどんな罵詈雑言が飛び出すか心の中で殴られる準備をする。


 そして王は、思うままを告げた。


「良い目をしておる。大義と奔放を両取りしたがる者の目だ。何かを統べる上で、これ以上に必要なものはない」


 予想外の内容に、アンジェリカはしどろもどろになりそうなのを抑えながら、


「あ、ありがとうございます。勿体無いお言葉です」


 王は深く頷くと、周囲の兵士たちへ合図を送った。


「これよりディートルード王国は、正式にアンジェリカ・リリス・エザーテイル殿を国賓として遇する! そなたにはこの国を統べる者として、心から礼を述べたい!」


 周囲のざわめきは、事態を遅れて理解しようとしていた。

 その中、王は続ける。


「二年間の空白を取り戻すのは容易ではない。街の修復や、情勢の再認識、さらには天帝への対策も急務となる。そなたがよければ、我が国と共に歩んでくれぬか」


 差し伸べられたその手に、アンジェリカは一瞬、故国での記憶を重ねそうになる。

 そして、自身の立場もわきまえる。


「ありがたい申し出ですが、わたくしは家を飛び出してきた不遜な身。エザーテイル家としての権限は持ち合わせておりません」

「立場は厭わぬ。そなた個人への頼みだ。急ぐ身であるならば止めもしない。今後の情報交換や客観的意見を僅かでもいただきたい」

「……そういうことであれば」


 アンジェリカも手を伸ばし、握手を交わした。

 兵士達が拍手を送り、遅れて民衆もその空気に押されるようにして、一斉に拍手を始める。


 空の色は、朱色を帯び始める。

 城門の向こうから吹く風にも、ほんのりと一日の終わりの匂いが混じっていた。


 王が温かな視線でアンジェリカを見つめる。


「今日のところは、そなたも疲れたであろう。城にて休息を取るがよい。そなたの部屋もすぐに――」


 アンジェリカは申し訳ない顔を浮かべ、


「恐れ入ります。ですが……実は、私は村に大切な従者を待たせております。どうか、本日は彼女の元へ戻ることをお許しください」


 王は意外そうに目を瞬き、それから理解を示すように頷いた。


「……なるほど、此度の戦闘の危険に晒されないためか?」

「はい。明日、また改めてお伺い致します」

「よかろう。送りの馬車を用意させる。従者にも、そなたが国賓として遇されることを伝えてやってほしい。この国の英雄として、歓迎しよう」


 アンジェリカは深々と頭を下げる。


「ありがとうございます」


 

 すぐに送迎の馬車が用意され、アンジェリカはソフィアへ声をかける。


「一緒に乗っていいらしいわ。村へ戻りましょう」

「はい! 招待状も無効ですもんね。村娘からやり直します!」


 ソフィアが先にキャビンへ乗り、アンジェリカはもう一人へ手を差し出す。


「さあ、行きましょう」


 新たな家族は、それを見て嬉しそうに笑った。


「うん!」


 マリアローズはとてとてとやってきて、アンジェリカの手をぎゅっと握った。

 小さな手のひらに、子供らしいいっぱいの愛情が込められていた。


 そして二人は手を繋いだまま、光溢れるディートルード王国を後にした。

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