だから医者は当てにならない
KaniKan🦀
だから医者は当てにならない
美咲と名付ける予定の娘は、性別不明と診断された。
生まれてから数年。絶叫マシンに乗っている気分だった。
ゆっくり高みを目指して登ると、低い角度での急降下。時には回転し、逆向きに走り、ゴールに着いたと思ったらまた出発。
用意した名前は付けられず、将来本人がどちらでも選べるように“咲”になった。
咲の病気。調べると、早期死亡率30%という情報が出て来た。見なきゃよかったと思った。
お食い初めが終わった頃、咲は原因不明の高熱を出した。入院中に下肢麻痺を起こして大学病院に運び込まれる。抱っこしたら、ぬいぐるみの足みたいにダランとして動かない。車椅子を押す自分の姿が浮かんだ。
入院から十一日後、ピクリと左足の指が動いた。
麻痺は、脊髄にばい菌が入ったのが原因だった。そのままだと、ばい菌が脳までいってしまうリスクがあるとも言われた。
「この子はもしかすると、お母さんを認識しないかもしれないし、喋らないかもしれません」
言われた診断に、生きていてくれればそれでいいと思った。
六ヶ月の小さな体で八時間の手術を頑張った。
二歳、足に残った麻痺のせいでまだ歩けない。喋らない。お喋りしながら一緒に手を繋いで散歩するのがささやかな夢になった。
三歳、いくつか言葉が増えた。「おいしい」食いしん坊の咲っぽい発語だと思った。
言葉は出ないけど、よく笑う子になった。
四歳で、足を手術。足の発達が脳の活性化に繋がる。
初めて「まま」と言った。
医者は、「え、しゃべると思ってなかった」と目を丸くした。
咲はそれを聞いて、ケラケラと笑った。
それに、装具つきで、歩けるようになった。
保育園を卒園する頃。
「まま、だーいすき」と、小走りするようになった。
——お喋りしながら散歩できるようになった。
保育園の友達が、手を引いて一緒に歩いてくれた。
支援学校二年生
「まま、いっしょにやろーよ。おいで」になった。
誰とでもすぐに仲良くなってしまう。学校ではムードメーカーらしい。
十一歳現在
パンを作る私の隣に咲がいる。六歳ほどの見た目。
「てつだうよ!」
小さな手で、懸命に材料を並べてくれた。
パンケースをセットしようとしたら、塩を持った咲がにっと笑って言う。
「まま、しーお!」
「あっ! ……忘れてた」
「もー、ままったらぁ」
あの日からずっと、咲なりの変化があった。
喋らない? 喋ってるよ。
ママがわからない? わかってるよ。
だから、医者の言う悪いことは、まったく当てにならないんだ。
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