いいから歌って!

霞乃

第1話

「じゃあ五曲! 自信のある歌を歌って!」

 カラオケルームに入るなり、彼女はそう言った。

「え?」

「だから! とっておきの曲を五曲! 歌って欲しいの!」

 俺は真剣な表情の彼女に圧倒されながらも、タッチパネルを操作して自分のとっておきを考えた。


 遡る事数時間……。


 今日も「普通」の高校生活。

 これといった楽しいイベントは無い。ましてや彼女なんておらず……。

 授業を受け、友達と遊んだりするだけの変わらない毎日を送り、気がつけば高校二年。楽しいからいいのだが、退屈な時もある。

 でも何も問題はない。

 なぜなら今年の俺のクラスには、トップクラスの人気を誇る女の子がいるから。

 そう、所謂「マドンナ」的な存在がいるのだ。

 俺は毎日のように、彼女を目で追ってしまう。

 そんな彼女と同じクラスというだけで幸運。

 だったはずなのだが……。

「宮村さん、昨日も違う男と歩いてたらしいぜ」

「マジ? あんな清楚な感じで遊び歩いてんのかよ、俺もワンチャンあるかな?」

 教室の後ろの方で話をしているクラスメイトの横を通り過ぎ、教室を出る。

 そう、「マドンナ」こと宮村彩歌みやむらあやかには悪い噂が流れている。


 宮村さんの噂は一か月前くらいから、急に聞くようになった。

 大まかな内容は、教室でクラスメイトが言っていたような事だ。

 毎日のように夜は遊び歩いているとか、その度に男を取っ替え引っ換えしているとか。

 学校での彼女は真面目な感じで、そんなイメージとは程遠いのだが、噂を聞く頻度は日に日に上がっている。


 トイレから出て教室へ戻ろうと廊下を歩いていると、話し声が聞こえてくる。

「宮村さん、また駅前でさ……」

「じゃああの噂って……」

 またこれだ。有名人は大変だな……。

 そう思いながら話をしている二人組の横を通り過ぎると、前から歩いてきた人と目が合った。宮村さんだ。

 彼女と目が合って、俺は咄嗟に話しかけてしまった。

 彼女が暗い顔をしていたから。

「俺はあんな噂信じてないから、そんな事するようには見えないし……」

 宮村さんは俺の言葉を聞いて、少し考えるように固まった後、こちらを見た。

「遠野くん。放課後、私とカラオケ行かない?」

「え?」

「ダメかな?」

 突然の誘いに戸惑いつつも、彼女とご一緒できるならと誘いを受けた。

 あんまり噂を信じたくはないのだが、数回しか話した事のない俺をいきなり誘ってきたので、心が揺らいだ。


 そして現在へ……。


「いきなり!? まずは声出しがてら適当な曲とかじゃダメなの?」

「ダメ! 自信あるやつ! ない? もしかして……あんまカラオケ来ないとか?」

「いや……そこそこ来るけど……」

「じゃあ大丈夫じゃん! お願い!」

 彼女が手を合わせて、こちらを見つめる。

 白い髪と緑色の瞳は破壊力抜群だ。正直めちゃくちゃかわいい。

「わかったけど……なんか理由があるの?」

「うーん……」

 彼女は少し考えて、「まぁ遠野くんなら周りに言わなさそうだしいいか……」と小さく言った。

 そして真剣な表情で話し始めた。

「信じてもらえないかもしれないけど……」

「私は「呪い」にかかってるの」


「「呪い」って……何か良くない事が起こる的な?」

「そう、ある事をしないと私に不利益が生じるの」

「遠野くんは口が堅そうだから言うけど、他の人には言わないでね?」

 俺が頷くと、彼女は「呪い」についての説明を始めた。


 彼女の呪いとは、「その日のカラオケの点数に応じて自分のお金が減ってしまう」というものらしい。何ともふざけた呪いだ。

 具体的には五曲の点数の平均によって、呪いの内容が変わるらしい。

 前に九十点だった時は五万円が財布に増え、逆に六十点だった時は五万円減ったらしい。

 とにかく良い点数を出せないと、彼女のお金が減ってしまう。

 そして何より重要なのが……「一度五曲歌ってしまった人はもう判定の対象にならない」というルールがあるということ。

「ということは……宮村さんの噂の正体って……」

「そう……毎日別の人に歌わせなきゃいけないから、私のイメージが悪くなってるって事」

「なるほど……」

 宮村さん自身は、呪いにかかった当日に歌ったきり、対象外になってしまったという訳だ。

「だから毎回別の人を連れてカラオケに行ってたって事か……」

「そう、歌の上手そうな人を狙って歌わせてたの。全然ダメな人にも当たったけど……」

「学校の人じゃダメだったの? 今日俺を誘ってくれたみたいに」

「うーん……信じてもらえなさそうだったし、その日限りで済ませられるなら、そっちの方がいいかと思って……」

 確かに……毎日違う同級生をカラオケに連れるのは、それはそれでおかしいし別の変な噂がたちそうだ。

「遠野くんの事は信じてる! 頼んだよ!」

 少しの間黙ってしまった俺に、彼女が期待に満ちた眼差しを向けてくる。

「わかった……」

 俺は自分の中で得意だと思う五曲を予約し、マイクを握った。


「今日はありがとう、遠野くん」

 カラオケからの帰り道、宮村さんとは家が途中まで一緒の方向なので並んで歩く。

「今日の点数だと、どうなるの?」

 俺が訊くと、彼女が微笑する。どうやら悪い結果ではなさそうだ。

「プラス二万円! ありがとう!」

「よかった……宮村さんが損しなくて済んで」

「ほんとにありがとう! それで申し訳ないんだけど、今日聞いた事は内緒にしといてね」

 改めて言われなくとも、彼女の呪いの事は誰にも言いふらすつもりはないので頷いた。

 そして、俺には別に伝えたい事があった。

「あのさ……宮村さんが良ければなんだけど、明日から俺も声かける手伝いしようか?」

 既に彼女の悪い噂はたってしまっている状況だが……。

 これからも彼女が毎日一人で、知らない人に声をかけ続けるのは何かと危ないだろうと思った。

 俺の提案に、彼女は驚いたようだった。

「え、そんな悪いよ……」

「でも、宮村さん一人だと危ない目に遭うかもしれないし……」

「それに、事情を知ってて見て見ぬふりはできないよ」

 俺の言葉を、彼女は真剣に聞いている。

 少し考え込んだ後、彼女は口を開いた。

「ありがとう……じゃあお願いしようかな!」

 こうして俺と宮村さんの、歌うま探しの毎日が始まった。


「あの……歌が上手い人を探してまして……」

 俺は宮村さんと一緒に、道行く人に声をかける。

「代金はこちらで出すので、自信のある曲を五曲歌って欲しいんです」

「サークルでカラオケの一般的な点数のデータを集めていまして……」

 作り話で何とかその場を凌いだりして、どうにか歌ってくれる人を確保する日々を過ごした。

 宮村さんは最初こそ俺を付き合わせて申し訳なさそうにしていたが、俺がやりたくてやっているのをわかってくれたのか、その内何も言わなくなった。


 そんな日々を過ごしていくうちに、二人の仲も深まった。

「ありがとう、遠野くん。でも毎日こんなんで楽しい?」

「うん、宮村さんと一緒に居られるから何だって楽しいよ」

「そっか! 私も遠野くんとならこんな呪いも楽しめるようになった!」

 そう言って繋いだ手の温もりを忘れる事はないだろう。

 

 宮村さんの呪いをすぐに理解できたのは、自分も同じだからだ。

 だってそうだろう? 自分が呪いにかかったかなんてどうやってわかるのか。

 彼女のようにお金が見るからに減っていたら察しがつくかもしれないが……。

 呪いにかかった瞬間、視界にゲームのポップアップみたいなものが出てくるのだ。

 こんな呪いなんてものを、人に理解してもらえる訳がないと思って彼女もこの事は話さなかったのだろう。


 高校二年のある日、目が覚めると、俺は呪いにかかってしまっていた。

「宮村彩歌を視界に入れないと死亡する。なお、一度視界に入れた場合、次の日から丸二日はこの呪いの効果は消失する」

 そう表示されていた。

 この経験があったから、俺は彼女の話をすんなりと受け入れる事ができたのだ。


 俺は生きる為に、今日も彼女を目で追う。

「おはよう……」

 ベッドから起き上がってリビングに行くと、彼女が朝ごはんを準備してくれている。

「おはよう! もうちょっと待ってて!」

 微笑んでそう言う彼女が今日もかわいい。


 呪いは未だにとけてはいないが、今の幸せな毎日は呪いが無ければ得られなかったものだ。

 ちなみに、少し前に彼女の呪いはとけた。

 カラオケ名人を自称する男性に歌ってもらったところ、なんと五曲とも百点を叩き出したのだ。

 どうやら呪いをとく条件は「五曲すべて百点を取ること」だったらしい。

 晴れて彼女は自由の身となった。

 俺の方は呪いをとく条件も不明のままだが、毎日彼女と過ごせるならばこのままでもいいのかもしれない。

 隣で笑う彼女を見て、そう思うのだった。

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