後編 煩悶の夜
【夜露無義(よつゆ むぎ) 】
ねえ、アサヒ。
どうして僕たちは、大人にならなきゃいけないのかな。
僕はただ、きみと遊びたかった。きみに好きになんて、なってほしくなかったんだ。
アサヒのことは、わかる。わかってしまう。弱いきみはきっと、僕以上に今をうまく過ごせていないのだろう。弱い僕の面倒を見るときは、少しだけ安心するのだろう。
不思議なもので、弱い人には高嶺の花より、こういう下っ端の方に惹かれやすいみたいだ。
勝手に手を引かれるのをまっていたくせに、背丈が延びる度に段々とアサヒの手に生臭さを感じて怖くなってしまう僕がいた。
きっと、僕はきみに近づく度に弱くなっていってしまうだろう。きみの弱さを甘やかして、頑張れなくしてしまうだろう。
僕たちの未来は多分、幸せな朝に続いていない。
だけどさ。
きみが誰かと一緒になって、僕のいない場所で幸せになったのなら。
それはそれで楽しく過ごせた思い出が全て、グシャグシャにぶち壊れてしまいそうだ。
なんなんだろうね。どうして僕は、こんなに醜いんだろうね。
僕はアサヒを愛している。きみとの朝を愛している。だけど新しい1日で、それを塗りつぶしたくなんか無い。
だから、僕は───
弱りきったアサヒが、僕をあやすように抱き締める。
「大好きだよ」と言いながら、僕はその背に自分ごと剣を突き立てた。
✕✕✕
「…あーあ」
失敗した。
「ハロー、ムギ。浅火(あさひ)くん、夢の中では優しかった?」
「うるさいなぁ」魔法使いは意地悪だ。
この夜には、『私』一人だ。
自分を『僕』と呼んでいた魔性の使い魔も、あの夢をくれた魔法使いもこの部屋にはいない。
全ては妄想の産物だ。
「治んないかなあ、本当に」
アサヒは私のことをずいぶんなメンタル強者と勘違いしているようだけど、一応は人間だ。
大切な遊び相手をとられたら、凹みもする。
不思議な体験を乗り越えたなら、そのまま物語のようにハッピーエンドで終わればいいのに。
私達はどうにも間が悪く、衰えてエネルギーが切れるまで生き続けてしまうようだ。
「別れちゃえばいいのにね、っていうかあのヘタレじゃ近いうちに破局するでしょ」
妄想の魔法使いが、私の汚い本音を代弁する。
「僕は幸せを願うだけだよ」
妄想の使い魔が、私の脆い建前を代弁する。
「…どうすれば、良かったのかな」
面倒臭いって、わかってるよ。
人間らしく生きるのがこんなに面倒臭いなら、使い魔のまま夜にうずくまる方がずっと楽だ。
あの弱虫ののろけを、SNSで確認する。軽口のひとつでも送ってやろうか。
いや、アサヒは無駄に気にしてしまうタイプだから、下手なことはしないであげよう。人の幸せはどうでもいいけど、アサヒの幸せを願えなくなったら私はとうとうおしまいだ。
今の彼女と破局しようがしまいが、私はいつかアサヒとは会えなくなる日がくる。
それでも、私は生きていくのだろう。
なにも正解がわからない、誰のせいにもできない夜。
きっと私は、アサヒを愛せてすらいない。
どこまでも行き止まりの未来に、何を描けばいいのだろうか。
魔法使いがそっと呟く。「夢に帰る?」
使い魔はそっと首を振る。
「ううん。きっと、それはまだ先の話なんだ。僕はただ、今出来ることをしようと思う」
眠れない夜は、きみを描こう。
アサヒと僕が楽しく過ごした、あのファンタジーの世界を書こう。
僕を朝から救ってくれた、あの不思議な夢の景色を書こう。いつか大人になったときに、正しくきみと話せるように。
まだ明け方には遠く、星がよく見えている。
誰もいない空を眺めながら、理由も分からずに私は泣いた。
×××
ここまで読んでくださりありがとうございます。
この作品は『朝が遠い』シリーズの2作目です。
次回『空が狭い』では、また新しい登場人物が彼らの夜に交わってきます。
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