第18話 大はしゃぎの王子様

「あのさ、まさかフェリクスがこっちに来るとは思ってなかったから、食べるものが何もないんだ」


 週末はあっちで過ごすから冷蔵庫の中も食材はほとんどない。あるのはインスタント食品がいくつかあるだけで、ちゃんとした食事が食べられるわけじゃない。

 いくらなんでも王子様にインスタントは駄目だろう。


「気にしないで。急に来たんだから」

「とはいっても腹減っただろ? ちょうどいい。どっかに食べに行くか」

「え!? 本当!?」


 フェリクスの格好もシンプルなシャツとパンツだし、このまま外に出ても問題ない。いつもの王子様スタイルだったら着替えは必須だったけど。

 目をキラキラと輝かせて喜ぶフェリクスを外に連れ出し、車に乗せる。フェリクスは外に出た時もあっちの世界との景色の差に驚きはしゃいでいた。

 車に乗る時も同様。「馬車じゃないんだね!」と車の周りをぐるぐると回って「うわぁ! すごい!」と感嘆の声を上げながら舐めまわすようにして見ていた。

 このままじゃいつまで経ってもエンジンをかけられないと押し込むようにして車に乗せる。シートベルトをしっかりとさせ、エンジンをかけるとその音にも驚き、車を発進させるまでが大変だった。


 車が動き出す時も「馬がいないのに動いてる!」とはしゃぎ、信号を見て「こんな便利なものがあるんなんて!」と叫び、流れる景色を見て「速い速い! 建物もたくさん! 夜なのに明るい!」とずーっと大騒ぎ。

 向こうの世界じゃ王子様としてシャキッとしているのに、こっちに来た途端まるで子どもみたいだ。一々大騒ぎするからうるさいのだが、段々と面白くなってきて笑ってしまった。


「もう、笑わないでよ!」

「ははははは! ごめんごめん、あんまりにも可愛いからさ。そこまで楽しんでもらえたのなら何よりですよ、王太子殿下」

「もうっ……でも本当にすごいね、ソウタの世界は。夜なのに昼間みたいに明るいし、人も多くて車という乗り物もたくさん走ってる。あちらの世界とは何もかもが違って面白いよ」


 それはそうだろうな。向こうじゃ帯剣している人もいるし、服装だって全然違う。機械が溢れた世界はビックリ箱そのものだろう。


「こっちはまだ田舎の方だぞ。都会なんて行ったらひっくり返るんじゃないか?」

「え!? ここは王都じゃないの!?」

「あはははは! 違う違う! 王都並みの都会はもっと人も建物も何もかもがすごいんだ。こことは比べ物にならないよ」

「信じられない……」


 呆然とするフェリクスが可愛い。こんな姿はあっちじゃ絶対に見られないな。

 やがて目的の牛丼屋へと到着する。王子様に牛丼もどうかと思うが、高級レストランはほとんど行ったこともないし、カップ麺とかじゃないだけマシだろう。それに俺がよく知る飲食店なんてこんなとこくらいだし。

 駐車場に車を停めて店内へ。「いい匂いがする……」とフェリクスは相変らず周りをきょろきょろと興味深そうに見ていた。

 注文をタッチパネルで行い待つこと数分。これにも「どういう仕組み!?」と驚き、静かにさせるのに苦労した。

 あっという間に牛丼が目の前に提供され、いい匂いが鼻をくすぐる。今日はトッピングはなしでシンプルに牛丼と味噌汁だけだ。


「フェリクスは箸を使えないだろうから、こっちのスプーンで食べたらいいよ」

「ねぇねぇソウタ、食べてもいい?」

「ははは、うん。どうぞ」


 待ち切れない様子のフェリクスにどうぞと勧めると、おそるおそるといった感じだったがぱくりと一口。すると目を思い切り見開いたあと、キラキラした表情で俺を見る。

 相当美味しかったらしい。庶民の食べ物なのに、口に合ったようで何よりだ。


 ただフェリクスの美形っぷりが目立っているらしく、他の客からの視線がすごい。気にしないようにしてたけど居心地が悪くなってきた。

 当の本人は見られ慣れているからか、まったく気にすることなくぱくぱくと牛丼に舌鼓を打っているけど。


 さっさと食べて店を出ようと思ったが、フェリクスが味わいながら食べているので時間がかかった。それに苦笑しながらも待ち、ようやく食べ終わると支払いを済ませて店を出た。

 車に乗ると「ソウタ! あれはなんていう食べ物だったの!?」と興奮気味だ。店の中では静かにしていた反動だろうか。


 牛丼を説明してやりながら車を走らせて、次の目的地は二十四時間営業しているスーパーへ。明日の朝食用にパンや卵、野菜なんかを買うことに。

 まぁスーパーも大変だった。フェリクスが足を止めてじーっと商品を見つめてしまうから買い物が全然終わらない。腕を引いて歩かせるだけでも一苦労だ。

 一日中休みなしで営業していると伝えると「そんなことが可能なの?」と何度目かの驚きを見せていた。


 スナック菓子とお酒もいくつか購入し、ようやっと帰路に就く。ちょっとの買い物が長時間になってしまった。こんなに興奮しっぱなしで疲れないのかと不思議に思うほど、フェリクスは終始楽しそうだった。


 家に帰り、冷蔵庫へ食材を仕舞うと酒盛りの始まりだ。


「フェリクス、地球へようこそ! 乾杯!」


 缶ビールをカツンとぶつけると、フェリクスはおそるおそる口を付けた。「これはまた上質なお酒だ」と感動するし、ポテトチップスも「美味しい! 食感が面白い!」と大興奮。

 おまけにテレビをつけると「箱の中に人!? 小人族がいるの!?」とびっくりしていて思わず大笑いしてしまった。本当に箱の中に人がいるって勘違いするんだな。


 テレビを説明したのだが難しかったのか理解できなかったようだ。家電製品も一つ一つ説明したのだが、あれもこれも電化製品だから途中で疲れて続きは明日へ持ち越しに。

 それでもフェリクスは嫌な顔をせずに「わかった。また明日のお楽しみだね」と言ってくれて嬉しかった。


 テレビが物珍しくて面白かったようでフェリクスはずーっとテレビを観ていた。そのせいで気が付けば深夜二時。そろそろ寝ようと思ったのだが、ここでベッドが一つしかなく、予備の布団がないことに思い当たる。


「フェリクスは俺より背が高いからベッドで寝てくれ。俺はソファで寝るよ」


 ソファは二人掛けのものだから、ちょっと長さは足りないがフェリクスが寝るよりはマシだろう。今日一晩我慢して、明日布団を買いに行けばいいや。


「駄目だよ、ソウタ。家主にそんなことさせられないよ」

「でもお前じゃ足がはみ出るどころじゃないぞ」

「うん、だからね」


 フェリクスはにっこり笑うといきなり俺をお姫様抱っこしやがった。そのままベッドの上へぽすっと下ろされると、フェリクスは俺の上から覆いかぶさった。


「一緒に寝ればいいじゃないか」

「……は? はぁぁぁぁぁ!?」


 一緒に寝る!? この狭いシングルベッドで!? 無理だろ!

 内心大慌ての俺をよそにフェリクスはいそいそと隣に滑り込む。そして俺をぎゅっと抱きしめると「ほら、寝れる」と楽しそうに笑った。

 いや、そういう問題じゃねぇ!


「おい、ちょ、フェリクスっ……!」


 今までに何度も抱きしめられたことはある。でも今回のはマジでやばい。場所がベッドなんていかがわしい雰囲気がぷんぷんしてる。

 俺は断っているが、フェリクスに告白されているんだ。しかも俺のことを諦めない宣言までされている。そんなやつと一緒のベッドで寝るなんて、危険なんてもんじゃない。


「ソウタ、心配しないで。ソウタの体を無理やり暴こうなんて思ってないから」

「ぐふっ……!」


 まるで俺の心を読んだかのようなフェリクスの言葉に咽てしまう。フェリクスはごほごほと咳をする俺の背中をさすりながら「あはは」と笑う。


「私はソウタが好きだ。心から愛してる。でもね、ソウタの体じゃなくて心が欲しいんだよ。無理やりソウタと繋がっても意味がないんだ」


 フェリクスの言葉に全身が一気に熱くなる。恥ずかしいことを言われているのに、それでもなぜか自分の気持ちに『嬉しい』が混ざっていて困惑する。

 それにこうして抱きしめられて嫌悪感が湧かないってどういうことだ。相手は俺よりもガタイのいい男なのに。


「でもこれだけは許して」

「あっ……」


 フェリクスは俺の頭にちゅっちゅと何度もキスをする。俺はそれがどうしても嫌だとは思えなかった。どうして……


「ふふ。これからよろしくね、ソウタ。おやすみ」

「お、おやすみ……」


 抱きしめられた状態で寝れるのかと不安だったが、フェリクスから伝わる熱が温かくて早くもとろりとまどろんできた。

 もういいや、と俺もフェリクスの背中に腕を回すことにする。

 

「ソウタ、早く私のことを好きになって」


 俺が寝落ちるその瞬間、そんな声が聞こえたような気がしたがどうだっただろうか。

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