第7話 サラリーマン、再びの召喚
ピピピピピっと目覚まし時計の音が鳴る。時刻はいつもと同じ六時半。
昨日の疲れが残っていて、このまま二度寝したいところだが悲しいかな。ただのサラリーマンである俺は起きるしか選択肢はない。
だが今日は金曜日。一日頑張れば土日という素晴らしい連休が待っている。よし、と気合を入れてベッドから抜け出した。
俺は無事に異世界から日本へと戻ってきた。向こうで言われていた通り、俺が召喚された日時にぴったりと。
戻って来た時はコンビニの自動ドアの前で、本当に戻って来たんだなーと感慨深くて身動きが取れなかった。そんな俺をいろんな人がじろじろと見ていて恥ずかしい思いをしたのだが。
それからは今までと同じ日常を過ごし、異世界から戻って来てもうすぐ一か月。まるで魔王を倒したあの日のことは夢だったんじゃないかと思うくらいだ。
だけど俺の首元にはフェリクスから贈られたネックレスがある。小さな石だったことと、派手さもないことから普段使いもできるなと選んだものだ。
これがある限り、俺が経験したあの時間は夢じゃなかったと証明できる。
こんな平凡な俺が異世界召喚されて『賢者』になって、魔法を開発して仲間と一緒に魔王を倒すなんて大冒険をやったんだ。信じられないことだが本当に俺の身に起こったこと。
日本に帰ってきてから魔法を使ってみようと思ったが、やっぱりこの世界じゃ魔法は使えなかった。それにちょっとだけ……いや、かなり落ち込んだ。
あっちじゃ俺は魔法に関してだけだがチートだったのに……この世界でも転移魔法が使えれば、朝はギリギリまで寝て一瞬で会社に行けたのに……
ここ最近はまたあっちの世界に行きたいなぁと思うことも出てきた。魔法が使える世界が楽しかったんだ。
だけどフェリクスの気持ちには応えられない。ずるいけど、フェリクスのいない世界に戻ってきてほっとしてる気持ちもある。
あいつならきっと俺よりずっとずっといい人と出会えるはずだ。だって本物の王子様なんだから。あいつと結婚したいっていう綺麗な人はたくさんいるはず。
だけどなんでか少しだけ胸の奥が痛いような気がする。
「……きっと、あっちの世界が楽し過ぎたからだよな」
ダグラスもシャノンも本当にいい奴らだった。もうみんなに会えないなんて寂しすぎて苦しいくらいだ。
「あ、やべ。遅刻するっ!」
感傷に浸っている場合じゃない。時間は出勤時間ギリギリを示している。慌てて身支度を整えると飛び出すように会社へと向かった。
◇
「あ~……つっかれたぁ~……」
ちょっと残業してただいま夜の七時。なんとか仕事を終わらせて帰宅するも、一週間の疲れがどっとのしかかりソファから動けない。腹も減ったが今は動く気にもなれなかった。
ぱたりとソファに横になると首元のネックレスがしゃらりと動く。首元からネックレスを取り出すと小さな黄色い宝石がきらりと輝いた。
この石を見るとフェリクスを思い出す。あいつの目の色もこんな綺麗な黄色だった。最初は見慣れない色だったけど、すっかり慣れて綺麗だなぁって思ってたんだよな。
みんな元気にしているだろうか。魔王がいなくなったとはいえ、まだまだ魔物はたくさんいる。討伐士や騎士団が総力を挙げて掃討戦をするって言ってたけど怪我はしてないだろうか。
早く本当の意味で平和な時間が訪れているといいな。
そんなことを考えていた時、いきなり部屋の中に眩しい光が現われた。何事!? と飛び起きると、俺を中心に見たことのある光がぐるぐると回っている。
これってもしかしなくても魔法陣!?
「え? ええ!? な、なんで!? え、俺またどこかに召喚されるの!? 嘘だろ!?」
慌てふためく俺をよそに魔法陣の光はどんどんと強くなり、最後にはピカッ! と強く光り輝いた。
「おおおおお! 召喚成功ですぞ、殿下! さすが殿下です!」
うおおおおお! と野太い男たちの声が聞こえ、そっと目を開けると懐かしい光景。俺が最初に召喚されて、日本へ帰る時にも利用した魔法陣がある部屋だった。
「ソウタっ……!」
「フェリクス……」
フェリクスが嬉しそうに俺に駆け寄り強く抱きしめた。急なことで思考が追い付いていないが、どうやら本当にまたこの世界に呼ばれたらしい。
え? 魔王はいなくなったしこの世界は落ち着いたんじゃないの!? なんでまた俺は召喚されたの!?
「ソウタ、仕事が終わって帰ってきたところでしょう? お腹が減っているんじゃないのかい?」
「え? なんでそれを知って……? いや、まぁまだご飯食べてないしお腹は減ってるけど……」
「やっぱり! ソウタの好きなものをたくさん用意したんだ。まずはゆっくり食事にしよう!」
「え? え?」
フェリクスは嬉しそうに笑って流れるように俺の腰を抱く。そのまま召喚された部屋を抜けて、城の中で使っていた俺の部屋へと向かった。
途中すれ違う人々は俺の顔を見るなり嬉しそうに笑い、そして深々とお辞儀をする。誰一人、俺が急に現れたというのに驚く様子がなかった。
え? なんで? 俺が元の世界に帰るってみんな知ってるはずなんだけど? それに俺はしばらくここにいなかったじゃん。急に現れたらびっくりするはずじゃん。なのになんで誰も驚かないの? ねぇなんで!?
「さぁソウタ、こちらに座って」
俺一人状況が理解できずにいる間に部屋に到着。フェリクスは椅子を引くと俺に座るよう促した。素直にそこに座るとフェリクスは使用人の人に指示をする。
「今ここに料理を持ってきてもらうからね。一緒に食べよう」
「え?」
フェリクスも食事はまだだったってこと? というか、なんか俺と一緒に食べるために待ってたかのような雰囲気なんだが。
大体なんで俺が仕事が終わって帰ってきたところだってわかったんだろう? え? 本当にどういうこと?
「ソウタ、なんだか少しやつれてない? ちゃんとご飯は食べているの?」
「あー……まぁめんどくさくなって食べない時もあったなぁ……」
男の一人暮らしでちゃんとした料理なんて作れない。それに仕事でくたくたになると適当に済ませるどころか缶ビールだけで終わらせることもある。
この世界にいた時はしっかり食べていたから、確かに食事量が減ると痩せるよな。
「駄目だよ、ソウタ。私にはあれだけ体を大事にしろって言っていたのに。あなたも自分を大切にしてほしい」
「ご、ごめん……」
フェリクスは悲痛な表情を浮かべながら俺の手をそっと握る。誰かにここまで心配してもらったことが久しぶりで、とてつもない後悔の念が押し寄せた。
そうだよな。人には「体を大切にしろ」って言っておきながら、言った本人がおざなりじゃ説得力もないしそんなことを言える資格もない。
自分がひとりになってからあまり構わなくなったのも大きな要因だろう。恋人がいたわけでもないし、俺を心から心配してくれる人なんて何年もいなかったんだから。
そんな時扉がノックされ、フェリクスが許可を出すと使用人の方がワゴンを引いて部屋へ入ってきた。どうやら食事を届けてくれたようだ。
テーブルの上には多種多様な料理が並び、どれもこれも美味しそうな匂いを放っている。途端に俺の腹がぐぅっと音を立てた。
「ふふ。食欲があってよかった。さぁたくさん食べて」
「あ、ありがとう。じゃあ遠慮なく。いただきます」
結構大きな腹の虫だったからちょっと恥ずかしかったけど、美味しそうな料理がたくさんあるんだから仕方ない。
気を取り直して久しぶりの異世界のご飯を思いっきり堪能することにした。
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