おいしいケーキ
有理
おいしいケーキ
「おいしいケーキ」
『救いの詩/滅びの詩-世界が終わる時、ぼくらは-』参加作品
side Fall(絶望)
【配役】
ユズ
ハジメ
ユズ「ねえ、死んだら天国に行けると思う?」
ハジメN「格安シェルターから漏れ出る光。」
ユズ「私は地獄に行くと思う。」
ハジメN「通帳残高は30,401円どうせ買えやしなかった。」
ユズ「だって私、殺しちゃったもん。」
ユズ「あんたの、」
ハジメ(たいとるこーる)「おいしいケーキ」
______
ハジメ「世界の終わり…ってまた、どうせデマだろ?」
ユズ「でも、核がって。シェルターの購入がって言ってるよ?…ハジメくん。1人500,000円。」
ハジメ「…」
ユズ「…」
ハジメ「…」
ユズ「え?今月の20日…ってあと2週間後か。」
ハジメ「え、あ、無理だよ、払えない」
ユズ「え?」
ハジメ「払えない。」
ユズ「でも明後日ハジメくん給料日だよね。家賃、私が出すからさ、買いなよ。食料も準備する。生き残れるかどうかも分かんないけど買わなきゃどうしようもないんだから。」
ハジメ「…」
ユズ「ね?だから」
ハジメ「政府からじゃなくて、どうせ格安で出るって。」
ユズ「…でも」
ハジメ「デマだって。また。」
ユズ「…でも、本当だったらどうするの?安全性とか耐久性とか考えて、やっぱり」
ハジメ「本当だったらさ。」
ユズ「…」
ハジメ「安全性も、耐久性も関係なくない?」
ユズ「…ハジメくん」
ハジメ「世界が終わるんだからさ。」
ユズN「1人一つだけ買える500,000円のシェルターは瞬く間に売れた。私も1つ購入した。でも、ハジメくんは、買わなかった。あと1週間後、政府が言うには世界が終わるらしい。遠くから隕石がこちらに向かって降ってくるそうだ。核ミサイルで迎撃するだのなんだのと議論が飛び交っている。なのに、私は。私達は今日も、どうしてか定期券を使っていつもの電車に乗り会社へ向かう。呆れたものだった。」
______
ハジメ「うわ、でっかー。」
ハジメN「ユズの留守中、シェルターが2つ届く予定だった。午前中にはユズの家に。そして夕方には俺の家に。先にきたユズのものは500,000円のシェルターだ。配達員も10人程で来て大掛かりな設置だった。」
ハジメ「これが500,000円か…あいつ、生き残る気満々だな。」
ハジメN「夕方、自室に届いたのは29,800円の格安シェルターだ。配達員1人が軽々ダンボールを抱えて持ってきた。嘘かと思った。たったはんこ一つ打ってさっさと帰ってしまった。カッターで開けると確かにシェルターに見えなくないそれが入っていたが何も、何からも守ってくれるとは思えなかった。」
ユズ「ハジメくん?」
ハジメ「ん?」
ユズ「シェルター、受け取ってくれてありがとう。ごめんね休み取ってくれて。」
ハジメ「いいよ。結局家賃払ってもらっちゃったし全然。」
ユズ「買ってくれなかったじゃん。」
ハジメ「いらないって500,000円のシェルターは。すごかったよ?ユズのとこのシェルター」
ユズ「そうなの?」
ハジメ「寝室の床ほぼ埋まった」
ユズ「え、ベッドと?」
ハジメ「シェルターとベッドでもういっぱい」
ユズ「えー!」
ハジメ「どっちにしろ一緒に終末は迎えられなかったね。」
ユズ「…そっか。」
ハジメ「俺、このペラペラシェルターなんだけどさ」
ユズ「…!」
ハジメ「これ、持っていっていいならベッドの上置いてもいい?」
ユズ「…うん。」
ハジメ「…世界が終わるといいけどさ。もし、半端に終わらなかったとしたら、ユズ嫌な思いするかもしれないんだよね。俺がこんなペラッペラなシェルターにしたもんだから。」
ユズ「…」
ハジメ「もし、そうしたら。開けないで。」
ユズ「…うん。」
ハジメ「うん。約束ね!」
ユズ「私も一つお願いがあるの。」
ハジメ「ん?」
ユズ「じゃーん。」
ハジメ「なにこれ、睡眠剤?」
ユズ「そう。世界が終わる日はこれを飲んで、ぐっすり眠れますようにって。辛くないでしょ?怖くないように。」
ハジメ「…買ったの?」
ユズ「うん。」
ハジメ「…どこから?」
ユズ「ネットでだけど」
ハジメ「…あのさ。前からずっと思ってたけど、ユズってなんでそんなに金あんの?俺が持ってなさすぎるのかもしれないけど、500,000円ぽんっと出せるだけじゃなくて俺の家賃も自分の分もおまけに食料も眠剤もってさ。…今、物価も薬も高騰化してるんだよ。」
ユズ「…」
ハジメ「軽々しく買えるもんなの?それって。ユズ片親だろ?親の分のシェルターも買ってやったんだろ?どうなってんだよ。どこから捻出してんだよ。同い年だよな」
ユズ「…貯めてたの。結婚したかったから。」
ハジメ「結、婚」
ユズ「夢だったの。結婚。でも、使っちゃった。だからまた貯めなきゃダメになっちゃった。だから、死んでほしくなかったの。だから、ちゃんと買ってって言ったの。シェルター。」
ハジメ「ユズ…」
ユズ「…でも、ハジメくんに言われて確かにって思った。世界が終わったらどうしようもないんだって。安全性も、耐久性も。だって死んじゃうんだもん。」
ハジメ「…」
ユズ「だったらせめて痛くない方がいいなって。怖くない方がいいなって思ってさ。買えるだけ買った。お金はさ、また、働いて稼げばいいんだから。ね?」
ハジメ「…すごいな、お前」
ユズ「ううん。…そのペラペラシェルター、うちに運んでよ。終末は一緒にいて。」
ハジメ「うん。」
______
ユズN「夢だった。真っ白なウェディングドレスを着てパイプオルガンの響くチャペルで幸せを誓う。夢だった。左手の薬指に永遠を刻まれるのが、神様の前で嘘偽りなく健やかに笑えるのが。」
ユズN「それが叶わないと知ったのは、」
ユズN「隕石が落ちると分かるよりも随分前のこと。」
______
ハジメ「ユズ?」
ユズ「ん?」
ハジメ「これ、なに?」
ユズ「ああ、昔作ったの。アート。」
ハジメ「石?」
ユズ「うん。石に色塗っただけなんだけどさ。」
ハジメ「へー。こんなのわざわざとってあんの?」
ユズ「うん。なんか、気に入っててね。とんがってて、ここ、かっこよくない?」
ハジメ「本当。」
ユズ「赤に塗ってあるでしょ?ケーキのろうそくみたいだなって言ってさ。私、好きだったんだー。ケーキのろうそく消すの。」
ハジメ「なんか可愛いね。」
ユズ「…でも消すともうつけてもらえないから、消すのもったいなくってね。消えないろうそくがあったらいいのにって。それで作ったの。石のろうそく。」
ハジメ「ふーん。」
ユズ「この、とんがってるところが火でねー」
ハジメ「なるほどね」
ユズ「消えませんようにって。」
ハジメ「お誕生日のケーキってさ、願い事ながら火消したりしなかった?」
ユズ「そうなの?」
ハジメ「え、あれって文化の違い?」
ユズ「うちはそんなのなかった。」
ハジメ「そっか。うちはやってた。兄さんがいっつも先に消すんだよね。」
ユズ「そっかー。」
ハジメ「でも、ユズのその石のろうそくじゃあさ」
ユズ「ん?」
ハジメ「一生消えないから、」
ハジメ「叶わないじゃんね?」
ユズ「…」
ハジメ「…ユズ?」
ユズ「そうだね。ケーキにはささないようにしなきゃね。」
ハジメ「そんなサイズのケーキ2人じゃ食べきれないか!」
ユズ「本当だね!」
ハジメ「あ、もうそろそろ行ってくるね」
ユズ「うん!行ってらっしゃい!気をつけてね」
ハジメ「うん」
ユズ「あ、ハジメくん?」
ハジメ「んー?」
ユズ「今日夕飯何にする?」
ハジメ「え?」
ユズ「だって、もう、世界終わっちゃうから」
ハジメ「あ、」
ユズ「最後の夕飯くらい好きなもの食べようよ」
ハジメ「…オムライス」
ユズ「うん。わかった。」
ハジメ「じゃあ、行ってくる。」
ユズ「行ってらっしゃい!」
______
ハジメN「明日世界が終わります、シェルターの準備は…とネットニュースは騒ぎ立てている。だとしたらこの出勤しているであろうスーツの大群はなんなのだろう。この国はとことん狂っている。世界終末はやはりデマとしか思えない。」
ハジメN「経済不況をどうにか回復するための何かの策なのではないかとも思える。各国の核ミサイルは発射することが決定されたと言われていたがどうせそれも嘘だろう。明後日にはまたいつも通りの満員電車が待っているに違いない。」
______
ユズ「ねえ、ハジメくん。」
ハジメ「ん?あ、オムライスありがとう。よかったの?ユズの好きなものじゃなくて」
ユズ「私お昼に食べてきたから」
ハジメ「そう?」
ユズ「私、どこか変わったとこない?」
ハジメ「え、何」
ユズ「当ててみて」
ハジメ「…」
ユズ「どこも変わってないっていうのはないよ!」
ハジメ「んー。前髪切った?」
ユズ「切ってない。」
ハジメ「えー?」
ユズ「ハジメくん、赤が好きだって言ってたから。」
ハジメ「ああ、うん」
ユズ「ほら。」
ハジメ「あ、ネイル」
ユズ「どう?」
ハジメ「似合うね。」
ユズ「よかった。」
ハジメ「今までそんな派手な色しなかったじゃん。」
ユズ「うん。…気に入られたかったから。」
ハジメ「え?」
ユズ「接客業だし、私。お客様とか上司の目とか。色々あるの。」
ハジメ「そっか。」
ユズ「明日は何時に起きる?」
ハジメ「一応、核ミサイルの発射がこっちの時間でいう、」
ユズ「7時だね。」
ハジメ「早」
ユズ「向こうは夜だろうし…」
ハジメ「早起きしなきゃか」
ユズ「どうせすぐ寝るんだから。二度寝でしょ?」
ハジメ「そっか。」
ユズ「6時にアラームかけとくね」
ハジメ「うん。」
ユズ「なんか。本当に終わるのかな。」
ハジメ「デマだって。終わる気がしないでしょ?」
ユズ「…そうだね。」
ハジメ「終わって欲しそうな顔だね」
ユズ「まさか。」
ハジメ「そう?」
ユズ「うん。」
ハジメ「そりゃそうか。だって、結婚したいんだもんね、ユズ。」
ユズ「そうだよ。」
ハジメ「ユズは、俺と違って夢も仕事もある。友達もちゃんといる。」
ユズ「…」
ハジメ「俺とは違うもん」
ユズ「飲み過ぎた?」
ハジメ「…ああ、本当だ。結構飲んでた」
ユズ「ほら、もう寝よ。」
ハジメ「うん。おやすみ」
ユズ「おやすみ。」
______
ハジメN「朝6時のアラームで飛び起きた俺は隣で寝ていたはずのユズがいないことに気がついた。部屋を見渡すと先に起きていたユズがベランダに出て手招きをする。」
ユズ「…すごいね。」
ハジメ「なに、あれ」
ハジメN「空が秋茜に焦がれていた。黄色と青と茜色。何にも形容し難いそのインクたちは空という大きなキャンバスの上でぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、如何にも落ちて来ていた。あれは核ミサイルなどというもので撃ち落とせるのだろうか。人類の作った小汚いものでどうにかできるほど、小さな出来事なのだろうか。たった一枚の写真を切り取っただけでそう感じる、圧倒的な芸術がそこにあった。芸術だったらどれだけよかったか。悲しいかな、事実、現実である。」
ユズ「…死ぬね。」
ハジメ「…」
ユズ「きれい。」
ハジメ「…」
ユズ「こんなに、きれいなの、はじめてみた」
ハジメ「…」
ユズ「ねえ、死んだら天国に行けると思う?」
ハジメ「…」
ユズ「…なんとか言ってよハジメくん」
ハジメ「…こんな、大勢が天国だの地獄だの、いっぺんに行けるわけないだろ…死んだら…おわ、終わりだ」
ユズ「…眠剤、飲もうか。」
ハジメ「っ、」
ユズ「ああ、多すぎるよそれじゃあ」
ハジメ「死ぬんだぞ!どうするんだ!お前はいいよな!あんなシェルター!痛くないもんな!俺は!!俺はあれだぞ!!絶対痛いに決まってる!!だから!!先に眠ってやるんだ!!!」
ユズ「…じゃあ、帰れば?」
ハジメ「…は?」
ユズ「お家に帰ったらいいよ。ハジメくん。」
ハジメ「…何言って」
ユズ「ハジメくんのお家には500,000円のシェルター、あるでしょう。ハジメくんが買った、お母様に買ってあげたものがあるんでしょう。」
ハジメ「…なんで知って」
ユズ「お母様、嬉しそうに電話してきたよ。ハジメくんが買ってくれたって。」
ハジメ「…」
ユズ「そんなバツの悪そうな顔しないで。今に始まった話じゃないでしょ。お母様が私に対して当てつけのような事をするのなんていつものことじゃない。」
ハジメ「しない!母さんはそんなこと!」
ユズ「結婚だって許してくれるつもりなかったの」
ハジメ「え?」
ユズ「片親のお前に嫁に来られちゃ迷惑だって散々言われてきた。初めはびっくりして気のせいかと思ったくらいだった。」
ハジメ「え、」
ユズ「お母様は私の何もかもが気に入らなかったの。でも私はハジメくんが好きだったから、ハジメくんと結婚したかったからだから頑張ろうと思ってた。気に入られたかったから今までは。」
ハジメ「ユズ…」
ユズ「…でも、ハジメくんもお母様と同じなら話は違うよ。私との未来を考えるよりも、そっちを取るんだ。相談もなしに。人の心をそうやって簡単に踏み躙るんだ。そっか。だったら。私だってそりゃ優しいばっかりじゃいられないよ。」
ハジメ「母さんも俺もそんなつもりはなくて、悪気なんかなくてただ、天然なだけなんだ。」
ユズ「天然?」
ハジメ「そう」
ユズ「じゃあ、ごめんなさい。」
ハジメ「え」
ユズ「私も天然だったかもしれない。」
ハジメ「え、何」
ユズ「ああ、私は地獄に行くと思う。」
ハジメ「ユズ、…何」
______
ハジメ「母さん!!!」
ハジメN「贈ったはずの500,000円のシェルターには誰も入っていなかった。そばには横たわる母の姿と最近見た尖った石のアート。尖った先は赤黒く変色し、鋭利でない方が腹部にねじ込まれている。」
ハジメ「っ、…」
ハジメN「カチコチと刻む秒針が一際大きく泣いた」
ハジメ「あ、」
ハジメN「午前7時のアラー(ムが鳴った)」(台詞途中でミュートボタンを押してください)
______
ユズ「ハッピーバースデーディア ユズ」
ユズ「良い終末を」
おいしいケーキ 有理 @lily000
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