狩人2号と魔女リンネ

鴻上ヒロ

第1話:毒入りケーキのお茶会

「どうか、たくさん食べてくださいね」


 長い銀髪が美しい、巨大な帽子を被った黒いローブの魔女が控えめな笑顔で茶を差し出してきた。俺にはカップの価格の高低や価値などはわからないが、質が良いカップだということは理解できる。

 テーブルに置かれているのは、2人分のティーカップと大きなティーポットと、綺麗にカットされた大きなホールケーキが2つ。


「どういうつもりだ」

「どういうつもり? ただお茶会に誘っただけですよ」

「毒でも入れてるんじゃないのか?」

「はい、入れています。ただし、一切れだけ」


 そう来たか。思わず、ケーキを睨んでしまった。この綺麗に2等分されたホールケーキ2つ分、1切れにだけ毒がある。これは、魔女なりのゲームということか。

 すべて平らげれば、どちらかが必ず毒入りを食べることになる。流石魔女、趣味の悪いことを考えるものだ。

 彼女は俺に一切れのケーキを差し出してきた。見る者を恍惚で縛るかのような、魅惑的な笑みで。


「待て、お前は知っているんじゃないか?」

「知りませんよ、それではゲームになりませんよ狩人様」

「俺の名は2号だと教えたはずだがな、魔女」

「私の名前はリンネと教えたはずですよ、狩人様」


 言い放った後紅茶を啜り、「言い返せないでしょう?」と言わんばかりに首を傾げながら、またも笑みを向けてきた。一体何を考えているのだろう。

 自分を殺しに来て失敗した狩人を捕まえ、餌を与え、戦いの稽古までつけ、魔術に関する授業までしてくるこの魔女は、一体俺をどうしたいんだ。従者ケモノにでもしたいのか。


「たくさん食べてくださいね」

「お前こそたくさん食べろよ、俺は毎日たくさんの飯を食わされて腹がいっぱいなんだ」

「嘘、あなたからは拭えない飢餓感を感じます」


 俺は何も言えず、ただ無言で魔女の皿にケーキを置いて、自分の皿に置かれたケーキを頬張った。ふわふわとした柔らかいスポンジに、滑らかで重厚感のあるクリームがたっぷりと乗っている。スポンジに挟まっているのは、近くで採れる野イチゴのジャムだろうか。


「……甘いな」


 だが、野イチゴの強い酸味のおかげか、食べやすい。この酸味は、毒を誤魔化すためのものだとは思うが。そう言えば、このような贅沢な甘味は、生まれてはじめて食べたな。

 ガキの頃は、こういうものを食べたいと思ったこともあったか。それがまさか、敵地で叶うとはな。このような状況でなければ、俺ももっと味わって楽しめたに違いない。


「うんっ! 美味しいですね」


 これまでの大人びた蠱惑的な笑みとは違う、子供っぽい笑みでケーキを頬張る魔女を見ていると、不思議な心地がした。胸が締め付けられるような、頭が痛くなるような。

 この家に満ちるラベンダーのような花の香りが、そうさせるのだろうか。もっとも、花などラベンダーしか知らないから、これがラベンダーかどうかはわからないが。


「お皿が空きましたね? もっと食べてください、もっともっとです」

「お前こそ皿があっという間に空いたぞ、もっともっと食え、お前が作ったのだからな」


 互いの皿にケーキを乗せあい、乗ったケーキをただ食べながら会話をする。ただひとつの毒入りケーキをどちらが食すのか、運命を自分で選ぶことはできず、互いに相手の選んだ運命に従う。

 これではまるで、ケモノの契りだな。

 だが、この奇妙な生活もこれで終わりだ。

 これで、どちらかが死ぬのだから。


 果たして本当にそうだろうか……。この魔女に、俺を殺すつもりがあるとは全く思えない。


「さあ、またお皿が空きましたよ? 最後の一切れです。食べてください」


 気がつけば、最後の一切れか。魔女は、俺が皿に置いたのよりも多く食べていたらしい。ここまで、毒はなかった。


「いやお前が食べろ、お前が作ったのだから」

「どうか遠慮せず、たくさん食べてください。本当は毒なんて入れてませんから」


 言いながら、魔女が最後の一切れを一口だけ食べてみせた。苦しむ様子がないどころか、満面の笑みだ。


「……やはりか」


 俺は椅子に深くもたれかかり、天井を仰ぎ、大きなため息を吐いた。この魔女は、こればっかりだ。口では俺を監禁しいつか殺すと言いながら、与えてくるのは餌と知識と技術ばかり。

 この魔女は、一体俺をどうしたいのだろう。

 そして、俺も、この魔女を殺せるだろうか。俺も、本当はこの魔女に絆され、魅入られているのではないか?


 そう思って彼女の透き通った目を見た瞬間、ふと、昔のことを思い出した。

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