恥ずかしいか青春は③
とある土曜日。
ぼくはバイト先のファミレス『ハピネス』にて、せかせかと労働に従事していた。
バイトのシフトは、午前九時から午後三時。
普段は夕方から夜にかけてシフトに入ることが多いのだけれど、土日祝で朝から昼の時間帯に人員がいないときには、今日みたいに朝から昼の勤務に従事することがある。
まあ、やること自体はたいして違いがないので、仕事内容で特に苦慮することはなかったのだけれど、シンプルに朝九時という出勤時刻が普段の学校の登校時刻とほぼ同じだし、退勤予定時刻の午後三時もまた普段の学校の下校時刻と似たような時間だから、なんだか普通に学校に来ちゃってるような気分だ。
ただいま時刻は、午後の二時半。
昼間の怒涛の慌ただしさにようやく区切りがついて、平穏の二文字が到来している時間帯。暴風雨が過ぎ去って、台風一過が訪れたような頃合いだ。
山盛りに蓄積しちゃってる食器類を食洗機に投入する作業をこなしながら、ぼくはホッと一息をつく。
――ところで。
お客さんが多い時間帯のことを『ピークタイム』と呼ぶのは割と有名だけれど、その逆の、お客さんが少ない時間帯のことを何と呼ぶのか、皆さまはご存じだろうか。
答えは『アイドルタイム』。
もっとも、優希や奏海みたいなキラキラ輝く『アイドル』とは語源が違って、車のアイドリングとか、そういう意味での、そういう方面でのアイドルが由来らしい。
この時間を使って、今みたいに溜まった食器類を洗ったり、各テーブルの調味料を補充したり、あるいは店内の掃除をしたり、活用方法やすべき仕事はいろいろと用意されているのだけれど、それでもピークタイムと比較すると心身が休まる時間帯になっている。
残り三十分を切ったあたりから、退勤までのカウントダウンが始まるのが通例だ。
『ハピネス』の隣にはスーパーがある。バイト終わりにそこでいろんなものを買い込んで自転車かごに入れて帰路を辿るというのがよくあるルーティンで、今日もそのルーティンをなぞる予定である。もっとも、晩ごはんの献立はまったく決まっていないので、本日の特売品とか見切り品とか確認しながら、向こう三日分くらいのメニューを脳内で組み立てることになるだろう。
――と、まあ。
ぼくは、今日のバイトが平穏に終わることを当たり前のように織り込みすぎていた。
平和を乱す爆弾は、いつだって突然に。
楽観のしっぺ返しを浴びせるようにやって来る。
「高岳せんぱい!」
なにやら血相を変えた様子で、ホールにいたバイトの後輩JKである
そんなサワリンの異変に、ぼくは尋ねる。
「どうかした?」
「どうかしてます!」どうかしているらしい。「もう大事件です! 大大大大大事件です! 店舗開店以来の超絶大事件ですよ!」
そう断言するサワリンは、入社してまだ一ヶ月と少々。
名札のところには緑と黄色の若葉マークがしっかりと。
まあ、兎にも角にもとんでもないことが起きたのは事実らしい。でも、そんなに大事件が起きたなら単なるバイトのぼくじゃなくて事務所で事務作業の真っ最中である店長に伝えたほうがいいんじゃないだろうかと思ったので、そういう促しをサワリンにしようとしたのだけれど、しかし次に飛び出したサワリンの言葉を聞いて、ぼくはその促しを撤回せざるを得なかった。
「『チェリーブロッサムクラブ』の高岳優希さんと『サクラ・フロント』の野並奏海さんが、お店に来てます! せんぱいに会いにいらっしゃったそうです!」
「……はああああああっ!?」
厨房からホールのほうを覗いてみたら、たしかに間違いなく優希と奏海がいた。
ボックス席に向かい合わせで座ってしゃべっている。会話の内容はここからでは聞き取ることはできない。どういう会話を交わしているのやら。
視線をホールから厨房に戻すと、サワリンが腕組みをして立っていた。
「せんぱい。これはいったいどういうことですか? 可愛い後輩に是非とも教えてください」
すごい興味津々な様子のサワリン。
思えばサワリンってこういうところある。ぼくが誰かとしゃべっていたら「なんの話してるんですかー?」って蝶々みたいに寄って来るときがある。旬な話題にはとりあえず首を突っ込んでおきたいタイプ。それがサワリン。
まあ、こうなっちゃったからには仕方が無いか。
ぼくと優希と奏海との関係性を、サワリンに正直に教えることにした。
ヒソヒソヒソ。
ぼそぼそぼそ。
「――ぬうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
めっちゃ驚かれた。
「そんなすごいことをどーして今までシークレットにしてたんですか! おバカなんですか!? せんぱいは生粋のおバカなんですか!?」
「いや、わざわざ進んで言うことでもなくない?」
「なに言ってるんですか! わざわざ進んで言うようなことですよ! ドヤ顔で全方位に吹聴して然るべきです! 少なくとも私ならそうします!」
鼻息を吹き散らしながら主張するサワリン。
その鼻息で、ぼくの前髪が揺れる。
すごい風圧だ。ビックリ人間コンテストに出れるんじゃない?
「……まあ、そういうわけだから、退勤後にふたりのとこ行って応対する感じになると思うから、なんていうか――よろしくね」
「任せてください! せんぱいの骨は私が拾います!」
なんでぼく玉砕することになってんの? 普通に生きて還る予定だよ?
そのあと、雑務をいくつかこなしていたら三時――つまりは上がりの時間になった。
タイムカードを切って更衣室に。
バイトの制服を自分のロッカーに仕舞って、私服に着替えて更衣室を出る。
いつもはそのまま事務所出入り口から外に出てしまうのだけれど、今日は優希と奏海が待っている店内にもどる。
店の内はすいていた。優希と奏海以外には、高齢夫婦と思しきお客さんが二組。
優希や奏海の存在は、ほかのお客さんにはバレていないようだ。
なんだか妙にドキドキする。どんな顔してふたりの前に登場すればいいのやら。
正直苦手なんだよなぁ、バイト先に知り合いが来るっていうシチュエーション。しかも今日に限ってサワリンとかいう愉快系後輩女子がシフトに入っているというアンラッキー。絶対しばらく茶化される。ネタとして擦られ倒されること必至。
立たない展望を憂いながら、ふたりが座っているボックス席に。
「お疲れ! お兄ちゃん!」
「夏輝、お疲れ」
「お疲れさん」
ふたりに挨拶を返した直後、優希がぼくの腕を勢いよく掴んできた。そのまま引っ張られて、彼女の隣に座らされる。
座ってもなお、腕は掴まれたまま。しっかりと拘束されている。
「待ちくたびれたよ、もう」ぼくの腕を掴んだまま、優希がニッコリと笑う。「優希ね、お兄ちゃんがお仕事終わってこっちに来てくれるまでのあいだね、お腹空いてるのに一切料理を注文しないで水の一滴も飲まないでずーーっと待ってたんだよ。頑張ってるお兄ちゃんを差し置いて寛ぐわけにはいかないからってずーーっと背筋伸ばして待ってたの。褒めて褒めて」
顔を近づけてきて、褒めを求めてくる優希。
「飲み食いしててもらって全然よかったのに。でも、ありがとな優希」
「うふっ」優希が笑顔を深める。
今日の優希は、普段にも増して甘々な雰囲気がただよっている。
そんな優希に張り合うように、対面にいる奏海がいう。
「私もなにも飲み食いしてない。なんなら朝からなにも食べてない」
どうやら奏海も褒めの言葉が欲しいっぽい。
「奏海も、ありがとな」
「うん」
ほんのわずかに相好を崩してうなずく奏海。
そんな奏海に、優希が異を唱える。
「待ってください。朝からなにも食べてないっていう部分を誇って主張してマウント取って来るのは、ちょっと違うかなーって思うんですけどっ」
「違うというのは?」
「だって今回の場合、お兄ちゃんがお仕事終わるのを待ってるあいだになにも飲み食いしなかったよーっていうのが大事なわけじゃないですかぁ。朝からなんにも食べてないのは全然論点違うんじゃないですかぁ? なんなら朝ごはんはちゃんと食べたほうがいいと思いますし。少なくとも食べないほうが偉いなんて風潮を広めるのはよくないんじゃないかなぁーって。あ、ちなみに優希は今朝もお兄ちゃんが優しさと真心をたっぷりこめて優希のために作ってくれた特製の朝ごはんをモリモリ食べてたくさん元気を得られたんでお仕事すっごいはかどりネキだったんですけどもういつも本当にありがとうお兄ちゃんだーいすきっ!」
優希は持論を饒舌に語った流れでぼくにぎゅっと抱きついてくる。
それを見た奏海の表情が、キリッと険しく。
言い負かされ気味なのが不服なのだろうか。勝負根性を垣間見せる。
――とりあえず、場を一旦仕切り直そう。
ぼくは抱きつく優希の両脇を優しく両手で持ちあげて、幼い児童を移動させるみたいに彼女を元の位置まで戻した。特に抵抗はされなかった。
元の位置に戻った優希が、奏海と視線をぶつけ合う。
バチバチと火花が。
優希はともかく奏海まで火花を散らすのに積極的なのは、アイドルとしての、あるいはアイドルグループとしての威信や矜持のせいだろうか。
イスの取り合い。パイの奪い合い。舐められたらおしまい。それが芸能界。
ふたりの様子を、ぼくは交互に眺める。
優希は、白いオフショルのトップスにデニムの膝丈プリーツスカートという夏っぽい服装。朝に家を出たときと同じだから、おそらくは仕事場から直行してここにやって来たのだろう。
一方の奏海も、優希と似たようなコーデだった。違うのはオフショルか否かという部分と、デニムのスカートがショートパンツなところ。なんかちょっと双子コーデっぽい仕上がりになってるけど、まあ偶然の一致だろう。
やれやれ。
このあといったいどうなってしまうことやら。
当然ながらバイトのぼくは人よりも『ハピネス』のあれこれに精通している。まかないを優待価格で食べるなかで知り得たおすすめのメニュー情報を、来店したふたりに還元することもできる。
いくつかのおすすめメニューを提示してみた結果、優希はカルボナーラ、奏海はエビドリアを注文する流れになった。ちなみにぼくは先ほどまかないでチーズハンバーグを食べたばかりだったので、お腹は全然減ってなくて、三時のおやつのかわりにコーヒーゼリーを食べることにした。
それぞれにドリンクバーもつけて、注文を送信。
厨房のほうから『ピコン』という音が。
送信が成功した模様だ。
みんなでドリンクバーに行って、ぼくはコーラ(ゼロカロリー)、優希はオレンジジュース、奏海はアイスティーをコップに注いで、ストローを差して座席に帰還。
料理が運ばれてくるまでの時間を使って、ぼくはふたりに根本的な質問を投げかける。
「ふたりとも、今日はいったいどうしたんだ?」
どうしたというのは、もちろん、どうして店に来てくれたんだということ。
なにか理由がなければ、わざわざ店になんて来ないはずで。
だけど、優希は、
「別にどうもしてないよ」と答えた。「来たかったから来た。それだけ」
「理由とか無いのか」
「優希がお兄ちゃんのバイト先に足を運ぶのにわざわざ理由が要るの?」
「理由は……おそらく要るんじゃないかな?」
「えー、要らないでしょー理由なんて。――でも、まあ、しいて理由を挙げるなら、優希がお兄ちゃんの妹だから、ってことになるのかな」
お兄ちゃんの、妹だから。
出た。優希のお気に入りの理論。
十八番。伝家の宝刀。伝統芸能。
まあ、この上なく優希らしい返答ではあるけれど。
それにしたって、ぼくのバイト先にアポなしでおとずれた理由が、妹だから。
「まったく優希は、いつだって掘り下げがいがありそうな答え方をするなぁ」
「掘り下げがいがありそうだなんてヤだ照れるっ。――でもね、深堀りされても深い理由は出てこないかも。理由なんて、妹だからの一言でしかないもん。一言で全部済んじゃうし。一言以上の装飾なんて蛇足だし過剰包装だし。優希はお兄ちゃんの妹なんだから、お兄ちゃんのバイト先にどんなタイミングで顔を出しても問題ないに決まってるからね。今日の場合は、ちょうどお仕事現場から直行できそうだったし。お兄ちゃんが退勤する直前くらいに着けそうだったし。まるで神様が『優希よ、お兄ちゃんのバイト先に向かいたまえー』って後押ししてくれてるみたいで、これはもう行くっきゃない。行かなきゃ妹の名が廃るって思って。分かるでしょ?」
正直あんまり分かんないやとか答えたら優希がプンスカしちゃいそうな雰囲気だったので、あぁ、と無難な感じに相槌をうっておいた。
要するに優希は、特に理由はないけれどちょうど予定がついたから店に来てくれたっていうのが真相らしい。
ひとまず優希に関しては把握した。
次は奏海だ。個人的には奏海のほうが興味深い。なぜなら奏海に関しては、お店に来てくれた理由も然ることながら、そもそもどうやってぼくのシフト情報を知り得たのかが全く不明で。
優希の場合はぼくが月間シフト表を紙でもらって玄関のところに貼っつけてあるから情報の出所が明瞭なのだけれど、奏海がそれを知る由もないだろうし、まさかぼくがここでバイトしてるという知識だけを頼りにシフトも知らずにヤマ勘で来訪したわけでもあるまいし。
そんな疑問を正直に奏海に尋ねてみたら、彼女から予想外の反応が。
「なに言ってるの? 夏輝が教えてくれたんだよ」
「えっ?」
「昨日、学校で。土曜日十五時までバイトなんだよねー、って、教えてくれた」
「……」
奏海から指摘されて、学校での記憶を思い出してみる。
――――――。
――――。
――。
昨日の学校。
美術の時間にぼくが画用紙に絵を描いていたら、奏海が後ろから覗きこんできて訊いてきた。
「なに描いてるの? 奈落の底?」
「違う。海辺だ。こんな青々とした奈落があるか」
美術の時間。テーマは夏の風景。
ぼくは無難に海を描くことにした。まあ、たぶん海なんて行かないけどね。なんせインドア派なもんで。
「上手だね」
奏海は、海辺と奈落を間違えた舌の根も乾かないうちに、ぼくの絵を褒めてくれる。
「それほどでも」と返して筆を置く。
先々週から描きはじめた絵も無事に完成。限られた時間のなかでも丁寧で緻密なものを創りあげることができたと自画自賛。
「出品のご予定は?」
「まったく無いね。ちゃんと持ち帰って部屋に飾る所存です」
「えー、残念。せっかく買い取ろうと思ったのに」
「ちなみにおいくらで?」
「200円」
「リアルな安さやめい」
「250円」
「オークションすんなし」
「7500円」
「急になにがあった」
「インフレを加味しました」
「7500円って、バイトの時給六時間分なんだけど」
「そうなんだ」
「奇しくも明日、ちょうど六時間働く予定でさ。九時から十五時まで。絶対混むわ戦場だわって今から憂鬱な限りだよ」
「馬車馬のごとく頑張ってね」
「馬車馬になってきますとも。はぁ――」
――。
――――。
――――――。
あっ。
言ったわ。言った気がする。些細な雑談のなかで、そういえば週末の予定を口に出してたわ。
「……誠にごめんなさい」お詫び。
「一生許さない」そんなに?「なんてね。半分冗談」半分本気なんだ……。「だから私は、レッスン終わりに夏輝に会いに来た。そうしたら、入り口のところで優希ちゃんと」
「ばったり鉢合わせしたんだよねぇ」
「――なるほど」
事の経緯が判明したところで、計ったようなタイミングで料理が運ばれてきた。
「お待たせしました!」
サワリンが、まるでふたりに張り合うかのごとくアイドル顔負けの笑顔を浮かべながら、料理の数々をテーブルに乗せていく。
すべての料理を置き終わって、透明な筒に伝票を。
「ごゆっくりどうぞ!」
そういってぼくを見るサワリンが、親指をクイっと立ててキラッとウインク。
頑張ってくださいという意味なのか、もしくはバイト仲間としてのただの友好の証か。
いずれにしてもサワリンめ。なんだか誤解を招きそうなことをしてきたなって危惧したら、案の定、話題が彼女に関することに。
「可愛い子だね」サワリンが去った後、優希がつぶやくようなトーンでいった。「渋沢っていうんだ。下の名前は?」
名札を見て名字を把握したらしい優希が、フルネームをぼくに尋ねてくる。
「下の名前は凛子。渋沢凛子。通称『サワリン』な」
通称サワリンな。って言ったあと、ぼくは、あっ、しまった、って後悔。
わざわざニックネームまで教えちゃう必要なかったのに勢い余って教えちゃった。無駄に親密な感じが出ちゃった。
「へぇー、サワリンちゃんっていうんだぁ。その呼び方は、お兄ちゃんだけがそう呼んでるの?」
ぼくが口にしたほころびを優希が見逃してくれるはずもなく、詰問される。
「いいや、この店の先輩方も全員そうやって呼んでるぞ」
「名付け親は?」
「自己申告さ。本人が友達にそう呼ばれてるらしくって」
「年齢は?」
「優希と同い年だな」
「お兄ちゃんとは、ただのバイト仲間なだけの感じで?」
「あぁ。ただのバイト仲間なだけの感じで」
「ふーん。わかった」
いくつかの質問が終わって、そうつぶやいて、追及の手をゆるめてくれる優希。
ホッ。良かった。誤解が解けた。
と、安堵したのも束の間。
「本当に、夏輝のバイト仲間なだけの感じなの?」
バトンタッチをするように、今度は奏海から追求が。
コーヒーゼリーをすくうために握ったスプーンを再度置いて、奏海からの質問に返答する。
「本当に本当だ」
「怪しい」
「何故に?」
「別れ際に置き土産みたいにサムアップするなんて、相当懇意な仲だと思われる」
「それねっ」横から優希が再参戦。「懇意じゃなかったら絶対しないですよねそんなこと。なんか威嚇してきたみたいで、えっ? なに? って思っちゃったんですけど」
「うん。疑惑は深まるばかり」
優希と奏海にふたりがかりで問い詰められる。
さっきまで火花を散らしていたかと思いきや、急に団結してくるとは。仲が悪いんだか良いんだか。
ひとまずぼくは釈明に追われる。
「サワリンは、なんていうか、要するに――ああいう子なんだよ」
「「ああいう子?」」ふたりの声がピッタリと。
「ほら、見ての通り無邪気っていうか、根明っていうか、天真爛漫っていうか、ぼくに対して特別にああいう振る舞いをしてくれる子ってわけじゃなくて、誰にでも分け隔てなく明るく元気に愛嬌たっぷりに接することができる子で……」
「絶賛だね」
「うん、絶賛」
自分でもちょっと絶賛しすぎてるかなと思ったら、やっぱり指摘されてしまった。
「本当に全然そういうんじゃないんだってば。邪推でモノを言いすぎだぞふたりとも」
「だって邪推でモノ言いたくなるような温度感だったんだもん」
「親密な空気を察知したから、言わずにはおれず」
「……あのさ、とりあえず食事にしないか? できたての料理は、熱々のうちに食べるのが正義だぞ」
論点ずらしっぽい提案の仕方になってしまったけれど、でも料理を熱いうちに召しあがるべきっていうのは正論で。
正論は強力だからこそ、優希と奏海にも届いてくれたようで。
いまひとつ腑に落ちてない様子だったけどふたりともうなずいてくれて、優希はフォークを、奏海はスプーンをそれぞれ手に持つ。
「「いただきます」」と声を揃えて手を合わせてから、ぼくがオススメしたカルボナーラやエビドリアに舌鼓を。
オススメした手前、ふたりのレビューが気になるところ。
弊社のメニューに自信はあるけれど、喜んでもらえるかどうか若干緊張。
だから。
「あ! これおいしい!」
「おいしい」
っていうふたりの反応を聞いて、ホッとした。
ところで優希が食べているカルボナーラ。いつもよりベーコンが多めに入っている気がするのは、厨房で料理を作ってる店長からの小粋なサービスかもしれない。
奏海のエビドリアのほうも、いつもよりエビが多めに入っている気がするし。やっぱり店長からのサービス説が濃厚だ。今度お礼言っとかなくちゃ。
「ねぇ、優希ちゃん」
ドリアを食べている奏海が、優希に呼びかける。
「なんですか?」優希が応じる。
「優希ちゃんは、夏輝がアルバイトを始めるって言ったとき、反対しなかったの?」
「そりゃもちろん反対しましたよ」もちろん反対されましたよ。「本当に誇張抜きで三日三晩反対し続けましたから」誇張抜きで三日三晩反対され続けました。
「やっぱり、反対するよね」
「奏海ちゃんが優希の立場でも、当然反対するでしょう?」
「うん、する」
「でしょー。それなのになんかお兄ちゃんは一貫して『解せぬ』って感じで、優希の説得を全ッッッ然聞いてくれなかったんで、結局わたしのほうが折れる形で仕方なく。でも、優希の言い分って妥当ですよね? 妥当すぎますよね? どう考えたってアルバイトなんて恋の宝庫じゃないですか。いいや、この場合はガラクタか。恋のガラクタ庫ですよガラクタ庫。優希は宝石みたいにキラキラ輝くお兄ちゃんをガラクタ庫に投入したくなかったんですよ。腐ったミカンの話って知ってます? ミカン箱のミカンが一個腐ると箱の全部に波及して全部腐って終わるテキなお話なんですけど、たとえお兄ちゃんがどれだけすごい宝石だったとしても邪念に満ちたガラクタ庫にひとたび放り込まれたら輝きが失われて消えて変わって終わっちゃうんじゃないかって憂いたらそんなの頭抱えてのた打ち回るしかないじゃないですか。だからそういうのを先に、こう、未然に? 未然にアレする感じで。だから優希、お兄ちゃんに『くれぐれも気を付けてね』って口を酸っぱくして伝えたんです。そりゃもうメチャクチャ酸っぱく。レモン果汁お口に丸ごとぶち込んだくらい酸っぱく伝えたんですけど、果たして本当にお兄ちゃんに伝わっていたのやら」
「安心しろ。ちゃんと伝わったから」
「お兄ちゃんはそういうけど、そう主張しますけど、たぶん優希の気持ちの二割も伝わってないんじゃないかって気がしますけど」
「分かる。夏輝は、意外と頑固なところある」
「ありますよねぇ。やれやれって感じですよねぇ」
「でも優希ちゃん、ナイス釘差し」
「えへっ、それほどでも。本当はもっと釘まみれにしときたかったんですけどねっ」
もしかしてぼくのこと藁人形だと思ってる?
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