透明少女③

 数日後。

 朝、登校して教室に行くと、奏海がいた。

 青リボンがついたブラウスに、赤いチェックのスカート、黒ニーソという制服を着て、自分の席でスマホを触っている。まだ教室に生徒がまばらなこともあって、ひとりで過ごしているようだった。


「おはよう」


 奏海に挨拶をしながら、自席に向かうために横を通り過ぎようとする。

 すると奏海が、横を通り過ぎようとしたぼくのカッターシャツをきゅっと掴んできた。

 なんだ? と思って立ち止まる。

 彼女はなにも発さずに、なにも答えずに、席に座ったまま、カッターシャツを掴んだまま、上目遣いでこちらをじーっと。

 ――なるほど。

 要するに、ひとりで暇だから私を構えってことらしい。意思を感知した。

 前の席が空いていたので、この席の住人が来るまで借りることに。

 イスに腰をおろしながら、ぼくはあらためて挨拶する。


「おはよう」


「グッモーニン」


「なぜ英語」


「夏輝、ちょっと背中向けて」


「背中? いいけど――」


 突然の求めに応じて、黒板のほうを向いて座りなおす。

 直後。

 バシッ!


「いてっ!」


 奏海に背中をぶっ叩かれて声が出た。


「ちょっ! なにすんだよいきなりっ!」


「聞いて夏輝。一部地域では、背中を思いっきりしばくことを『もみじ』って呼ぶんだって」


「…………へぇ」


 へぇ。って思った。


「背中を思いっきりしばかれると、もみじみたいな形の痕がつくことから、そういうふうに呼ばれているらしい」


「そう……」


「そんな雑学を、夏輝に教えてあげたくて」


「待て。いまから正論をいわせてもらう」


「バッチ来い」


「雑学を他人に教えたいっていう気持ちは尊重しよう。だからって、わざわざ実践を交えて教える必要無かっただろ。ぼくをぶっ叩く必要性が皆無だろ」


「でも、百聞は一見に如かずっていうし」


「背中に痕をつけられてもぼく視点じゃ一見できないんだが」


「あ、たしかに。こりゃうっかり」


「そこんところ、留意してくれよな」


「じゃあ埋め合わせで、私の背中、もみじしていいよ」


「バカいうな。女の子相手にそんなことできるかっての。男相手でも躊躇するレベルの所業だ」


「そこをなんとか」


「なんで叩かれたいんだよ。Mなのか」


「否めない」


「マジかよ初耳なんだが」


「驚いた? 驚天動地? ねぇ驚天動地?」


「いや、そこまでは……微振動くらい?」


「くそっ」


「悔しいのかよ」


「どちゃくそ悔しい」


「悔しさの源が不明すぎる」

「悔しさの源は――夏輝への愛、かな」


「……」


 は?

 なんだよおい。ざけんなおい。

 まったくもって意味不明だけど急に愛とかいわれたから不覚にもドキッとしちゃったんだが?


「もしかして夏輝、まったくもって意味不明だけど急に愛とかいわれたから不覚にもドキッとしちゃった?」


「一語一句違わずに言い当てられた!?」


「うひひひひ」なんだその笑い方。「夏輝、チョロい。チュートリアルの敵なら最高」


「チュートリアルの敵じゃなくて幼馴染でごめんな」


「ううん。幼馴染なら、もっと最高」


「……それは、どうも」


 ったく。どういう翻弄の仕方なんだか。


「あ、そうだ。もみじのお詫びに、いいものあげる」


 そういって、机のなかに手を忍ばせる奏海。

 出てきたのは、先日ぼくが貸した五冊のノート。


「ご査収ください」


「査収もなにもぼくのノートだ。そしてぼくのノートをお詫びに使うな」


「つまらないものですが」


「つまるんだよ。ぼくのノートにはつまってるんだよ」


「たしかに。いわれてみればたくさんつまっていた気がする」


「だろ? ためになる情報がつまってただろ?」


「ためになる情報もつまってた。でも、もっと大事なものがたくさんつまってた」


「もっと大事なもの?」


「夏輝からの愛、かな」


「……」


「うひひひひ」


「その笑い方やめなさい」


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