透明少女①
――――――。
――――。
――。
放課後。
学校帰りに、本屋にぶらりと立ち寄る。
欲しい漫画の最新刊が発売されるので、それを購入するためだ。
新刊が出るたびにこうして本屋に寄るのがお決まりの流れになっていた。
目当ての漫画が置いてある漫画コーナーは、本屋の奥のほうにある。
いつものように店に入って右に行き、いつものように文房具コーナーを通過して、いつものように雑誌コーナーも通過して――。
――ん?
通り過ぎる際に、なんだか気になる光景を見かけたような気がして、きびすを返す。
雑誌コーナーに戻る。
まあ、気になる光景なんてぼかした言い方をしちゃったのだけれど、実際は何があったのか、何が置いてあったのか、ぼくは完全に判っていて。
陳列されている漫画雑誌の表紙。
そのなかのひとつに、幼馴染の野並奏海が載っていた。
『あふれる魅力! 本誌初登場!』
そんなキャッチコピーとともに、純白のノースリーブを着た奏海が表紙を彩っている。
撮りおろしグラビアが、8ページにも渡って大特集されているらしい。
「……」黙考する。
グラビア。
片仮名四文字で、グラビア。
グラビアといえば……水着。
要するに、ページをめくった先に、水着姿の奏海が、8ページにも渡って。
「……」
考えながら、ごくりと固唾を。
……まあ、どんな媒体であれ、どんな形式であれ、幼馴染の活躍を確認したいという感情は全然おかしなことじゃない。むしろ自然。むしろ当然。至って妥当な感情の動向。雑誌を立ち読みする動機としては十分すぎる。うん、そうだ。十分すぎる。十分すぎるってことにしておこう。そうしておこう。うん。
ちょっとだけ結論ありきだった気もするけど、自問自答をした末に、ぼくは雑誌を手に取った。
表紙のページをめくって目を落とす。
「……」黙読。
載っていたのは、表紙と同じ純白ノースリーブ姿の奏海。
ハイビスカスの赤い花をつまんで、常夏の海岸みたいな場所で微笑んでいる。
疑いようもなく素敵な写真なのだけれど、まだまだ序章の段階。コース料理でいうならオードブル。コース料理とか食べたことないけど。
なんせ合計8ページもグラビアが用意されているわけで。ページをめくった先に、おそらくは水着を着た奏海の姿が――。
ページをめくる。
ぺらぺらと。
商品を傷つけないよう慎重に。ぺらぺらと。ぺらぺらと。ぺらぺらと。
「……」
グラビア特集を、すべて見終わった。
全8ページに渡る特集は、前半は件のノースリーブで、後半はスポーツウェアだった。ジムでトレーニングに励んでいる爽やかな写真が誌面を飾っていた。
……あれぇ?
ちょっとおかしいな。いや、だいぶおかしい。非常におかしい。
水着ショットが無い。ひとつも無い。皆無。
……もしかしてもしかすると、グラビア=水着というぼくの認識が間違ってるのか?
誤った定義で早合点して、勝手に期待を膨らませて。
だとしたら、とんだお調子者じゃないか! なんてこったい!
「――なるほど、うん、なるほど」
取り繕うように独りごちる。
別に断じて全然少しもちっとも落胆なんてしていない。別に断じて全然少しもちっとも落胆なんてしていないという事実だけはしっかりと主張しておきたい心境だ。
中身をひとしきりパラパラとめくってみる。
面白そうな漫画があるかなと思って覗いてみたけれど特に見つからなかった奴っぽく振る舞ってから雑誌を閉じて、元あった場所に戻そうとした。
そのときだった。
ガシッ。
突然、誰かに腕をつかまれた。
なんぞ!?と思って振り返る。
つかんできた相手は、女の子だ。
服装は白シャツに青のジャケット、黒のワイドパンツ、加えてマスクにサングラス、更にはニット帽という重装備。これから銀行のひとつやふたつ襲撃にでも行きそうな不穏な格好をしている彼女の正体は――――。
「――って! 奏海じゃん!」
幼馴染の野並奏海だった。
奏海が、人差し指をぼくの唇に押しあててくる。
「シーーーーーっ」
お静かに、ってことらしい。なるほど身バレ対策か。
「なに読んでたの?」
右腕を掴まれながら、人差し指を唇に押しあてられながら、まるで組手でも組まれているような体勢で奏海に訊かれる。
「――読みたい漫画があって、ちょっと立ち読みを」
「ふーん」
奏海は、ぼくが咄嗟についた嘘に「ふーん」とだけ応じて、それ以上なにも詰問してくることはなかった。組手みたいな拘束も解かれた。
どうやらごまかせたらしい。ホッ。
奏海の水着グラビアを期待したけど水着姿が一個も無くて期待外れだったから雑誌を棚に戻したなんて恥ずかしくて口が裂けても白状できない。幼馴染の沽券にかかわる。
この事実だけは、絶対隠し通さなきゃ――。
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