聖少女領域④
――。
――――。
――――――。
「――――と、まあ、ぼくと優希の近況はだいたいこんな感じです。ご満足いただけましたでしょうか?」
語り部をどうにか務めきったぼくは、量子さんに感想を求める。
量子さんは、無言で新しいお酒――ビニール袋からハイボール缶を取り出して、ぷしゅっと開封。
そして飲む。喉を鳴らしながら飲む。
「っぷはーーーっ! うめええええええええっ!」
話の感想を訊いたら、ハイボールの感想が返ってきた。
発注とだいぶ違うんですが。
「……あの、ぼくの話の感想は――まあ、聞いてなかったんなら聞いてなかったで全然構わないんですけど」
「いやいやなにをおっしゃいますかご主人! ちゃーんと聞いてましたとも! いやはや素敵な日常を送ってるみたいで! よっ! 妹想いの素晴らしきお兄ちゃん!」
「そんな、恐縮です」
「――と、手放しで賛辞を贈りたいところではあるんだけど」
おや? なんだか雲行きが――。
「キミと優希嬢のお話を聞かせてもらって、むしろ気になることが増えちゃってねぇ」
気になること?
「あたし初耳だったんだよね。キミと野並奏海が繋がってるってこと」
あ、そこか。
たしかに量子さんには言ったことなかったっけ。
「あたしに隠し事してたなんてひっどーい! お姉さん悲しくて吐いちゃうーっ!」
「隙あらば吐こうとしないでください!」
「吐かれたくなければ速やかに野並奏海との関係を吐きたまえ! 高岳夏輝! お前は完全に包囲されている!」
量子さんから詰問される。
「奏海とは、話した通り、幼馴染兼クラスメイトってだけです」
端的に答えた。
「でもでもでも、放課後にばったり出くわして話しこんじゃうのが自然なほどには仲良しでいらっしゃるわけでしょ?」
「幼馴染ですから、そりゃあ、それくらいは」
「本当にキミは、まったくもって隅に置けない九州男児だなぁ!」
「東京生まれ東京育ちなんですが」
「人気アイドルの妹がいて、しかもその妹から熱烈に愛されていて、さらに幼馴染兼クラスメイトのポジションにも同等レベルの人気アイドルを配置するというやりたい放題。なにそれ? 我が世の春ってことですか? 贅沢すぎる采配でしょうよ常識的に考えて」
「そんでもって、そのことを、人気ロックバンドのカリスマボーカル様から問いただされているという」
「それな! ホントそれな! なんだよやっぱり自覚あんじゃん。ホントすごいね夏輝くん。拍手だよ。おみそれだよ。いったいどんなチート技を使ったわけ?」
「技なんて使ってないですよ。そもそも生まれの問題なんでぼく自身でどうにかできることじゃないですし。だから強いていうなら『知らないうちにこうなっていた』って答えになってしまいます」
「知らないうちにこうなっていた。ラノベ主人公はみんなそういうんだよねぇ。判で押したように。十把一絡げに。ぼくまたなんかやっちゃいましたか? みたいにとぼけた顔して。あれ気に食わないんだよなぁ。なんとかしてくんない?」
ラノベ主人公に対する愚痴をぼくにこぼされましても。
「話をラノベから現実に戻すけど、野並奏海ちゃんって、実際のところどうなの? どういう感じの女の子なの?」
「さっきも少し話しましたけど、世間からはクールなイメージが付いてると思うんです。でも実際は――まあたしかにすごい人見知りではあるんですけど――実際は結構お茶目な性格で、ボケたがりというか、ボケっぱなしというか。人気アイドルになったいまでも、むかしと変わらない雰囲気で居てくれてるのが、幼馴染としては地味に嬉しい部分だったりして――もしかして、奏海のことが気になるんですか?」
「いやね、こんなんいうと取ってつけた感じになっちゃうんだけど、実はあたし、前々から野並奏海ちゃんには興味があったんだよねぇ。あいにく事務所が違うし、向こうも向こうでかなりの多忙を極めていらっしゃるから、なかなか関わり合いになれるチャンスが無かったんだけど、すごいポテンシャルを秘めた女の子だと以前から注目してたわけ。歌唱力鬼高くてダンス鬼上手くてビジュアル鬼強で。そもそもあたし『フロンター』だし」
量子さんがいった『フロンター』とは、アイドルグループ『サクラ・フロント』のファンの総称だ。
まさか量子さんがフロンターでいらっしゃったとは。驚きだ。たしかに『サクラ・フロント』は『チェリーブロッサムクラブ』と比べて女性ファンの比率が多いらしいけど。
テレビにはちょうど、奏海率いる『サクラ・フロント』が映っている。
パフォーマンスを披露する番が来たようだ。
「よっ! 待ってました!」
量子さんがリモコンでテレビの消音状態を解除する。
『(アナウンサーの声)【サクラ・フロント】の皆様には、来週から配信が開始される話題のドラマ主題歌『レジスタンス・モード』をテレビ初披露していただきます。野並奏海さん、この曲の注目ポイントを教えていただけますか?』
アナウンサーから話を振られた奏海が、肩までのショートの黒髪をわずかに揺らして、はい、と応じる。
『この曲の見どころは、激しいダンスです。自分のなかにある殻を打ち破って、気持ちを力強く吐き出そうという想いがこめられています。このような曲を披露することができて本当に光栄です。精一杯、がんばりたいと思います』
元気の良さを前面に出していた優希と比較すると、落ちついた印象の語り口だ。
奏海がしゃべっているあいだ、ぼくは奏海の話を聴きながら、後列のひな壇に座っている優希の様子も同時に観察していた。奏海へのあふれるライバル心を顔に出すことなく、邪魔にならない程度の適度なリアクションを取りながら笑顔を浮かべていた。
曲紹介が終わる。
CMを挟まずに、そのままパフォーマンスがはじまるようだ。
スタジオに『サクラ・フロント』の五人のメンバーが立つ。
センターは奏海。
彼女の顔が、クローズアップで映る。
「うひょ、透明感ヤバ」
奏海の綺麗さを褒める量子さん。
そういえば優希も、奏海のことを褒めるときに『透明感』というワードを口にしていた気が。
同性から見ても――いや、同性だからこそ、奏海の瑞々しさに見惚れるところが大きいようで。
なにか特別なスキンケアでもしてんのかな? 今度聞いてみよっと。
曲が流れはじめた。
暗めの照明のなかで、パフォーマンスがはじまる。
曲調は激しくて、可愛いというよりカッコいいという印象。奏海が語っていたようにダンスは激しく運動量が見るからに豊富で、そんななかでも奏海は安定した歌唱とキレのあるダンスでグループのパフォーマンスを牽引していた。
曲が終わった。
奏海の黒髪は汗で濡れて、頬にはりついていた。
高校二年生とは思えない色気や妖艶さが滲み出ている。普段の奏海とのギャップに驚くと同時に感心。俗にいう憑依型ってやつ。
映像がCMに切り替わる。
ふたたびテレビを消音状態にする量子さん。
ハイボール缶をテーブルに置き、ぼくを見つめてにんまりと。
「……なんでしょう?」
「酒のつまみが欲しいなっ」
酒のつまみが欲しい。
つまるところ、奏海について知りたいってことだろうか。
奏海の話を聞きながら、お酒を美味しく嗜みたいと。
奏海とぼくとの間に、やましいことは何もない。取りたてて秘匿すべきこともない。
普通の幼馴染。
普通のクラスメイト。
それがぼくにとっての奏海で、奏海にとってのぼくで。
「さっきも同じことをいいましたけど、ぼくと奏海のエピソードもまた、取るに足らないものばっかりですよ。それでもいいですか?」
「オッケーでーす!」
量子さんがハイボール缶を握って叫ぶ。
語り部に再就任することになったぼくは、記憶を掘り起こしながら話をはじめた。
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