第21話 死線の灯火

 ――まだだ。

 まだ倒れない。

 倒れてなるものか。


 神谷蓮は血に濡れた肩を押さえながら、再び立ち上がった。

 膝は笑い、視界は揺れている。それでも短剣影灯を手放さなかった。


 黒騎士虚影の黒騎士(ヴォイド・レギオン)は、一歩、また一歩と歩を進める。

 その巨体から放たれる重圧は、まるで空気が鉛に変わったかのようだった。


「……ッ、はぁ……はぁ……」


 肺が焼けるように熱い。

 呼吸の度に肩の傷が悲鳴を上げる。

 だが、その痛みが逆に意識を繋ぎ止めていた。


 ――今、止まれば、死ぬ。


「来いよ……化け物ッ!」


 蓮は全身を駆使し、突進した。

 黒騎士の大剣がうねりを上げて振るわれる。


 ――ガァンッ!


 咄嗟に《影灯》で受け流す。

 だが圧倒的な力に弾き飛ばされ、背中から石壁に叩きつけられた。


「ぐあッ……!」


 肺の空気が強制的に吐き出され、視界が白く弾ける。

 骨が軋む。血の味が口に広がる。


 それでも――立ち上がる。

 立たねば、殺される。


「ッ……まだ……まだだッ!」


 再び黒騎士に飛び込む。

 懐へ潜り込み、渾身の突きを腹部へ。


 その瞬間――


 《影灯》が淡く光を放った。

 黒い刀身に、灯火のような青白い輝きが走る。


「……!?」


 黒騎士の動きが、一瞬だけ鈍った。

 その巨体が、まるで影に引かれるように揺らぎ、赤黒い眼が微かに濁る。


「通れッ!」


 刃が甲冑の隙間を裂いた。

 硬い感触の奥で、確かに肉を斬った感覚が手に残る。

 血とも瘴気ともつかぬ黒い液体が噴き出した。


「やった……!」


 蓮の目に希望が灯る。

 だが、その喜びは刹那に過ぎなかった。


「――――ッ!!」


 黒騎士が咆哮した。

 それは怒り、憤怒、怨嗟――数多の魂の叫びが混じった、耳を裂く絶叫だった。


 次の瞬間、振るわれた大剣が、暴風を伴って蓮の胴を薙ぎ払った。


「……ッぎ……あああああああッ!!」


 視界が反転する。

 熱い痛みが腹部を貫き、全身が宙を舞う。

 壁に叩きつけられ、地に転がる。


 血が止まらない。

 腹から溢れた赤が床石を濡らし、熱が急速に失われていく。


 ……終わりだ。


 全身がそう告げていた。


 黒騎士が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 大剣を構え直し、止めを刺すために。


「……ッ……くそ……」


 蓮は震える手で《影灯》を握り直した。

 視界が霞む。

 意識が途切れかける。

 それでも――最後の一撃だけは、放とうと。


 ――その瞬間。


 視界の端に、淡い青光のウィンドウが浮かび上がった。


 【致命的損傷を確認】

 【対象:神谷蓮 生存判定――失敗】

 【強制介入プロトコル起動】


「……え……?」


 床一面に光の紋が広がる。

 身体が強制的に浮かび上がり、重力が消える。

 黒騎士の剣が振り下ろされる直前、蓮の身体は光に呑み込まれた。


 ――刹那。


 意識が反転する。

 大聖堂も、黒騎士も、仲間たちの悲鳴も――全てが遠のいていく。



 気づけば、白い天井があった。

 消毒液の匂い。

 心電図の規則的な音。


「……はっ……はぁ……」


 蓮は病院のベッドに寝転んでいた。

 身体には傷一つ残っていない。

 だが、腹を裂かれた痛みと恐怖は、鮮烈に残っていた。


「……死んだ……のか……?」


 震える手で胸を押さえる。

 鼓動は確かに生きている。

 だが、あの感覚は――間違いなく、死だった。


 その時、再びウィンドウが浮かび上がる。


 【ペナルティダンジョン強制転移完了】

 【ミッション失敗 報酬没収】

 【生存ボーナス:経験値+500】


「……っ」


 蓮は奥歯を噛み締めた。

 死線の果てに得たのは、屈辱的な敗北。

 だが同時に――確かに《影灯》は、あの怪物を怯ませた。


「……まだ……終わってねぇ」


 蓮は天井を睨みつけた。

 死を突きつけられてなお、心に燃える炎があった。


 小さな影灯のように、消えそうで――けれど消えなかった。




◆◆◆◆

【あとがき】

話数多くて、この人どんなだったっけ?

と混乱しているかと思いましたので、

次話は、登場人物情報の確認となります。

本編では無いので、ご了承下さい。

確認したい!忘れてそう!が有りましたら、

是非、立ち寄って下さい。

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