【1話完結】試作
星雪 白乃
深夜ヱ異形
私は今から、この目で見た真実のみをお話します。
どうか、何も疑わず、ありのままを受け止めて聞いてください──────
☆
私はコンビニでバイトをしており、ちょうどその日は深夜にシフトを入れておりました。
もう日が回った夜更けですし、人は滅多に訪れません。
静かな時間のみが消費されていきました。
ソレはやってきたのは、23回目の在庫確認が終わり、レジの前で暇を持て余していたところでした。
「いらっしゃいま、せ…………」
そこには生首をかかえた、黒いスーツを着た人(のような何か)がいました。
その生首を見る限り、30代前半の短髪の男性でした。
特段強調できるような美貌ではなく、どこにでもいるようなサラリーマン、というような姿でした。
その表情は若々しい様子も疲れ切った様子もなく、ただただ無表情で前のみを見つめていました。
抱えていた体には首の上がありませんし、骨格も男性のようでしたので、その首と体は同一人物なのだろうかと考えていました。
それでも、私は得体のしれない恐怖で体が硬直し、レジの前を通り過ぎていくソレを目で追うことしかできませんでした。
カレは店内をいかにもごく一般的な客のように振る舞っていました。
どの缶ビールを買おうか悩んだり、レジ台にある揚げ物や私の後ろのタバコを見たり、何気なく歩き回っていました。
ただし、カレは絶対に商品には触れていませんでした。
カレの生首を支えるのは、カレの両手だったからです。
カレは生首を大切そうに抱えていました。
例えれば、遺影を持つように、胸元より少し下で、下から手でしっかりと支える。
そうやって持っていたのですから、当然商品を持つことなどできません。
カレはふとレジの前に、私の前に立ちました。
何が起きるのかとビクビクしていると、生首が口を開いてこう言いました。
「フランクフルト、一つ」
極めて冷静で、抑揚もなく、かつ私を凝視して見ていたので、その言葉をそのままの意味で捉えられていませんでした。
「フランクフルト、一つ」
もう一度、カレがそう告げてきました。
その言葉で私は我に返り、ショーケースからそれを取ってはパックに詰めました。
どうやって持ち帰るのだろう。
そんなことを考えつつ、会計の操作をしました。
「198円です、レジ袋は要りますか?」
私がそう聞けば、カレは嬉しそうに微笑みました。
いや、その言葉を待っていたような、獲物を狙うような、そんな笑みでした。
「いえ、要りません。ここで食べるので」
カレはそう言いました。
その瞬間、彼の背中から1組の腕が生えてきました。
衣服を突き破り、レジ台に置かれたフランクフルトへ腕を伸ばしてきました。
パックを豪快に開け、棒を乱暴に掴み、生首へと運びました。
そして、カレはそれをムシャムシャと無心に食べていました。
私はただその光景が恐ろしくて恐ろしくてしょうがなく、呆然と見つめていることしか出来ませんでした。
その間のカレはずっと無表情で、あの狂気的な笑みも消えていました。
いつの間にか、カレはフランクフルトを食べ終わっていて、棒をパックに戻してきました。
そして、背中から生えた腕をスーツのポケットに伸ばして、財布を出してきました。
100円玉を1枚、10円玉を9枚、1円玉を8枚。
ジャラジャラを音を立てながら、乱雑に台の上に置きました。
それを受け取っていいものかと躊躇はしましたが、後で店長に怒られるのは嫌なので、レジにしまいました。
その時、レジから出てきたレシートにやっと気が付き、怖くても渡すことにしました。
「あっ…えっと……レシートです!」
ドアへ向かって歩き出そうとするカレを呼び止めれば、振り向いて答えました。
「ああ、ありがとうございます」
カレはこちらへ近づいて、その紙を受け取りました。
そして、そのレシートを引き裂き、ちぎり、破っていました。
「…あ…………」
私はパラパラと落ちていく紙片を見つめることしか出来ませんでした。
カレはいつの間にか、来店時と同じような2本の腕で生首を抱えている姿になっていました。
そしてカレはそのまま出口から去っていきました。
私はありがとうございましたの挨拶も出来ず、夜闇に消えるソレの姿をずっと見送るだけでいました。
【1話完結】試作 星雪 白乃 @H0shiyuk1__
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