RINA 

大善山

第1話   闇バイトの罠

第一話 闇バイトの罠

 埼玉・武蔵浦和。午後の曇天は重く、街路樹の葉がじっとり湿っていた。

 その空気の中、十八歳の小野晃毅(こうき)は、スマホを握りしめていた。

 アルバイト募集アプリの画面には、眩しいほど高額な報酬が並ぶ。

「一日三万円……報奨金あり。交通費全額支給?」

 画面を見つめたまま、呟く。

 母は数年前に亡くなり、父は研究所に籠りきり。家計を支えてくれているのは姉・リナだった。服飾店スタッフとして働き、朝も夜も笑顔で頑張っている。

 ――そんな姉に、負担をかけたくない。

 その一心で、晃毅は“闇バイト”という言葉を深く考えなかった。

「やるしかねえよな……」

 駅前で待ち合わせた連中は、同じくらいの年の若者ばかりだった。

 だが、彼らの目は妙に虚ろで、口数も少ない。

 黒いワンボックスに乗せられ、目隠しをされる。

「はいはい、これからが仕事な。余計なこと考えずに指示だけ聞け」

 ドスの利いた声。

 晃毅の胸に、不穏なものが広がる。

 連れて行かれたのは雑居ビルの一室。二十人ほどが机に並び、電話やPCでひたすら詐欺を繰り返している。

 逃げ出す隙など、どこにもない。

 だが、晃毅はある時、外へ出される瞬間を掴んだ。

 老人から現金を受け取る役にされ、銀行前で車から降ろされたのだ。

 紙袋を渡される直前――晃毅は走った。

 脇目も振らず、全力疾走。

 背後から怒号。車のドアが開く音。

 必死に走り抜け、街の雑踏に紛れ、どうにか振り切った。

「……はぁ、はぁっ……!」

 逃げ込んだ先は、姉・リナのアパート。

 玄関を開け、床に崩れ落ちる。

「コウキ!? どうしたの、その顔!」

 シャワーから出たばかりのリナが駆け寄る。

 晃毅は涙交じりに状況を吐き出した。

「闇バイトに……気づいたら、詐欺の手伝いを……逃げられないんだ! もし通報したら……殺される!」

 リナは奥歯を噛みしめた。

「バカね……どうしてそんな危ないのに……」

「知らなかったんだよ! 日給三万って言われて……!」

 二人の会話を遮るように、インターホンが鳴った。

 晃毅は反射的にモニターを覗く。

 ――宅配ピザ。

「やっと来たか……腹減った」

 だが、その後ろ。

 黒スーツの男たち四人が、じっとカメラを見上げていた。

 ドアが開く瞬間、部屋に土足で踏み込む影。

「よォ、兄ちゃん。元気そうだな」

「――っ!」

 晃毅は声を失い、リナは驚いて叫んだが、口を塞がれる。

 黒いワンボックスに押し込まれる。

 ピザ配達員は金を握らされ、恐怖のまま立ち尽くすしかなかった。

________________________________________

 車が止まったのは、見沼田んぼ。

 外灯もなく、夜の闇は深い。

 男たちがスコップを取り出し、土を掘り始める。

「……ここで終わりだ。二人まとめてな」

 袋を被せられた頭の中は暗闇。

 リナは必死に暴れるが、腕は縛られ、声も出ない。

 土の匂いが鼻を刺し、冷たい粒が肌を叩く。

「やめろ! 姉ちゃんに触るな!」

 晃毅の叫びは虚空に吸い込まれ、笑い声でかき消された。

 スコップの音。

 土が崩れる。

 覆いかぶさる闇。

「埋めちまえ」

 最後に聞いた言葉だった。

________________________________________

 ――翌朝。

 農道を犬を連れた老人が歩く。

 犬が突然、激しく吠え、茂みへ駆け込んだ。

「どうした?」

 犬が掘り返した土の中から、青白い指が覗いた。

 そして、かすかに動いた。

「人だ! 誰か、救急車を――!!」

 遠くでサイレンが鳴り響き始める。

 リナと晃毅の運命は、ここで大きく動き出す。


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