転生劣等貴族 〜俺だけ成長システムが見えている〜

ピコ丸太郎

劣等生アレン

第1話 プロローグ

 血の匂いが充満していた。

 石造りのダンジョンの奥深く、俺――アレン・フォン・ローレンスは、肩で息をしながら剣を構えていた。


「……はぁ、はぁ……来るなら来いよ……!」


 目の前で蠢くのは、常人なら一目で気を失うほどの魔獣。全身を覆う黒鱗、牙は鉄をも砕き、赤い眼は俺を捕食するために爛々と輝いている。

 その背後には、震える仲間たちの姿。守らなければならない。


 けれど、数年前まで俺は――



 俺の名前は佐藤直樹。

 日本でただ働き続けるだけの、冴えないサラリーマンだった。


 朝から終電まで。書類に追われ、理不尽に怒鳴られ、休日は眠るだけ。

 恋人もいなければ、夢もない。

 気づけば三十路を目前に、体は疲弊し、心は擦り切れていた。


 ある夜、歩道橋でコンビニの缶コーヒーを片手に空を見上げていた時だ。

 トラックのヘッドライトが視界を覆った。

 刹那、思った。

「これで……やっと楽になれるか」

 後悔はなかった。ただ、虚しさだけが残った。


 ――そして、気づいた時。俺は赤ん坊として産声を上げていた。



 転生先の名はアレン・フォン・ローレンス。

 侯爵家の分家に生まれた、貴族の子。


 最初こそ華やかな未来が待っていると思った。

 けれど成長するにつれ、現実は残酷だった。


 剣を握れば手から滑り落ちる。

 魔法の詠唱を試みても、火花ひとつ散らない。

 妹のリリアは幼いながら風魔法を自在に操り、従兄弟のルークは炎を呼び出す天才と讃えられていた。


 俺は……才能ゼロ。

 周囲から浴びせられるのは、冷たい視線と蔑みの言葉ばかり。


「凡人以下の落ちこぼれ」

「無能貴族」


 前世と同じだ。

 また俺は、何も残せず終わるのか――そう思った。



 だが、その日。

 俺だけに“それ”が見えた。


〈ステータス〉

名前:アレン・フォン・ローレンス

年齢:5歳

体力:12/12

魔力:0/10

敏捷:6/8

運:1/1

経験値:0/50


 ……ゲームのような“数字”。

 小動物を仕留めたとき、経験値が加算された。

 そして、数値がわずかに上がった。


 凡人に才能はなくとも――努力と経験値で、積み上げられる力がある。



 さらに運命を変える出会いがあった。

 月明かりの裏庭で現れた少女。


 銀の髪。夜風に揺れる獣の耳。

 挑発的な瞳を向けてきたその姿に、息を呑んだ。


「あなた……凡人じゃないわ。面白い」


 彼女の名はセリナ。

 人と獣の血を引く、美しい少女。

 俺と同じ“異端”であり、俺の秘密を見抜いた存在だった。


 彼女は俺をからかい、時に妙に近い距離で心臓を跳ねさせながらも、確かな強さを教えてくれた。

 俺は初めて、自分が変われるかもしれないと思った。



 だが、貴族社会は甘くない。

 天才を気取る従兄弟・ルークは、ことあるごとに俺を嘲り、排除しようと仕掛けてくる。


「無能は不要だ。俺がこの家を継ぐ」


 家族ですら俺に期待を抱かない。

 魔力測定の儀で“ゼロ”と判定され、嘲笑が渦巻いたときでさえ。


 けれど――俺のステータスだけは裏切らなかった。

 ゼロと判じられた瞬間、新たなスキルが芽吹いたのだ。


〈新スキル:自己強化(Lv.1)を獲得しました〉


 誰も気づいていない。

 俺だけが持つこの力で、必ず世界を見返してやる。



 そして今――。


「はぁっ!」


 剣を振り抜き、魔獣の前足を切り裂く。

 スキル“自己強化”を発動した体は、以前の俺では考えられない速度で動く。


「アレン! 後ろ!」

「分かってる!」


 仲間の叫び。迫る爪。

 だが、俺はもう凡人じゃない。


 経験値を積み、レベルを上げ、這い上がってきた。

 無能と笑ったやつらを――俺は、必ず超えてみせる!



 凡人と呼ばれた貴族の少年、アレン・フォン・ローレンス。

 才能ゼロから始まる成り上がりの物語が、今始まる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る