極楽へのお薬

@19910905

第1話

雨の降る夜、都会の小さなクリニックで、新薬「セレニティ」が処方された。

 患者の高橋は、慢性的な不安と鬱に悩む30代。医師は低い声で説明した。

「この薬は、服用すると精神が完全に安定します。ただし……副作用として、意識の奥底にある『死への渇望』が強まることがあります」


 高橋は笑った。

「それなら、安らかに眠れるということですか」


 薬を手に取る指が、微かに震えた。

 ラベルには「完全安定」とだけ書かれている。注意書きは一行もない。


 夜、彼は薬を一錠口に入れた。

 最初は何も変わらない。だが、徐々に頭の中の雑音が消え、心の奥が空白のように澄んでいく。

 それと同時に、淡い声が聞こえた。

「もう、解放されてもいいのではないか……」


 高橋は微笑んだ。眠るように安らかに、すべてを終わらせる決意を自覚する。

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