道に迷った

岡部龍海

道に迷った

 ある日、遊びからの帰り道を辿っていた。

すると、いつもは右だけだったはずの曲がり角が、不思議なことに左にも曲がり道があった。

彼は気になり左の道へ入ってみることにした。

しかし、新しい道かと思いきや、道や両脇の建物にはかなりの年季が入っていた。

そしてなんとも言えないこの薄暗さとまるで全てが廃墟かのような静けさに鳥肌が立つ。

薄暗く、ほとんど視界が見えない。

そして一歩、また一歩とゆっくりながらも確実に進んでいく。

しかし異変に気付く。

いくら進んでも虫やネズミすらいないどころかまず人のいる痕跡すらなく、全てが綺麗でまるで周辺の人たちが一斉に引っ越したかのように跡形もない。

ただただ建物が飾りのように置いてあるだけのように見えた。

ただならぬ空気に怯えた。

「これはおっかないところに入ったな」

彼は引き返すことを決めた。

進行方向を後ろに向け、早足で進み始める。

何分歩いただろうか、すでに元の場所に戻ってもいい頃だが、まだ道は続いていた。

歩いていると少し開けた場所に出た。

目の前には、水は出ていないが確かにそこにはレンガでできた大きな噴水があった。

「こんなところあったっけ?」

彼は先ほど歩いている最中は噴水を見ていなかったため、道を間違えたと思った。

そして、噴水の反対側に道が続いていたので、「いつかは出れるだろう」というメンタルでどんどん進む。

次に現れたのは大きな行き止まりの壁だった。

目の前の壁は、周りの建物より異常に白めで、この壁だけどこか新しい感覚があった。

この壁にどこか冷気を纏っているような気がした彼はさらに恐怖を感じ、寒気と同時に大量の汗が額を撫でる。

とうとう彼は立ち止まり、膝をついた。

そして疲れた彼は、脇の建物の壁に寄りかかり、ゆっくりと腰を下ろした。

そのまま彼は身に任せるように彼は眠りについた。

「これは悪い夢だ」

そう言い聞かせて。

どれほど寝たか。目を開けると、まだあの道に座っていた。

暗く誰もいない静かな街の道。

早くなる心臓の鼓動を体全身で感じた。

彼はゆっくりと3回深呼吸をし、冷静になって考える。

「進んでも進んでもずっと同じような風景であり、同じところを進んでいるように錯覚までしてくる。」

「視界が薄暗く、30メートルほどから先がほとんど見えない。」

「そもそも人すらいないし、出口がわからなくなった。」

一つの考えが彼の頭を過ぎる。

「神隠し」

神隠しとは、神が人を隠す。人が突然行方不明になった時に「神に隠された」と解釈することを言う。

最初はそんなことはないと思っていたが、次第に頭の中で神隠しを信じ始めた。

それを考えることしかできなくなった彼はとうとう絶望した。

実際のところ神隠しがどういうものかはわからないが、これ以上の情報がないため、今のところ神隠しが原因で、出る方法は無いという答えが出た。

「答えが出ない限り、ただ進むしかないな」

そう決心し、彼はとにかく壁から遠ざかるように戻るように歩く。

先ほど通った噴水を通り過ぎ、見覚えのないようなあるような道や曲がり角を次々と進むが、案の定出口に向かっているようには思えなかった。

そして歩いているうちにもう一つ不思議なことに気が付いた。

耳を澄ませてよく聞いてみると、道の奥の方向から微かに足音がするのである。

それは、彼が歩くたびに音が重なっているように聞こえたため今まで全く気付かなかった。

大きく足音を立てると瞬時に同じ音が奥から帰ってくる。

また、彼が素早く足踏みをすると、同じタイミングで同じ速さで音が返ってくる。

彼はもっと悩んだ。

奥に何かしらの壁があるり、音が返ってきているのか。

それとも

少し先に同じことをしている自分がいるのか。

その途端に背筋が凍った。

だとしたらその先にいる同じ自分はなぜ同じ動きをするのだろうか?

もう一つの考えに辿り着いた。

「この道の奥に自分自身がいるのではない、おそらくこの世界は狭くて小さいんだ。ここには自分しかいないからほとんど自ら発した音しか聞こえない」

そう思い、検証するために道に満遍なく綺麗に敷かれているレンガを一つ取った。レンガの間に隙間ができ、その隙間のすぐ脇に取ったレンガを一つ積んでおき、そのまま歩き始めた。

道の曲角にも同じようにレンガを一つ取り脇に積むという作業を繰り返し行った。

噴水の場所にも来たのでその周辺にも二箇所ほどレンガを取っては摘んだ。

次の曲がり角が見えると、確かに彼が積んだレンガと隙間があった。

そして角を曲がり、その進んだ先の曲がり角にもレンガが積んであった。

「やっぱりだ。」

彼はこの世界は狭く小さいと確信したのであった。

しかし、ここからが彼にとっての問題であった。

彼はこの世界は狭く小さいということを自分の行動で示すことができ、とても喜んでいた。

この成果を誰かに伝えたかった、しかし、残念ながらここには誰もいない。

そう、彼は世界のことを自分の手で知ることができたが、結局一番肝心な「この世界からどう脱出することができるのか」を考えていなかったのである。

しかし、この小さな喜びが彼にとっての確かな希望の種となった。

少しの間彼は世界の構造の一部を自分自身で発見した成果の達成感に浸れることになる。

彼は一旦座り、空を見上げるとそこには暗く、そこで一生懸命に自分たちを輝かせている星々があった。

しかし、その真ん中には星々よりさらに大きくまんまるで、そして煌々と輝く月を見て言った。

「上には上がいるんだ」

月と星を比べながら浮かれて意味深なことを述べる彼だった。

と、そんな浮かれた状態は長く続くはずもなく。

やはりすぐに寂しくなり、沈黙してしまう。

その時、まだこの世界から脱出する方法が見つかっていないことに気付き、少しずつ笑顔が消える。

ずっと歩いていたため、もうもかなり疲れていたのである。

そのため足も思うように動かない。

そして彼にもう一つの試練が訪れる。

「お腹が痛い……」

突然お腹を壊したのだ。

というのも現地は夜でありとても冷え込んでいたため、お腹が冷えて痛くなったのである。

焦った彼はトイレを探すために歩き始める。

「こんなに建物があるならどこかにあるはずだ……」

しかし、いくら歩き回っても、どこを探してもトイレが見つからない。

ここで……というわけにもいかない。

どうすればいいのかわからなく、次第に動けなくなり、やがて腹痛は最高潮に達し、とうとう立っていられなくなった主人公は呻き声と共に地面に叩きつけるように倒れた。


「もう、限界だ。誰か……助けてくれ。」

視線を感じ、空を見上げると、月の模様が顔になっているように見えた。

それは、いかにも愚かな者を眺めるかのような皮肉な目つきと歯をくっきり見せた笑みだった。

今までにないほどの恥ずかしさと湧き出る悔しさと共に涙が出た。

その時から彼は月に馬鹿にされている。そして月に監視されていると思い始め、だんだんと自分の中でここから抜け出す気力がなくなってくる。

そんなことを思っているうちに腹痛がほとんど治っていたようだった。

「今だ」

彼は、月に見られている感覚を意地で封じ込み、立ち上がって駆け足で進み出す。

早く元の世界に戻りたい。

そんな思いで必死に出口のわからない道を必死に進む。

どんなに方法を考えてもどんなに進んでも自分の中にはもうこれ以上考えることができなかった。

「ここから抜け出せる方法は、どこにもないのかもしれない……」

かすかな希望をもとに行動してきた彼であったが、これ以上行動するだけ無駄だと感じた。

そしてちょうど目の前に周りの建物より異常に白めの大きな壁が現れた。

すでに抜け出す気力を失っていた。

その壁に寄りかかり、空を見上げる。

先ほどの月の模様はさっきよりも楽しそうな笑顔になっていたようであった。

そして夜空を見上げながらゆっくりと座り込んだ。

「なんで俺なんだろう」

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道に迷った 岡部龍海 @ryukai_okabe

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