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  • 難しいことはわかりませんが
    本を読まなくなった
    手紙を書くことが必要なくなった
    というのも一因しているように思えます
    あれっ ポイントずれてる

    自由かあ
    高校の頃自由気ままに要領良くやってたからなあ
    娘もさぼってたけど
    あの頃とはまた違うのやろね

    作者からの返信

    オカンさん
    サブスクが始まって、漫画ではなくアニメを見始めたことも読解力低下の一因だと思います。
    それから、LINEなどのSNS。
    みんな単語で会話しています。

    国語の授業もね、グループワークが多いんです。
    先生は教えなくて、子どもたちに考えさせるの。
    わたしは失敗だと思っています。

    今、高校生も自由ではないかもしれません。
    総合型の入試が始まって、高校の内申点が必要になるので。
    内申点、3.0以上、もしくは3.8以上でないと受験出来ないとこも多いです。

  • コメント欄がすごいことに😳
    私は難しい見解を書くことが出来ませんが、リアルタイムで感じている身としては
    勉強の仕方ひとつとっても、子供によって本当は分かりやすい教え方は違っている。

    先生を見ていても、子供と一人一人向き合おうとしてくれる方もいれば
    勉強や日々のノルマをこなすことでいっぱいいっぱいな方もいらっしゃいますね😅

    高校まで行くと、それぞれ自分に合った学校を見つけられるかも知れませんが……まず小学校は難しいかな💧
    私も家で、勉強や友達との付き合い方などを教えていますが🫠それだけで家事が疎かになります。

    思考力、という点において
    妖精と話すとき、よっぽどの悪についてはハッキリと「悪い事」と伝えますが
    例えばイジメの話、お友達の親の離婚の話などについて尋ねられた時には……総合的に話した上で、本人がどう思うのか考える余地を残すようにしています。
    (出来れば学校で、家で、それ以外の環境で、多角的にかんがえられる頭に育つような教育が出来たら……日本という国が色んな面で、未来が明るくなりそうですね😌✨)

    作者からの返信

    ヒニヨルさん
    小学校はねえ、長かったです、とても。
    しんどかったなあ。
    息子たちも「行きたくない」があったので、週に一回くらい休ませていました。
    全部行かないってなると、社会性が育たないので。
    ごまかしながら行くのがいいかなって思って。
    でも、週一回休むと「不登校」のくくりに入るんですね(笑)。
    本人はそう思っていないけど。

    先生は残念な方が多かったです。とても。
    ほとんど「先生にいじめられませんように」と祈る気持ちで学校に行かせていました。
    先生が何よりも恐怖でした。

    先生の質が向上したら、もっと子育ても楽になるのになあって思います。
    先生にいじめられる心配をしなくてはいけないのって
    やっぱり間違っています。
    先生は、いい子の女の子が好きな人が多かったです。
    或いは、元気で明るくムードメーカーの男の子。
    うちはそういうタイプじゃなかったんだよね。

    子どもと向き合っていると、仕事は出来ないと思います。
    少なくとも、わたしはフルタイムの仕事は出来ませんでした。

    子育ての負担の多さは、学校教育の無力さにつながっているので
    ここがもっといいといいのになって思うのです。
    わたしが住んでいる地域は、ほんとうに
    「学校は遊ぶところ。勉強は塾で」とみんなが言っていて、
    高学年で塾に行っていない子は、1パーセントくらいだったと思います。
    習い事していない子は皆無です。

    送迎や塾代の負担はとても大きいです。
    どうしてこんなことになってしまったんでしょう?

    ヒニヨルさんの言う、いじめの問題。
    難しいですよね。
    でもわたしも、「どうしていじめるのだろう?」ということは
    息子といっしょによく考えました。

  • こんばんは。コメント失礼します。例えば、地頭の良さって机の上の勉強や、受験勉強では身につかないですものね。テストのための勉強、とか、通信簿を5段階評価するのも前々から疑問でした。規則が多いのも、日本の学校の特色なのでしょうね。。
    保守的な国民性は、教育にも現れているようです。出る杭は打たれるし。だから個性や、多様性が潰されていく気がします。

    作者からの返信

    the memory2045さん
    コメントありがとうございます!
    出る杭は打たれる
    日本って、ほんと、そうですよね。
    先生という人種は、頭のいい子は嫌いなんです、実は。
    少し頭がよくて、明るくて運動が出来る子の方が好き。

    テストはね、コツだと思っています。
    でも、今の子たちは、学校に行き部活をし、塾に行く。
    学校からも塾からも宿題がいっぱい出ていて、やることが多すぎて
    何が大事かわからなくなっている。
    そんな印象を受けます。
    思考力が育つはずはありません。
    入試に評定が必要だし。

    多様性多様性なんて、ほんと、口先だけの気がします。

  • 教師らで

    アクティブ何ちゃら

    やってみよ





    げん😃

    ※良い結果に繋がらないことが分かるでしょう

    作者からの返信

    森緒源さん
    ほんと、そうだよねー
    中1の数学で「グループで話し合って問題を解く」らしいけど、
    何を話し合うの?
    それよりも、一問でも多く問題解いた方がよくない?
    別にいいけどさ。

  • まぁ今の教師自体がそういう教育を受けて育って来てますからね

    とはいえよく今の学習方法はアレと言いますが、かといって今50代60代の人間が最初から今のガkゲフン! 子供を育てても、今の30代40代の様にしか育たないですし
    冒頭で出てきたフィンランドの話が理想の様に言われてますが、全ての其の教育を受けてきたフィンランド人が聖人君主の様な考え方と理想の生活をしてるのかと言われたら……でしょうし

    教育に正解など無いのかもしれません 少なくとも52歳の自分は大学は勿論塾など行ってませんが面白楽しく生きてこれたつもりですし^p^

    作者からの返信

    あるまんさん
    何歳であっても、それが仕事なら常にあるべき姿を考え、そうすべきだと思います。
    フィンランドが理想とは書いたつもりはないのです。
    変な書き方していたらすみません。
    わたしは、日本の「読み書きそろばん」が、実は最高なのではないかと思っているので。

    学校が変だと、親が大変なんです。

  • アクティブラーニングさえ従来の定規で評価しようとするから結局行き着くところは同じになってしまいますね。以前注目を浴びた秋田県の家庭学習ノートが日本において一番成功例に近いと思いますが、あれも振り返りだの時間の記録だの余計な縛りがあって、それさえも邪魔な要素だなと思っていました。

    近隣の公立中学なんてワークで丸が一つつけ忘れてたら評価がBなんてトンチンカンなことをいつまでもやっています。それは習熟度の評価ではなく事務能力を評価しているということにさえ気付けない。

    知ることや考えることは楽しいという本来の学びの楽しさを日本の学校教育に求めるのは今のところ無理なので、おうちでの会話や学習支援が豊かな学びにつながるように働きかけるしかないですね。

    作者からの返信

    あしわらんさん
    そうなのですよ!!!!
    アクティブラーニングも、従来の定規で評価するんです。
    そして、アクティブラーニングをしながら、漢字をたくさん書かせる課題があるの。
    な・ん・で!!!!!

    秋田県の家庭学習ノートは、あれ、文字を書くのが苦手な子には苦痛だと思います。
    出来る子にはいいけれど。
    もっと、個別に対応した授業が出来るってわたしは思うんです。

    近隣の効率は100点とっても5がつかないんですよ。
    振り返りシート全部書いていないから。
    謎ルール!!!!!
    〇のつけ忘れなんて、ほんとうにくだらないです。

    知ることや考えることは楽しいはずなんです。
    そうなんです!!
    そういうのが伝わるような授業して欲しい。

    そもそも先生が「勉強はつまらなくて大変」って思っているから、まずそこを改めて欲しいです。
    ほんとうに。


  • 編集済

    私見ではありますが、かたってみます。

    私は学校というのは本来、一般社会にでるための基礎訓練施設だと愚考しておりました。

    1)凝縮された人間社会の構造と過ごし方を体験により学びながら、高等教育に必要な基礎学力を身に着ける。

    基礎なので退屈だろうが反復練習は必須、子供というのは体験が多すぎて、ある程度幅のある記憶強度でなければ、別のもっと華やかな遊びで埋め尽くしてしまい学習関連の記憶定着がおろそかになりやすいのです。(ですので私は帰宅してすぐより、寝る前に積極的にできるなら、学習時間として効果的なのではないかと思います。いやいやではあまり意味がないでしょうけれども)
    忘れやすさについては年を取った今なら実感できるのではないでしょうか、育ち盛りの子供だからといってちがうということはありません。知っているはずのことを繰り返すというのは、定着をしっかりさせるためなので、それを作業で終わらせてしまっている現状が一番意味がないと思っています。子供になぜ、それを行うのかという意味を認識させていないのですから。

    2)基礎体力の育成と運動能力の向上のための基礎指導をおこない、各種簡易なスポーツの基礎を体験させ、興味を持たせる。

    育ち盛りだからこそ、体を動かし、筋骨にある程度の負荷をかけ、成長を促す必要があります。特に今の子供は、ただでさえまともに歩く機会さえ失いつつあります。体育の授業だけで筋肉痛になるような…そんな子もわりといるのです。

    3)ある程度のストレスをかけた環境で罰則自体はないかゆるめ、だけども多めのルールを課してそれに順じ、守る練習。そしてそれをこなすことで得られるメリットを実感すること。

    社会に出れば保護者に責任を負ってもらうことはできなくなります。なので、法律レベルではなくあくまで校則というなのルールをまもることで、ルールの大事さを学ぶ。そしてそれがどれだけ自分や周囲を平穏にするためのメリットになっているのかを知る。
    なにより、理不尽なルールも存在することを体験し、なぜ、を考える機会を与える。必要なら変えることも可能だと(生徒総会とか、今どれだけやっているのかは存じておりませんが)認知させる。
    そして、働きかけをしなければ、ルールというのは一部にとってのみ有用で、大多数にとっては理不尽なままなのだと思い知らせる。

    これらが自分の見解です。現状にあってない所も多々ありますが。

    問題なのは、ほかの方のご感想にもあった家庭格差ですね。最低限の基礎教養(これは学習力というだけではなく家庭の外で過ごすための行動把握のほうが重要です)、経済格差による食育関連、こういったものを家庭は学校に求めすぎです。 本来、親が行うべし、とあった責任や義務を放棄している方々のなんと多いことか(西さん家は立派な皆さんだと思っております)

    あと政府や教育委員会も好き勝手に権力遊びしてるだけで、肝心の子供たちへの義務責任をほとんど放棄して、現場へ丸投げしている現状がひどい。(これが今の一番の悪環境の原因だと思っています)

    自主独立な自由な思考は、子供やご家庭が各自で必要と思えば求め与えるもので、学校がそれをカリキュラムでいれなくてはいけないほど、一般家庭でそれを行わなく(もしくは行えなく)なっているから、だとも考えています。
    学校(小中義務教育)はあくまで基礎教養基礎技術を学ぶ場であって、各自の発展まではサポートはしても、メインにする余裕はないはずなのです。基礎だけで手いっぱいなはず。

    高校以上についても 本来は専門教育に向けて自分の人生を選ぶ場であって、とりあえず行っとけばいいなんてならむしろ行かせるべきではなく。学びたい、もっと先の人生のために努力したいという人のために枠を空け、予算資材を集中させるべきだと思っています。たった15,6で人生決めるの…ではなく、これからさきの何十年の基礎を積む時期なのですから。それを真剣に理解し、実感できる人にこそだと思うのです。知識技術は力なのだときちんと子供本人に理解させておくこと、これは親と学校、双方への最重要責任だと思っています。

    楽だけしてすごしたいならどうぞご自由にでいいじゃないですか。そのために無駄に時間を使う必要はないです。ほしいという人にだけ与えるべきだと思います。

    もちろんこれは極論なので、中間のなんとなく過ごせば、なんとなく社会に参加できるようになるレベルの簡単コースもあってもいいかとは思います。

    ながながと失礼いたしました。

    作者からの返信

    たろささん
    力のこもったコメント、ありがとうございます!
    お返事が遅くなってすみません。

    わたしは、義務教育期間は、その後の高等教育のための基礎作りだと思っています。
    ゆえに、アクティブラーニングではなく、まずは基礎力をつけるべきだと考えています。
    しかし、その基礎力をつけることが出来ない教員のなんと多いことか!
    反復も大事ですが、それは決して漢字をたくさん書かせるとかではないと思うんです。
    たくさん書かせると、それは学習ではなく作業になってしまいます。
    作業と学習は違うものだと、わたしは思います。
    どのようにしたら記憶が定着するか。
    そこは、工夫が必要だと思います。

    身体を動かすことは大切ですね!
    ただ、わたしは体育がとても嫌いだったので、えへへっていう感じですが。
    体育は大嫌いでした。
    思うに、先生という人種は勉強が出来る子よりも、
    運動が出来て、体育祭を楽しめる子の方が好きですよね。

    ルールの大切さ。
    これは、意味のあるルールだといいなあって思います。
    そして、近頃は家庭でしつけが出来ないようなので、
    そこもやらねばいけないのかもしれません。
    ただそれは、別の先生が必要かなあって思います。

    自由な思考を育てる授業。
    今の学校は、基礎部分を飛ばして、思考力思考力と言っているように見えます。
    基礎力なくして、発展的な学習は出来ません。
    自由な思考も出来ないと思います。
    そもそも、「自由」と言いながら、自由ではないのです。
    そこにある程度、明確な答えを求めている。

    グループ学習も「教え合い」がいいと言いますが、
    結局、出来る子が全部やって、他の子は写すだけなんです。
    それのどこが自由な学習でしょう?
    そもそも、プリント学習にグループ学習は必要なんでしょうか。
    意味が分かりません。

    教室でただ座っていれば過ぎていく時間があってもいいはずです。
    それが常に「話し合い」「グループ学習」になると
    学校に行きたくなくなる子も多いと思います。
    そもそも、クラス内の人間関係が良好でないと、「話し合い」も
    「グループ学習」も無意味です。
    ヒエラルキーの中で自由な発言なんて出来ません。

    話が逸れてしまいました。
    自由な思考は、家庭で育めばよいと、わたしは思います。
    高校生くらいになったら、自分でも出来るはずです。
    義務教育の間は基礎力に力を注ぐ。
    それが、大学くらいで花開くのではないでしょうか。

    高校は、いろんな高校があってもいいと思います。
    大学の入り口の学校があってもいいし、
    或いは、専門的なことを学ぶ学校もあっていい。
    はたまた、職業訓練校みたいな学校でもいいと思います。

    そういうふうに変わっていかないかなあ。
    ……無理だろうなあ。

    長々と、直接的なお返事ではないことを書いてしまいました。
    うちは全然駄目ですよ。
    毎日反省しています。
    何が正しいか、全然分かりません(涙)。

    ただ、特に小学校には本当に失望しました。
    もう少しなんとかなると、子育てもしやすいのに、と思います。

  • 結論。公教育に自由を求めても、ましてや自由な思考力の養成を求めても、期待するだけ無駄でしょう。公教育は道具として、ただ賢く利用するべきものでしかありません。

    おっしゃる通り、公教育って軍隊のためのもののです。そもそも封建国家が国民国になるってことは、一部の騎士とか武士だけでなく国家が総力を挙げて戦争(守る方であれ攻めるほうであれ)出来る体制のこと。つまり国民皆兵で近代戦を戦えるってことです。結局は軍隊のための発想なのです。教育にはお金がかかりますが、祖国を守る軍隊のためという大義名分ならお金もかけられますもの。ついでにだから女子教育は後回しにされがちです。

    戦後、軍事目的のための教育ではなくなりますが、復興のための産業に役に立つためという大義名分で、やはり規格化された人員、できれば使いべりのしない人員がたくさん欲しいという需要に合った教育がなされます。それは資本主義であれ共産主義であれよく働く都合の良い人員が欲しいわけです。なんだかんだ言っても経済力、お金儲けは大事。でも、ここを嫌って妙な理想に走って人間の生活が成り立たなくなるような無茶苦茶な政策をとった国ではたくさん人が死にました。

    公教育、ただほど高いものはないのかもしれません。所詮、国家にとって都合の良い人員の養成に投資しているだけです。

    いま公教育で「思考力を」とか言い出しているのは、「人員」ではなくそういう自由な思考ができる「人財」を経済力のため、まあお金儲けのために国家が求めだしたからです。でも無理です。そんな国家が求めるレベルの高度な思考力を養成しすることを目的とした教育を全児童・生徒にたいして試みても、多くの子供はそんな思考力も身につかず、基礎学力も低下するでしょうね。多くの子供が落ちこぼれてもいいから、自由な思考ができてがっぽがっぽ大儲けができるIT起業家のようなエリートが欲しい、そういうこと。

    でも、そんな自由な思考力を持った人財を育てられる人員がそもそも教育の場に(そして社会にも)どれほどいるでしょうか。多分そんな自由な思考ができる人財は教師にならないのでは。そしてそんな人財は簡単にお国の言いなりになるものですかいな。どっちにしろ失敗でしょう。

    公教育はないよりましです。とっても必要です。でも、絶対に必要でもありません。公教育では学びの機会をただ賢く利用するべきものでしかないと思います。公教育に理想を求めても無駄なのではないかと思います。

    やむないこととはいえ、お子さんたちにとっての理想の教育環境は、しまこさんの家庭にこそあったのだと私は思います。

    作者からの返信

    土岐三郎頼芸さん
    いつも力のこもったコメントをありがとうございます。
    毎回、大切に読ませていただいています。

    おっしゃること、いちいちもっともだと思って読みました。
    学校はいまだに軍隊のようです。
    学校見学して、がっかりしました。

    子どもたちの大半は、少なくとも義務教育の間は、思考力が育つとは思えません。
    それよりも基礎力を身に付けないと、今後大変です。
    分からない地点に戻って、その子に必要な生きる力をつけてあげるべきだと、わたしは思うのです。

    わたし、親が安心して通わせられる公的機関の学校があったら
    子育てはもっとずっと楽になるのになと思ってやみません。
    家でも出来ることはある。
    だけど、本当に大変なんです。
    一人で全部抱え込んでしまうので、これでよかったのだろうか
    もっと違うやり方があったのではないだろうかと葛藤します。
    何か悪いことがあると、全部自分一人が悪いように感じます。
    少なくともわたしはそう思ってしまいます。

    学校の勉強は心配だからと塾に行かせています。
    多くの家庭は。
    そのため、教育費がかかるのです。
    公立高校の無償化なんてやっている場合じゃないんです。
    それよりも、小学校・中学校の教育の質を上げるべきなんです。

    無償化の方がずっと楽だからそうしているだけに見えます。
    無償化にするから、それ以上のことは各家庭でやってね、と。

    わたしは、子育て手当てを現金でばらまくのも、
    高校の授業料無償化も給食費無償化も、
    本質を見えなくさせる、めくらましだと思っています。

    ほんとうに大切なのは、義務教育の教育の質をあげること。
    安心して任せられる教員を配置すること。
    これだと思います。

    特に小学校はひどくて、息子たちが通った12年間の間に
    いいなと思った先生は4人くらいです。あり得ません。
    ほとんど「先生にいじめられませんように」と学校に行かせていました。
    (まあ、休んでいたけど。自覚なかったけど、不登校レベルで。
    でもだって、行く意味なくない? と思っていたので)

    学校がこんなに信頼がおけない場所であることは、ほんとうに悲しいことです。
    そしてそれが少子化の大きな原因であるとも、わたしは思っています。

    義務教育では、その子に合わせた基礎力をつける教育をするとよいと思っています。
    わたしは出来ると思います。
    出来ないのは、怠慢だとも思います。

    でも教員がそんなこと、望んでいないんですよね、結局。
    大半の先生が「言うことを聞くいい子」が好きだなって思います。


  • 編集済

    教員の資質の問題は、現場教員もわかってるし、どうにかならんかなって思っているよ。
    ただ、絶対に絶対に絶対に口に出せないだけ。
    公務員の発言は公の発言、だから。
    もし公が採用した人材を、公が公に非難したら、公の採用そのものを非難することに繋がりかねない。(変な文章でごめんなさい)だから隠蔽するんです。いろんなこと。面倒だから。

    法律変われってみんな思ってる。
    辞めちゃったから言えるけど。
    現職の人は言えないと思う。

    あと、それ以前の問題のおうちが多いんです。
    経済的にも、モラル的にも、最近は国際問題も多くなっていると思います。

    ちゃんとしたお家の方には、信じられないようなおうちがたくさんあります。
    思考力の前に生活習慣をどうにかしなきゃやらないおうちがどんどん増えています。

    3者面談に来ないなんて、ザラにいます。
    給食費払わないなんて、うじゃうじゃいます。
    書き出したらキリがありません。

    所得格差が、親側の教育格差がこれだけ広がっている状態で、旧来の一斉教育はもう限界だと思います。

    方法そのものを変えなくてはいけない、それはみんな思ってると思います。でもどうやって?
    それがわかりません。
    考えなくてはいけない時期に来ていると思います。

    長くなっちゃいました。ごめんなさい。
    声を上げていただいてありがとうございました。ムーブメントになったら嬉しいなって思いながら。

    西様がお返事が大変になっちゃうけど…

    作者からの返信

    しゃもこさん
    小学校の先生で、校長も教頭も「あの先生は子供を虐めている」と認識している先生がいて、それでも首にならないんだよ。
    ああ、これは死なないと変わらないし、
    死んでもきっと、変わらないんだなあ、死ぬだけばかばかしい
    と思いました。

    娘が学校でいじめられて、いろいろ頑張ったけれどどうにもならずに
    娘と無理心中した母親の気持ちがよく分かりました。

    学校はいまやしつけの場でもありますよね。
    勉強以前の問題として。
    所得格差はもっと広がると思います。
    お金がある家は塾に行く。でもお金がないと塾に行けない。
    そうして学歴差ができ、所得格差にも繋がる。
    負のスパイラルだと思います。

    わたしは、中学までは基礎固めをすべきだと思います。
    思考力は、基礎があってこそ出来るもので、基礎が無いのに発展的な学習なんて出来ないんです。
    思考力を培うなんて、高校以降で充分じゃないですか。

    小学校のとき、放置子が家に居座る心配がありまして。
    あれ、困るんだよね。
    「うちは大丈夫だから」とか言って帰らないの。
    親は、自分の子が外で迷惑かけているって知らないよね。
    怖いことです。

    学校では基礎力を身に付けされて欲しいです。
    そして、やっぱり個人差を尊重して欲しい。
    そんなの、ちょっとした工夫で出来るはずなんだーーーーー!!!!

    と、言いたいです。

    子どもたちの読解力が低下したのは、読解を教えない国語の授業のせいです。
    また、国語を蔑ろにしているせいでもあります。
    物語から学ぶこともたくさんあるのに、物語は少なくなっているし。
    家で本を読まなくても、教科書で学べばいいとわたしは思うのに。

    ほんと、馬鹿じゃないかと。

  • 学校へ行くだけで大丈夫になってほしいですよね。学校も塾も行って今の子供たちは大変です。しかも中途半派に塾に行って学校の授業を聞かなくていい奴らが他の子の授業の邪魔をする(負のスパイラル?)。

    作者からの返信

    岩田へいきちさん
    ほんとうにそうなんです。
    学校に行っていればだいじょうぶ、な環境にして欲しい。
    「学校では生活を、勉強は塾で」なんて、大変です。
    親も子供も。
    今の子たちはやることが多すぎて大変です。お利口にしていないといけないし。

    授業を聴かないのは、先生の責任だと思います。
    おもしろい授業をすればいいのだとわたしは思います。

  • アクティブラーニングはね、
    まず教員自体がそれをできない(できていない)と思いませんか。
    彼ら自身が、「決められた解答」しか発言しない(できない)のですよ。

    某麴町◯学校も、あの先生が去ってからは、昔の学校に戻ってしまったそうです。(ご本人談)
    残念なことです。

    作者からの返信

    結音さん
    とりあえず、わたしは小学校の教員にがっかりしましたよ。
    ああ、これではまともな教育は無理だと悟りました。
    まわりのママたちが「学校は遊ぶところ、勉強は塾で」と言っていたのがよくわかりました。
    ゆえに、高度なアクティブラーニングなんて、無理です。
    教員にその資質がありません。
    もちろん素晴らしい先生もいらっしゃいますが、ごく一部です。

    アクティブラーニングを!
    とか言いながら、出させる課題は漢字をたくさん書かねばいけないプリントとか。
    あり得ないです。

    公教育の意味ってなんだろう? と、ずっと考えています。