運命の羅針盤【ドゥーム・ヴァキュアス】

星來ライ

第1話

兄妹。

それは切っても切り離せない存在。

血のつながり。親等などはこの際どうでもいい問題。

たとえ血のつながりはなくとも。

人によっては憎悪にもなり、時に希望にもなる。


ザァイ暦406年。

ツヴァイ王国、ナーラガント領にある小さな町。

そこには、ある兄妹がいた。

路地裏で身を寄せ合って過ごす二人。

薄くて小汚い皮のフードに身を包み、片手に色々と入っているであろう皮袋を持っているだけだった。

フードの隙間から見える体は両者ともに痩せ細り、成長期の子供とは思えない。

どちらも10歳を満たしていないほどに幼き存在だった。


「ぐうう〜……」

隣で座り込んでいるジェーンから腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。

リーバは改めて手持ちの皮袋を見るが、いつもと変わり映えはない。

リーバは、ジェーンのフードを取り、頭をそっと撫でる。

「大丈夫だよ。少しだけ待てるかい?」

リーバは、微笑みかけながらジェーンの顔を覗き込んだ。

頬は痩せこけ、見るからに元気がない。

だが、そんな中でもジェーンは笑顔を作る。

「うん…!」


リーバは路地裏を出て、バザールを歩いて行く。

小さな辺境の街ではあるが、それでも大勢の人々で賑わっている。

肉が鉄板の上で焼ける荘厳な音。

小麦粉の甘美な匂いが鼻を突き抜けて行く。

だが、リーバの狙いは違う。


バザールの少し先にある小さなパン屋。

そこは警備が手薄で、店の人はいつも話し込んでいる。

格好の的だ。

リーバの目は鋭く光る。

パン屋のカウンターには、焼きたてのパンが山積みにされている。

店主は客と話に夢中で、背を向けている。

リーバの心臓が早鐘を打つ。

ジェーンの青白い顔、弱々しい笑顔が脳裏をよぎる。

「これさえあれば、今日くらいは…」

これが悪いことだと言うことは、幼いながらも理解していた。

だが、妹を貧困の餌食にさせるわけにはいかない。

彼は自分に言い聞かせ、素早く動いた。

手がパンを掴んだ瞬間、背後から怒声が響く。

「おい、ガキ!」

パン屋の店主がリーバの腕を掴み、力任せに引き寄せる。

店の喧騒が一瞬静まり、群衆の視線が集まる。

「貴様、いつも盗んでるガキだな…?」

「…知らない」

リーバは店主と顔を合わせようとしない。

「そんな嘘、通用するわけねえだろ!」

店主はナイフを持ち出した。

リーバは必死にもがくが、子供の力では敵わない。

リーバは引っ張る手を咄嗟に噛んだ。

「痛っ!てめえ!」

店主の怒りは最高潮に達していることが、声色ですぐにわかった。

そんな現場を全速力で逃げた。

店を出る直前、店主の投げたナイフが頬を掠める。


ジェーンの待つ路地に戻ると、彼女は兄の血を見て小さな悲鳴を上げる。

「お兄ちゃん!どうしたの!?」

リーバは無理やり笑顔を作った。

「なんでもない、ジェーン。だが…もうここにはいられない」

背後から追手の足音が近づく。

どうやら街の人々に盗みが露見したらしい。

町の人々の怒りは頂点に達し、松明と怒号が夜の闇に響く。

リーバはジェーンの手を咄嗟に掴んだ。

「逃げるぞ…!」

二人は町から逃げるように逃亡した。


ナーラガント領、生まれの町から南西に5km。

なんとか町から逃げ出すことができた。

だが、走っている最中に皮袋を落としてしまった。

空腹も癒えるわけではない。


二人は手を繋ぎながら、川沿いの古い石橋にたどり着く。

苔むした橋の欄干は崩れかけ、川の水は先日の洪水で濁流が押し寄せてきている。

ジェーンは空腹と疲労で足がもつれ、自身も限界に近い。

洪水が起きている傍ら、橋の縁で二人で身を寄せ合う。

「もう少しだ、ジェーン。どこか安全な場所が…」

リーバはそう言ったが、そんな確証はどこにもない。

ジェーンの顔は死人のように青白い。

「お兄ちゃん…寒い…お腹すいた…」

彼女の声は消え入りそうで、リーバの胸を締め付ける。

彼はジェーンの冷たい手を握った。

「俺がなんとかする」

絶望が二人を飲み込む中、ジェーンが座り込んでいた橋の一部が崩れる。

「ジェーン、危ない!」

リーバが叫んだ瞬間、橋を構築していた石と共にジェーンが川の濁流へと落ちていく。

ジェーンを助けるために、リーバも咄嗟に飛び込む。


『これで、終わりか…』

リーバは飛び込みながらそう感じていた。

薄々分かっていた。

こんな生活、いつまでも続くわけがない。

いずれ奴隷にでも成り下がるのが結末だろう。

だったら、ここで死んだ方がマシだ。


そう考えていたが、何かおかしなことに気がついた。

いつまで経っても水面につかない。

目を開けると、神々しい球体の中でジェーンを抱いていた。

「これは…?」

そう言葉を出した瞬間、視界が光り輝いた。

「うっ…!」

耐えられずに目を閉じる。


数秒が経ち、またも違和感があった。

目を開けると、先程までいた暗闇の世界とは打って変わり、まるで『死後の世界』と形容できるような荘厳な景色が広がっていた。

だが、視界がぼやける。

空腹か、はたまた謎現象の影響かは分からない。


リーバはジェーンを抱きしめたまま、改めて目の前の光景に息を呑む。

広がる草原は、星空の下で淡く輝く草花に覆われ、まるで天上の楽園のようだ。

空気は暖かく、どこか懐かしい花の香りが漂う。

だが、ジェーンの体は冷たく、意識がない。

リーバは彼女の青白い顔を見つめ、震える声で呼びかける。

「ジェーン…!目を覚ませ…!」

涙が頬を伝い、絶望と混乱が彼を飲み込む。

さっきの光る球体は何だったのか?

なぜここにいるのか?

答えのない問が頭を巡る。


その時、草原の中央に光を帯びたフードをかぶった人影が現れる。

顔は影に隠れ、姿は後光に溶け込むようだ。

低く、力強い声が響く。

「力が欲しいか?」

声が空間を犇き、地面に咲いている花々が一斉に鼓動を始めているようだ。

その言葉はリーバの心の奥底に直接響き、恐怖と希望を同時に掻き立てる。

リーバはジェーンの冷たい手を握りしめ、朦朧とする意識の中で答える。

「…わからない。だが、ジェーンを守れるなら…この絶望を変えられるなら…なんでも…」

声は震え、妹への愛と絶望が交錯する。

フードの人物は静かに頷き、「よろしい」と一言。

すると、リーバの視界がさらにぼやけ、強烈な眠気が襲ってくる。

ジェーンはすでに気絶しており、リーバもまた抗えない闇に飲み込まれる。

草原の光が強くなり、フードの人物の姿が霞む中、微かな囁きが響く。


その瞬間、視界が重くなる。

瞼がどんどんと閉じる。

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