第4話 慣れない祭り準備
「シギ、遅かったじゃんか」
オノコジへ帰る道の途中で、トキが待っていた。おれの帰りが遅いから心配していたらしい。
「ごめん、オトヒコさまの仕事でさ」
「ああ。オボエの仕事ってやつ?どんな話だったん?」
「なんか……祭りをやるらしい」
「お祭りって、どんなの?」
「……王様を迎えるときみたいなの、かな。わからんけど」
おれは軽く笑ってごまかした。オボエの仕事をはじめたとき、オトヒコさまに王の間で聞いたことは、軽々しく口に出してはいけないと教えられたのを思い出したのだ。
「まあ、そのうちヒメミコさまからお知らせがあるさ」
「ふうん。おいしいもの、出る?」
「わからん。でも、多分、出るんじゃないかな。祭りだし」
「やったぁ!」
トキは飛び上がって喜んだ。そうだよな、祭りといえばうまいものだ。
それに、踊りや歌、もしかしたらーー派手好きのクニに見せる祭りだから、きれいな衣装もあるのかもしれない。
女の子たちが喜びそうだな、と思った。
そして翌日。大きな祭りを行うことが、ヒメミコ様から告げられた。
大人たちも子供たちも、浮足立った。
王を迎える以外の祭りなんてしたことがないから、全部手探りだけど、とにかく、祭りというのはいいものだ。明るい空気が、クニを包んだ。
こうして、少しずつ祭りの準備が始まった。
オトヒコさまから聞いたところによると、ホウライノクニが望む祭りは派手で、目を引くものでなければならないらしい。
ホウライを讃える踊りや歌を捧げ、そして女王による“まじない”が起こること――それが彼らの要求する【祭り】だという。
(まじない……か)
ヒミコさまのまじないは未来を見通したり、骨を焼いて神託を受けたりするものだ。でもホウライの人が言う“まじない”は、どうやら別物らしい。
祭りの準備のため、唯一、ホウライのことをよく知るワダツミがこのクニに滞在することになった。
クニの客人は「マレビトジ」という集落に泊まってもらう決まりだ。
ワダツミは王ではないが、丁重にもてなすよう命じられている。
マレビトジの管理は基本的に女たちに任されているが、ワダツミは、女にもてなされるより、少年のほうが気楽だと言って、よくおれたち男の子供を呼び出した。
今日も、おれはトキと一緒に、ワダツミが滞在しているマレビトジに来ていた。
ワダツミによると……
「水の中で燃える火」
「空へ舞い上がる炎」
「水が丸く浮かぶ不思議な術」
――ホウライの神は、そういう“派手なもの”をまじないと呼ぶらしい。
「困ったなぁ……」
おれとトキは顔を見合わせた。
「やはり、君たちの思う祭りとは違うか」
ワダツミが腕組みをしながら言う。
「祭りっていったら、神に祈るものでしょ?」
トキが言う。おれもうなづく。
この国での祭りは祈りそのものだ。空を駆け上がる火や、水中で燃える火なんて、みたこともない。
「求められてるんだから、何とかしないと」
ワダツミが静かに言う。
(難しい……でも、オトヒコさまやヒミコさまのためなら)
おれたちは色々と案を出した。
女が衣装をつけて踊ったら?ヒミコさまご自身が舞をする?
でも、ワダツミ曰く、ホウライのひとたちはもっと「まじないっぽいもの」を見たいのだ、という。
おれたちがうーん、うーん、と唸るのを見て、ワダツミは笑った。
「子どもたち、考えすぎて顔が真っ赤だぞ。そろそろ日も落ちた、あとのことは大人が考えるから、家にお帰り」
おれたちはワダツミに促されるまま、オノコジへと帰った。
「どんな祭りになるんだろうねー」
トキがのんびりとした口調で言う。日は沈み、月が浮かんでいた。
「わかんねぇけど、うまくいくといいよなー」
「あ、あの月、お魚みたいだねえ」
トキが半分より少し大きな月を見て言う。たしかに、まるまる太った魚みたいだ。トキがお腹を撫でながらしみじみと言う。
「最近、お魚食べてないねえ」
確かに最近、コメと果物、うさぎなんかばかり食べている気がする。
「うさぎがいっぱいとれるからじゃね?」
「ぼくは、お魚のほうが好きなんだけどなぁ~~」
月に見守られながら、おれたちはのんびりと家まで帰っていった。
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