戦国転移録 ~異世界統一への野望~(仮)

hinya

時を超えた旅人

プロローグ 消えた現代


2025年7月、京都。


カリスト・フォン・ハプスブルクは清水寺の境内を歩いていた。金髪に青い瞳、整った顔立ちの15歳の少年は、観光客の中でもひときわ目立つ存在だった。


「やはり日本の建築は素晴らしい……」


流暢な日本語で呟く彼は、オーストリアの名門貴族の末裔でありながら、幼少期から日本文化に魅了された筋金入りの日本オタクだった。歴史、特に戦史への造詣は大学教授も舌を巻くほどで、世界各地の戦術・陣形から君主論まで、あらゆる知識を吸収していた。


「ここから見える京都の街並みも、昔は戦国大名たちが覇権を競った舞台だったんだよな……」


カリストの専門は戦国時代。織田信長が台頭する前の混沌とした時代に特に興味を持っていた。もし自分がその時代にいたら、現代の知識でどこまでやれるだろうか——そんな空想をよくしていた。


本殿に向かう途中、突然めまいに襲われた。


「あれ……?」


視界がぼやけ、足元がふらつく。周囲の音が遠くなっていく。観光客たちの姿が薄れ、やがて完全に消失した。


気がつくと、カリストは全く違う場所に立っていた。



「ここは……?」


同じ神社のはずなのに、何もかもが違っていた。建物の古さ、空気の匂い、そして何より——周囲に観光客の姿が一切ない。


スマートフォンを取り出そうとしたが、ポケットは空だった。身に着けているのは、いつの間にか質素な着物に変わっている。


「家族は……?」


一緒に来ていた両親の姿はどこにもない。カリストは混乱しながらも、冷静に状況を分析しようとした。


神社の建築様式を観察する。屋根の反り具合、木材の加工技術、使用されている金具の種類……全てが現代より古い技法で作られている。


「まさか……」


恐ろしい仮説が頭に浮かんだ。しかし、それを確かめるには外の世界を見る必要がある。

カリストは慎重に神社の外へ向かった。



神社を出ると、目に飛び込んできたのは戦国時代そのものの光景だった。


土造りの道、茅葺き屋根の家々、粗末な身なりの人々。そして何より、男性たちが腰に刀を差している。


「本当に……戦国時代に……」


カリストは建物の陰に身を隠し、人々の会話に耳を傾けた。


「近頃、今川の勢いが増してきたのう」

「ああ、駿河の大殿は強い。尾張の織田など敵ではあるまい」


今川、織田——歴史で学んだ名前が現実の会話として聞こえてくる。間違いない。自分は戦国時代にタイムスリップしてしまったのだ。


しかし、カリストは意外にも動揺していなかった。むしろ、興奮すら覚えていた。


「これは……千載一遇の機会だ」


歴史オタクとして、そして潜在的な野心家として、彼はこの状況を最大のチャンスと捉えた。現代の知識を活用すれば、この時代で頂点に立つことも夢ではない。


ただし、まずは生き延びなければならない。



カリストは慎重に町を観察した。人々の服装、話し方、社会の仕組み——全てを記憶に刻み込んでいく。


しかし、問題があった。金がない。食べ物もない。そして何より、外国人の容姿では目立ちすぎる。


「山間部に向かおう」


人の少ない場所で状況を整理し、生存の基盤を築く必要がある。カリストは町を離れ、山道を歩き始めた。


道中、野草や木の実を採取した。現代の知識で食べられる植物を判別できるのは幸運だった。しかし、それだけでは到底足りない。


「村があるはずだ……」


山間部には小さな村落があるだろう。そこで何とか食料を分けてもらい、情報を収集する必要がある。


二時間ほど歩いた頃、煙が立ち上っているのを発見した。


「あった……」



村は山に囲まれた盆地にあった。人口は200人程度の小さな集落だが、田畑が整然と並び、人々が平穏に暮らしている様子が見て取れる。


カリストは村の入り口で立ち止まった。いきなり現れた異国人を、村人たちがどう受け取るかわからない。最悪の場合、追い払われるかもしれない。


しかし、彼の心配は杞憂だった。


「おお、旅の方ですかな?」


村の入り口で出会った老人は、温かい笑顔で迎えてくれた。


「はい……道に迷ってしまい、困っております」


カリストは丁寧に答えた。日本語は完璧に話せるが、外見で警戒されることは覚悟していた。


「それはお困りでしょう。遠いところからおいでになったようですが……」


「西の国からです。事情があって故郷を離れることになりました」


老人——村長らしい——は深く詮索しなかった。戦国の世では、素性を隠して生きる人間も珍しくない。


「でしたら、まずは食事を。話はそれからにしましょう」



村長の家は質素だが清潔で、温かい食事が用意された。米の飯に味噌汁、野菜の煮物——質素ながら心のこもった料理だった。


「ありがとうございます」


カリストは心から感謝した。空腹だったこともあるが、この無償の優しさに深く感動した。


「お若いのに、随分と丁寧な言葉遣いですな」


「育ちが……そうなのです」


「西の国とは、南蛮の国でございますか?」


「ええ、まあ……」


カリストは曖昧に答えた。南蛮人として通すのが一番無難だろう。


「それにしても、日本の言葉がお上手ですな」


「勉強しました。日本という国に憧れていたもので」


村長の表情が柔らかくなった。


「ありがたいお言葉です。しかし、今の世は乱れに乱れております。せっかく我が国を気に入っていただいても、安住の地とは言い難い」


「戦乱の世ですから……」


「左様。この村も、いつ大名に蹂躙されるかわからない。我々のような小さな村は、風前の灯火でございます」


村長の表情に深い憂いが浮かんだ。


「しかし」村長は再び顔を上げた「お若いの、あなたには何か特別な才がおありのようだ」


カリストは驚いた。まだ何もしていないのに、なぜそんなことがわかるのか。


「この歳まで生きていると、人を見る目は多少養われます。あなたからは、ただ者ではない雰囲気を感じる」


「買いかぶりでしょう……」


「いえいえ。もし差し支えなければ、しばらくこの村にお留まりいただけませんかな?この村は人手も少なく、知恵のある方がいてくだされば心強い」


カリストは考えた。世界統一という大きな目標を掲げる前に、まずは小さなコミュニティから始めるのも悪くない。基盤を築き、力を蓄えてから大きな舞台に出る——それが現実的な戦略だ。


「わかりました。お世話になります」


「ありがとうございます。お名前をお聞かせください」


「れお……玲央です」


カリストは偽名を名乗った。本名は最後まで秘匿する必要がある。


「玲央さんですか。良いお名前だ」


こうして、カリスト改め玲央の戦国時代での生活が始まった。



翌日から、玲央は村の詳細な調査を開始した。

人口約200人、主な産業は農業。武器らしい武器は農具程度で、武芸に長けた者もいない。典型的な山間の農村だった。


しかし、玲央の目はポテンシャルを見抜いていた。


「この立地は素晴らしい……」


村は山に囲まれ、アクセスルートが限られている。天然の要塞として機能する可能性があった。


「土壌も良質、水源も豊富。木材も豊富にある。そして何より——」


玲央は近隣の村の情報も収集した。隣村では質の良い馬を飼育していることがわかった。


「完璧な立地条件だ」


農業、防衛、資源、交通——全ての要素が揃っている。ここを拠点にすれば、着実に勢力を拡大できるだろう。



一週間の観察を終えた玲央は、村長に提案を持ちかけた。


「村の発展と防衛について、いくつか案があります」


「ほう、聞かせてください」


「まず防衛面ですが、山道の要所に見張り台を設置し、簡単な柵を設けることを提案します」


玲央は地図を描きながら説明した。現代の軍事知識を戦国時代に適用したアイデアの数々に、村長は目を丸くした。


「次に農業生産の向上です。畑の区画整理と灌漑設備の改良、そして——」


「す、素晴らしい……どうして、そのようなことがおわかりに?」


「西の国で学びました。向こうでは、このような技術が発達していまして」


実際、玲央は現代の知識に加えて、類い希な観察力と分析力を持っていた。一度見た技術は理解し、応用することができる天才的な能力の持ち主だった。


「それから、教育についても提案があります」


「教育?」


「子供たちに読み書きを教え、大人たちにも新しい技術を身につけてもらうのです。人こそが最大の資源ですから」


村長は感動していた。この若い異国人の知識と見識は、想像を遥かに超えていた。


「では、さっそく始めましょう」



玲央の提案は村人たちにも好評だった。最初は半信半疑だったが、彼の説明を聞くうちに、その合理性に納得していった。


特に女性たちの支持が高かった。玲央は性別に関係なく意見を求め、優秀な提案は積極的に採用した。戦国時代にあっては革新的な姿勢だった。


「玲央様の考えは素晴らしい」


「我々のような女にも意見を求めてくださる」


玲央の人望は急速に高まっていった。


そして、玲央が真価を発揮する日がやってきた。



「山賊だ!」

見張り台から警告の声が上がった。武装した二十人ほどの男たちが村に向かって来る。


「皆、慌てるな!」玲央が大声で指示した。「女性と子供は指定した場所に避難!男性は武器を持って配置につけ!」


玲央の指示は的確だった。現代の軍事戦術を応用し、限られた戦力を効率的に配置する。地の利を活かした防御陣形を瞬時に構築した。


「恐れることはない!相手は統制の取れていない烏合の衆だ!」


山賊たちは村を甘く見ていた。しかし、予想以上の組織的抵抗に遭い、戦況は膠着状態となった。


「今だ!側面から攻撃!」


玲央は絶妙なタイミングで反撃を指示した。山賊たちは包囲され、逃げ場を失った。


「投降しろ!命は取らん!」


山賊の頭目は観念して武器を捨てた。

戦闘は玲央側の完全勝利で終わった。しかも、村人側に死傷者は出なかった。



「やった……やったぞ!」


村人たちは興奮していた。自分たちが武装した山賊を撃退したという事実が信じられない。


「玲央さんのおかげだ!」


「本当に勝てるとは思わなんだ!」


玲央は村人たちの前で深く頭を下げた。


「皆さんが勇敢に戦ってくださったからです。私はただ少し助言をしただけ」


この謙虚な態度が、村人たちの心をさらに掴んだ。


「いや、玲央さんがいなければ我らは逃げ回るだけだった」


「本当に……ありがとうございました」


村長は改めて玲央に向き直った。


「今日のことで、よくわかりました。玲央さんには確かに特別な才がおありだ」


「買いかぶりでしょう」


「いえいえ。先ほどの見張り台の話ですが……作らせていただきたい」


村人たちもうなずいた。今回の経験で、事前に敵を発見することの重要性を理解したのだ。


「ただし」村長は続けた「我々は文字も読めぬ無学な農民です。玲央さんの知恵についていけるかどうか……」


「大丈夫です」玲央は微笑んだ「一歩ずつ、確実に進みましょう。急ぐ必要はありません」


玲央は内心で計画を練り直していた。農民たちの保守性と教育レベルを考慮し、より慎重で段階的なアプローチが必要だと理解した。


しかし、今回の成功で重要な基盤を築くことができた。村人たちの信頼を得た今、少しずつ改革を進めていけるだろう。


捕らえた山賊たちを尋問すると、貴重な情報が得られた。近隣の政治情勢、各勢力の動向、そして何より——この地域が事実上の無主地であることがわかった。


「絶好の機会だ」


玲央は山賊たちに選択を迫った。


「死ぬか、私に仕えるか」


山賊たちは震え上がった。この少年の瞳に宿る冷徹さに、本能的な恐怖を感じたのだ。


「つ、仕えます!」


「賢明だ」玲央は微笑んだ。「今度は守る側に回れ。略奪ではなく、生産に従事するのだ」


こうして玲央は最初の直属部下を得た。



その夜、玲央は一人で星空を見上げていた。


「この村を、必ず豊かにしてみせる」


小さな山村を繁栄させる——それが当面の目標だった。村人たちの親切に報いるためにも、現代の知識を活用して彼らの生活を向上させたい。


「そのためには、もっと大きな力が必要になるかもしれないな……」


村を守り、発展させるためには、時には周辺の脅威に対処する必要もあるだろう。そのときは、より大きな勢力を築かなければならないかもしれない。


しかし、それは今後の課題だ。まずは目の前の村人たちのために、できることから始めよう。


玲央の頭の中では、村の発展計画が練られていた。


農業の改良、防衛設備の強化、教育制度の導入——段階的に、確実に進めていく。


「この世界で、私は何ができるだろうか……」


窓の外に広がる村を見下ろしながら、玲央は静かに考えていた。


大きな野望ではなく、身近な人々への貢献から始まる物語が、今、幕を開けようとしていた。

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