- 『イニシャルG ― 風見峠の邂逅74歳の復讐鬼、峠でスカイラインを抜く』 - 『 第2話 鹿水Gビデオ店死闘録』
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第1話
石動義玄は東館のGビデオ店でレンタル期限が切れたDVDを物色し、その後、鹿水のGビデオ店へ向かう途中だった。すると後ろから、最新型のスカイラインが勢いよく追い越してきた。
だが義玄は呆れたように目を細める。――フルアクセルしても、マシンの性能を引き出せていない。ガソリンの無駄だ。
追い越しのタイミングも、彼に言わせれば甘い。
「なるほどな……普通の腕前。だが、無理してるな」スカイラインはスピードこそ速いものの、すぐ前の車に追いついてしまい、無駄な動きを繰り返していた。
義玄は、警察に検挙される心配のない絶妙なスピードで、静かに距離を詰めていく。
そして見通しのいいカーブその瞬間を逃さず、スカイラインを、その前を走る車ごとまとめて抜き去った。
一対一じゃ勝ち目はない。
だが――これが、軽の戦い方だ。スカイラインとその前の車をまとめて抜き去る。彼の走りは、速さではなく、静かで確実な「覚悟の速度」だった。そして、義玄は今、鹿水のGビデオ店へと向かっている。その車内には大量の中古エロDVD。スカイラインはフルアクセル。すぐ前の車に追いつき、無駄にブレーキを踏む。
義玄は違う。
見通しのいいカーブで、警察が動かぬ速度で、静かに二台をまとめて抜いた。
それが“イニシャルG”。> 石動義玄の走りには条件がある。
・関係ない車がちょうどよく1台
・その前に越すべき車
・見通しは良いが、普通は越すのを躊躇するカーブ
この状況で、スペックの劣る車でも2台まとめて抜く。それが“G”の走り。風見峠の邂逅(かいこう)
午後5時23分。風見峠・第2コーナー出口。
背後から唸るような排気音が近づいてきた。
義玄が運転するセドリック顔のバックミラーには、さきほどワゴンRを煽っていたスカイラインの姿が映る。「またか…若さというのは、こうも無駄に回転数を上げたがる」
つぶやいた義玄は、少しだけウィンカーを左に出して路肩に寄せる。スカイラインはその隙を突いて加速、咆哮のようなエンジン音とともに義玄の車を抜いていく。
「……越せるか?」
だが義玄の目は、スカイラインのその先————対向車が来る可能性を考慮せず、視界の悪いブラインドカーブへと突っ込んでいくその様に、冷ややかな観察眼を向けていた。
案の定、カーブの先には小さな軽トラが走っていた。
「おっと」
スカイラインは急ブレーキとハンドル操作でギリギリ回避。助手席の女の子が悲鳴を上げ、車体は一瞬蛇行する。
義玄は静かにアクセルを踏んだ。
トルクの細いはずのセドリック顔が、うなりを上げて加速する。カーブの出口、軽トラが通過し、道が開けた一瞬を見逃さず、義玄はラインを描いて前の2台をまとめて抜き去る。
「2台抜き——!」
助手席の女は絶句。スカイラインの若者は、バックミラーに映る義玄のセドリック顔を睨んだ。
「なんだあの走り……!?」
しかし義玄はもう後方を見ない。
ハンドルを軽く握り、静かに風見峠を下っていく。
──この男には、若者がまだ知らない「勝負の呼吸」がある。それは、命を賭してきた者にしか得られない「間(ま)」の技。スカイラインがパッシングしてきた。その瞬間、ようやく義玄は助手席に女が乗っていることに気づいた。——しまった、訳ありか。しかし、どうすることもできない。あの程度の腕じゃ、運転手の方が悪い。乗られるスカイラインがかわいそうだ——。鹿水のGビデオ店の手前で、義玄はバックミラーを見てふと気づいた。
――まさか、ついてくるつもりじゃないだろうな?やばいやばい!俺、学校でガチでいじめられてたから喧嘩とか超苦手なんだけど!?どうすりゃいいの!?この位置じゃ前の車を追い越せない。もしスカイラインが本気でついてきたら、俺には逃げ切る術なんてない……詰んだか?だが――鹿水のGビデオ店で俺を待っているのはエロDVDだ。目的地は変えられない。
左折する。スカイラインも、同じように左折してくる。
そして次の右折のタイミング――スカイラインが、左折のウインカーを出した。……なんだ、違う方向に行くのか?
安心した――その次の瞬間。
スカイラインは左ウインカーを出したまま、右折してきた。
やばい!絶体絶命!
俺は……妹の仇を取るまでは、死ねないってのに。
ここまでか?――いや、諦めるな!
速攻で車の鍵を閉めて、Gビデオ店に駆け込め!
それなら、なんとかなる………かもしれない。
車は傷つくかもしれないけど、命さえあれば……まだ、終わっちゃいない。案の定、スカイラインも後を追うように駐車場へ入ってきた。
しかし、義玄の駐車スペースよりも奥に停めたため、降車にわずかに手間取った。
義玄はその隙をついて、すかさずGビデオ店の店内へと姿を消した。義玄は、目的のエロDVDの棚の前で足を止めた。
「……あぁ、生きてるって、素晴らしいな」
そう呟いた瞬間、胸の奥に淡い痛みがよぎる。
もし、妹もまだ生きていてくれたなら――もっと素晴らしかったのにな。
義玄は、ふと視線を落とし、静かに思い出の中へと沈んでいった。義玄は、凄まじい速さと眼力でエロDVDを次々と手に取っていく。
先ほどまでの恐怖など、まるでなかったかのようだ。
「この作品は……ここは良い、ここも良い、だが――ここがダメだ。却下」
「こっちは逆に、冒頭と中盤はダメだが、ラストの展開が及第点。買いだな」義玄の脳内は、戦場。判断は一瞬。迷いはゼロ。
今の義玄に、何人たりとも声は届かない。
無敵だった。一方、スカイラインの運転手・レンは、腸が煮えくり返る思いだった。
彼女は激怒プンプン丸。ドライブデートは台無し。この怒り、どうやって落とし前をつけさせてやろうか。
レンは頭を高速回転させ、あらゆる状況に対応できるよう、複数のシミュレーションを同時に走らせる。
そして——入店。バトル開始。腸が煮えくり返る、という感覚がある。
あの日、峠で抜かれたあの瞬間から、すべてが狂い始めた。「なんであんなジジイに……抜かれたんだ?」
ドアを閉める音が、怒りで震えていた。鹿水のGビデオ店。
深夜の駐車場には人の気配がなく、風が看板をわずかに揺らしていた。
義玄のセドリック顔がすでに1台、店のすぐそばに静かに停められている。
エンジンは切られ、車内の灯りも落ちている。そのときだった。
ヘッドライトが駐車場の端から差し込んできた。
明るすぎるくらいの白光。――スカイラインだ。
ゆっくりと、わざとらしいほど慎重にセドリック顔の前へ進み、
一度ハンドルを切ると、そのまま斜めに――セドリック顔の真正面に停まった。
明らかに通路をふさいでいる。
出られないようにするように。
まるで「勝手に帰らせねぇぞ」とでも言うように。だが、義玄は動かなかった。
なぜなら、エロDVDの棚には三つもの防犯カメラが張り巡らされており、
不用意な行動はすぐに露見してしまうことを彼は知っていたからだ。レンの頭の中にあった“シミュレーション”には、防犯カメラの存在なんて想定されていなかった。
だが現実には、エロDVD棚の周囲には三台ものカメラが取り付けられていた。
義玄と違って、レンにはまだ未来がある。
ここで殴れば、前科がつく。
そんな勇気は、彼にはなかった。さらに、レンは彼女を車に待たせていた。
もし自分ひとりだったなら、Gビデオ店の閉店後にカメラのない場所で殴っていたかもしれない。
そうすれば気が晴れ、義玄の“負け”も確定する――はずだった。
だが、義玄は動かない。レンは、義玄がエロDVDを手に取るタイミングを待っていた。
だが義玄は、背中で感じ取っていたのだ――
レンが暖簾を何度も出入りしながら、こちらを伺っていることを。そして義玄は、あえてその場にとどまった。
エロDVDの棚の前で、ひとつひとつをじっくりと吟味し始める。
まるで、**焦っているのはどちらだ?**とでも言うように。レンは義玄を殴りたかった。
だが、傷害事件を起こして捕まるわけにはいかない。
彼女はまだ車で待っている。
義玄がいつエロDVDを購入するかもわからない。頭を高速で回転させる。
タイミングは? 場所は? カメラの死角は?
だが考えれば考えるほど、思考は空回りし、やがてパニックへと変わっていった。しかし――義玄にも、予想外の事態が訪れていた。
トイレである。
東館のGビデオ店でエロDVDを購入した際、時間短縮のために用を済ませずに出てきたのが裏目に出た。
そして今、鹿水のGビデオ店で義玄を激しい尿意が襲っていたのである。トイレには行きたい――だが行けば、防犯カメラの死角に入る。
その隙を突いて、若造に背後から殴られるかもしれない。
義玄は静かに判断を下す。
ここは、余裕を見せて相手を諦めさせるのが得策だ。
そして彼は、さらにゆっくりとエロDVDを吟味し始めた。
まるで、尿意など存在しないかのように。車のエンジンは止めたまま。
ナミはスマホを何度も見ては、ため息をついていた。
「長くない?DVDって、そんなに悩むもん?」
助手席のレンは、とっくに降りていた。
そして今も、あの白髪の老人を――セドリック顔の男を――じっと睨んでいる。
ナミには何がなんだか分からなかった。ちょっと速く走るだけのことで、こんな夜中にわざわざGビデオ店まで来る意味が。
LINEは既読にならない。
車の外では、レンが仁王立ちして動かない。
そして、あの老人は……エロDVDの棚の前で、異様なほどゆっくり手を伸ばしていた。
「……あれ、マジで見てるんだ……」
ナミは目をそらした。そして思った。
――バカみたい。帰りたい。
でも、きっとレンは今、彼なりの“何か”と戦っているんだろう。
ナミにはそれが、なんなのかは分からない。
ただ、
助手席のドアノブに手をかけた指先が、少し震えていた。こうして、長い死闘に決着がついた。
スカイラインの二人――レンと彼女は、諦めて帰っていった。
その時間、実に1時間30分。
義玄は尿漏れの危機こそあったものの、
ただひたすら、いつも通りエロDVDを吟味していただけだった。そして、若造がいなくなったと確信した義玄は――
次の瞬間、迷いなくトイレへ駆け込んだ。
間に合った。いや、ギリギリだった。
小便器の前で立った瞬間、噴水のように尿が吹き出した。
「ふぅ……」そのときだった。
ポケットの中で携帯が震える。
義玄はそのままの手で――洗う前の手で――電話に出た。電話の相手は――妹の形見であり、今は義玄と暮らす少女、相沢まゆだった。
「ねえ義玄おじちゃん、また“秘密の用事”なんでしょ?」 「いつも帰りは遅いくせに、まゆには“早く寝ろ”ってうるさいんだから。」
声のトーンは、少し不満そうで――でも、どこか楽しげだった「でもね、寝る前に食器洗わないと落ち着かないの。わかる?」
「早く寝てほしいなら、早くごはん食べてくれなきゃ。施設長の仏壇にも、ちゃんと話しかけてるんだから」義玄は電話越しに、小さく謝った。
「……すまん、まゆ」
だが――まゆは、本当は知っていた。
“秘密の用事”が、何なのか。
それに、義玄も気づいていた。
まゆが、すべて分かったうえで、知らないふりをしてくれていることに。
夜のトイレの片隅で、
義玄はただ、黙って天井を見上げた。
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