第15話 影の薄い家政婦
容疑者リストの最後の一人、家政婦の相馬聡子。
彼女の調査は、最も難航した。
航汰が山崎家の近隣住民に聞き込みをしても、「物静かで、真面目な人」という、当たり障りのない答えしか返ってこない。
40年以上も山崎家に仕えているにも関わらず、彼女の私生活は完全に謎に包まれていた。
「まいったな。あの人、完全に気配を消してるぜ」
航汰は珍しく、弱音を吐いた。
そんな時、思わぬところから情報がもたらされた。
図書室の司書である寺島先生が、私の机に置かれた事件のメモを見て、声をかけてきたのだ。
「一ノ瀬さん、また何か面白い事件を追ってるの?」
寺島先生は、私がミステリー好きで、時々、父の仕事の手伝い(と私は説明している)をしていることを知っている、数少ない理解者だ。
「実は…」
私は先生にだけ、事件の概要を打ち明けた。
すると、先生は何かを思い出したように、ポンと手を打った。
「相馬聡子さん…。私の母が、昔、山崎さんのお宅で少しだけ働いていたことがあるの。その時に、聡子さんのことを少しだけ聞いたことがあるわ」
寺島先生の母親から又聞きしたという話は、断片的ではあったが、非常に興味深いものだった。
聡子は、もともと山崎家の遠い親戚で、若い頃に身寄りをなくし、辰五郎の父親に引き取られる形で山崎家に来たのだという。
「母が言うには、聡子さんは若い頃、とても綺麗な人で、辰五郎さんと恋仲にあると噂されていた時期もあったんですって。でも、辰五郎さんは結局、家柄の良い別の方と結婚した。聡子さんは、それからもずっと、山崎家に仕え続けたのよ」
報われなかった恋。
長年にわたる屈従。
その話は、聡子という人物に、これまでなかった「影」の部分を与えた。
「聡子さんは、山崎さんのことを憎んでいたのかしら…」
「さあ…。でも、母は言っていたわ。『あの人の目は、時々、底なし沼みたいに深くなることがある』って」
底なし沼のような目。
その表現は、私の心に不気味な余韻を残した。
囁き声を聞いた第一発見者。
彼女はただの目撃者ではない。
この事件の、もっと深い部分に関わる重要人物である可能性が、一気に高まった。
長年の愛憎が、殺意へと変わったのか。
それとも、彼女の証言そのものに、何か別の意図が隠されているのか。
相馬聡子という最後のピースが、私の頭の中のパズルを、より一層複雑なものにしていた。
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