第10話 捜査会議は図書室で

放課後、私と航汰は、いつもの図書室にいた。

しかし、机の上に広げられているのはミステリー小説ではない。

私の記憶を元に書き出した、事件の相関図と、いくつかのキーワードだった。

【山崎辰五郎(被害者)】→【オートマタ収集家】【偏屈】【ベルガモットアレルギー?※要調査】

【密室】→【内側から施錠】【ドアチェーン】

【囁き声】→【死後】【内容は不明瞭】

【容疑者】→【長男・和彦】【パートナー・高田】【家政婦・聡子】

「うーん、こうして見ると、マジで小説みたいな事件だな」

航汰は腕を組み、唸るように言った。

「でしょ?だからこそ、解きがいがあるのよ」

私は持参した手帳に、いくつかの疑問点を書き出していく。

「まず、航汰にお願いしたい調査項目がいくつかあるわ」

「おう、言ってみろ」

「一つ目。被害者の山崎辰五郎が、本当にベルガモットアレルギーだったのか。そして、そのことを周囲の人間が知っていたかどうか。特に、家政婦の聡子さんが知っていたかは重要よ」

「ベルガモットって、紅茶の香り付けのやつか。なんでそんなことを?」

「サイドテーブルにあった、手付かずのティーカップ。あれが気にかかるの。調書にはただ『紅茶』としか書かれていなかったけど、もしあれがアールグレイだったら…?」

私の言葉に、航汰はピンとこない顔をしている。

まあ、今はそれでいい。

「二つ目。容疑者三人の、事件当日のアリバイの再調査。警察の捜査では、みんな決定的なアリバイはないみたいだけど、何か抜け穴があるかもしれない。特に、事業パートナーの高田宗介。彼がオートマタの専門家っていうのが、どうも引っかかる」

「からくり人形が、何か関係あるってのか?」

「囁き声のトリックに使われた可能性は否定できないわ」

そして、私は最後の項目を指さした。

「三つ目。これが一番重要かもしれない。家政婦の相馬聡子と、被害者の山崎辰五郎の過去の関係。調書には『長年仕えている』としか書かれていないけど、40年以上も同じ家で暮らしていて、ただの雇用関係だけだったとは思えない。何か、個人的な繋がりや確執があったはずよ」

航汰は私の指示を、真剣な顔で自分のスマホにメモしていく。

「分かった。結構、骨が折れそうだな」

「お願いね、ワトソン君」

私がそう言うと、航汰は「シャーロック・ホームズ気取りかよ」と笑った。

窓の外では、茜色の夕日が校舎を染めていた。

文化祭の準備をする生徒たちの賑やかな声が、遠くに聞こえる。

だが、私たちのいるこの図書室の一角だけは、まるで別の時間が流れているかのようだった。

静寂の中、私は相関図の中心に、ぽつんと置かれた一つの単語を見つめていた。

『アールグレイ』

この言葉が、全ての謎を解く鍵になる。

そんな予感が、私の胸をざわめかせていた。

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