闇と蜘蛛

@azzzsan

第1話


第1話


土砂降りの夜だった。空は低く垂れこめ、稲光が一瞬街を白く染め、轟音が心臓を揺さぶるように鳴り響いた。高校生の男が、殺されたというニュースが飛び込んできた。街はざわめき、人々のざわめきが夜の雨音に混ざり、どこか他人事のように感じられた。


――人を殺した。


その言葉が、頭の中で何度も反響する。冷たい雨のように、じわじわと身体に染み込む。目の前の光景が、まるで映画のワンシーンのように思えた。いや、映画ではない。現実だ。


こいつは…俺をいじめていた。


中学の頃から始まった、いや、もっと前からかもしれない。理由もなく突き飛ばされ、カツアゲされ、殴られた。学校の先生に訴えても、何も変わらなかった。親に打ち明ければ、情けないだの、兄のように良い大学へ行けだの、空虚な言葉だけが返ってきた。あの頃の俺は、何もかも諦め、部屋の中でひたすら息を潜めていた。


夜のコンビニ。


偶然、あいつを見かけた。


街灯に濡れた制服が光り、雨に打たれながらも得意げに歩く姿。胸の奥がざわつく。長年、頭の片隅で眠っていた感情が、突如として噴き出した。怒り、悔しさ、屈辱、そして――欲望。


俺は息を殺し、背後からそっと近づく。

そして…襲い掛かった。


川の縁まで追い詰め、あいつを突き落とす。その瞬間、冷たい水に身体が沈む感触と共に、脳内に不思議な解放感が走った。心の霧が一瞬、すっと晴れた気がした。


だが、雨がポツリと頬を濡らす。


胸の奥に、後悔が重くのしかかる。


――俺は…殺してしまったのか。


家に帰る。誰にも見られていないはずなのに、視線を感じる。いつもより、やけに視線を意識する。背後から誰かに見られているような感覚。

あいつが悪い…そう思おうとしても、逃げられない。心の奥底で、あいつが俺を監視しているような気がしてならない。


あの頃、好きだったネットゲーム。今では画面に向かう自分を、誰かが覗き見ているようで、楽しさも消え失せていた。


――1週間後


ニュースはまるで、俺に向けて叫んでいるかのようだった。


「西佐津川と海の近くに、死体が発見されました。遺体は劣化が激しく、身元確認は不明です。検察によりますと、自殺の可能性が高いものの、殺人の可能性もあるとされています」


その瞬間、胸が締めつけられ、頭の中で警鐘が鳴り響いた。


今、警察に自首すれば未成年だし、少年院で済むかもしれない。

だが、いやだ――。


いやだ…いやだ……


俺をいじめていた奴が、もう死んでいる。

当然の報いだ。

けれども、頭の片隅で芽生えた恐怖と罪悪感が、理性を揺さぶる。


――逃げるしかない。


俺は荷物をまとめた。


貯金箱を開け、わずかに残っていた3万円を手に取り、最低限の荷物を押し込む。親が不在のタイミングを狙い、家を出る。彼らは俺のことを呆れ果て、もう見てもいない。そんなことを思いながら、雨に濡れた道路を歩いた。


向かう先は、母方の実家だった。去年、祖母が亡くなり、空き家になっていると聞いていたからだ。慣れない電車に乗り、知らない街の夜景を眺めながら、不安と孤独が胸に膨らむ。


田舎の街は、都会よりも人の視線が気になる。誰も見ていないはずなのに、背後から誰かに追われているような錯覚に陥る。

かつての記憶を頼りに家に向かうが…そこには、もう家はなかった。取り壊され、空き地が広がっているだけ。


――終わった。


それでも、諦めずに電車に乗り込み、都会へ戻ろうとした。

しかし、降りた駅は中途半端な場所だった。家もなく、知り合いもいない。夜の冷たい風が、孤独と恐怖を押し付ける。


寝床もなく、仕方なく公園のベンチに横になる。雨に濡れ、身体を丸め、眠りにつく。

耳に残るのは、遠くの車の音と、雨音だけ。


そんな日々が続く。


街は眠らず、夜は長く、心の奥に潜む影が、じわじわと広がっていく。


俺は、逃げるしかなかった。

しかし、逃げても逃げても、心の奥底で何かが俺を追い続けている。


――誰も知らない。誰も助けてくれない。

ただ、雨の中で一人、孤独と恐怖に浸るだけだった。


続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

闇と蜘蛛 @azzzsan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る