僕と反省会。 -1

 謹慎処分を受けてから二度目の週末だ。

 週が明ければ僕にも登校の許可が降りる。いっそのこと学校をサボり続ける手もあるけど、僕は素知らぬ顔で登校するつもりだ。自宅謹慎を受けていた間に流れたであろう根も葉もない噂話が怖いけど、せっかく仲の良い友達と同じ学校へ通えているのだから楽しまなくちゃもったいないじゃないか。

「ふぅ……」

 溜め息と共に、窓から部屋の外へと視線を逃がす。暗い鉛色の雲が空を覆っていた。天気予報では降水確率が三十パーセントだと言っていたが、この調子じゃ昼前には降り出すだろう。

 残念だ。

 大手を振って遊びに行けるぜ! と思っていた僕は自室で正座をしていた。

 勿論、僕が自室での待機を余儀なくされているのは天気のせいじゃない。

 僕の前で不機嫌そうに腕組みをしているのは東風谷先輩だ。彼女と僕が挟んで座るテーブルの上には、彼女がまとめてきた資料が置かれている。内容は、潟桐良徳の問題行為について。つまり、生徒指導部の問題についてだった。

 東風谷先輩が、テーブルをとんとん叩く。

 薄く塗られたマニキュアが鈍く光った。

「真仲。潟桐先生と揉めたんだってね」

「うす。でも、あれは――」

「みーちゃんから事情は聞いています。小恋ちゃんからもね」

 僕の言い訳を塞ぐように、東風谷先輩が後の先でカウンターを仕掛けてきた。あの日の顛末は彼女も分かっているようだ。その上で僕に言いたいことがあるのだろう。ラインとかも都合悪い部分は無視してたのになー。

 もうダメだ、逃げられそうにないぞ。

 先輩から顔を背けると、腕組みをした南蛇井と目が合った。視線で助けを求めると、彼女は小首を振って要求を拒否した。他のふたりにも目配せをしたが、北村は読書に夢中だし、ひばりは欠伸をしている。

 な、なんて薄情な元カノ達なんだ。

 今日は、元カノ達が僕の部屋へと勢ぞろいしていた。ベッドを背もたれにした僕の正面には東風谷先輩が座っている。やや離れた位置で南蛇井がクッションを抱えていた。北村はベッドの足元に座って読書中だ。ひばりはベッドに寝転がってゲームで遊んでいる。

 質問をするため挙手した僕を、東風谷先生が指名してくれる。

「あのぉ~。そもそもの話、なんで全員集合しているの?」

「なにっ。分かってなかったのかい?」

 やっぱりお灸をすえる気か、と身を縮こまらせる。

 するすると近づいてきた東風谷先輩は僕の左隣に座る。普段はポニーテールで結んでいる髪を横に垂らして、今日の先輩は特にお姉さんっぽい。胸が大きいせいか、シャツのボーダー柄が歪んでいる。先輩は肩が凝ると文句を言うけれど、ちょっとだけ羨ましい。青いロングスカートの裾からは花柄の靴下が覗いていた。

 が、それはそれとして、怒った東風谷先輩は怖いものである。

「真仲。私はね、とーーーってもがっかりしているんだよ」

 ぐっと先輩が僕に詰め寄る。鼻先が触れ合うほどに近付いて、先輩からは柔軟剤のいい匂いがした。潟桐みたいに嫌いな奴から睨まれるよりも、先輩のように好きな人から小言を言われる方が身につまされるものも多い。

 膝の上でぎゅっと拳を握った僕に、先輩はがばっと抱き着いてくる。

 そして、耳元で囁いた。

「みーちゃんとおうちデートしたらしいじゃないか」

「……な、南蛇井と? ……あー、ゲームして遊びましたけど」

「ずるーーーーい! 私も真仲と遊びたかったのにーーーー!」

「え? ちょっと! あれはデートとかじゃないんですけど」

「関係なーい! 私がデートと思えばデートなんだぁ!」

 駄々っ子のようにごねる先輩に押し倒されて、目を白黒させる。

 潟桐と喧嘩した件のお説教じゃないの?

 僕を叱るために元カノ達が集合したのだと思っていたから拍子抜けして、忍び笑いをする幼馴染に手を伸ばした。この悪戯娘は、何かを知っているに違いない。ひばりのお尻を叩くと、小柄な幼馴染はベッドから落ちて来た。わんわんと泣き続ける先輩を左手であやしながら、右手で逃げようとするひばりの脇腹をくすぐって抱え込む。

 両手に花のような少女をふたり抱え、事情の説明を求める。

「えっと……。どういうこと? 東風谷先輩」

「私も真仲とデートしようと思った。けど、それは抜け駆けになって許せん。ということで、他のみんなにも声をかけて真仲の家で遊ぼうってことになったんだよ」

 僕の事情は? と言い掛けたが別に用事ないしな。彼女達の他には、休日に遊ぶような友達もいない。返答を誤るまでもなく、最初から僕は詰んでいたようだ。ぐすぐすと鼻を鳴らす先輩の背中を擦っていたら南蛇井が露骨に頬を膨らませた、ご馳走を取り上げられた子供みたいな表情をしている。

 僕に抱っこされていたひばりが、くすくすと悪戯っぽく笑った。

「パイセン、ご機嫌ナナメですねぇ。ひょっとしてぇ、デートはふたりきり以外認めないタイプですかぁ?」

「うるせぇな。西条だって波久礼とよく遊んでるだろうが」

「いいの。ひーちゃんは幼馴染なので!」

「関係ねーだろ。ふたりで遊んだからって、デート判定するなって話をしてんの!」

 ぎゃいぎゃいと言い争って、南蛇井まで僕の元へと寄って来た。ひばりは南蛇井を煽り続けているし、東風谷先輩も隣で延々と僕がデートしてくれないことに愚痴を漏らしていて、状況がカオスになってきた。

 様々な事情があって、先輩と遊ぶ機会が他の三人よりも少ないことは僕も自覚している。後でちゃんと謝っておかないとな。だが、それはそれ。これ以上の混乱は許容しがたい。なんとか収拾しなくては。

「待ってよ、みんな」

 ひばりは僕へとしがみつく腕に力を込め、それを見た南蛇井が僕の上に覆い被さってきた。可愛い女の子に押し倒されるのは嫌いじゃないけど、相手が三人もいると話は別だ。それぞれの身は軽くても重ねれば、ね。三本の矢の寓話が頭をよぎったけど、これは違うだろ。

 僕も混乱してきたところで、ジョーカーが動いた。

 ぱたん、と本を閉じる音が部屋に響く。

 天使が通り道を作ったように、部屋を一瞬の静寂が埋めた。

 北村が閉じていた口を開く。冷めた視線が僕を巡って争う少女達に向けられていた。

「……あの、遊ぶのは二の次ですよね? ……今日集まったのは、波久礼君に、生徒指導部がどうなったのか。……その顛末を教えてあげる予定だったはずですよね?」

 珍しく北村が饒舌だ。瞳の底には炎が燃えているようにも見える。

 首筋に氷を貼り付けられたように、東風谷先輩とひばりが慌てて飛び退いて姿勢を正した。

 南蛇井は怯えたように僕へとしがみついている。ふらっと立ち上がった北村に首根っこを掴まれると、仔猫のように持ち上げられてひばりの隣に持っていかれた。北村はとても非力で、細くて白い指は小説のページを捲るためにあった。力仕事とは無縁の存在である。そんな彼女に掴まれただけで南蛇井の身体が自在闊達に動かされてしまうほど、今の北村は気迫に満ちているらしい。

 恐る恐る、僕も正座の姿勢を取る。

 北村の咳払いひとつで、四人の少女が肩を竦ませた。

「……そこまで怯えなくても」

「だって、こっこ先輩怖いんだもん」

「……そんなに、怖いですか?」

 ひばりの言葉で北村の無表情が陰ったのをみて、慌てて東風谷先輩がフォローに入った。

「やー! ごめんね。まず、真仲は資料を読んでくれ」

 冷や汗をかいた先輩が僕に提示したのは、潟桐良徳の問題行為についてと書かれた資料だった。

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