元カノと相談。 -2
波久礼真仲、十六歳。
僕は、華の女子高生である。
一人称や振る舞いのせいで色々と誤解を持たれることもあるが、ここだけは強調しておきたい。僕だけが時代とセカイに取り残されていることを知っているから、恋愛模様を取り巻く曖昧で複雑なルールに怯えているのだ。
「僕は女の子です」
「…………」
みんな、沈黙している。
既知の事実を改めて宣言した僕に、あきれたような顔で肩を竦め、首を横に振り、嘆息を繰り返すばかりである。僕の「カノジョ」達は、女の子同士が恋愛することに抵抗がないのだろうか。あるわけないよなぁと思いつつ、返答を聞くまでは素直に信じたくない僕がいた。
はしたないよ、と西条にスカートを掴んでいた手を退けられた。
「それがどうかしたの、お姉ちゃん」
「今更気にするようなことじゃないよね?」
「う……。いや、みんなが気にしないならいいんだけど……」
「しつこい。何度目の質問だよ」
「……私の記憶では、既に三回、同じ質問をしている」
仏の顔も、と北村が慣用句を引用する。
仏よりも優しい彼女達だからこそ、僕の執拗な確認にも応えてくれているようだ。
マジかー、と分かっていたはずなのに何度目かの感嘆が僕の胸を突いた。やっぱり彼女達は世界に寛容で、オトコがオンナに恋をするだけが恋愛だと思っていた僕とは大違いだ。
僕はこの中で一番のコドモらしい。
「本当に? 本当にいいんだね?」
「真仲は、よっぽど自信がないんだねー」
「当たり前じゃないか、だって僕は……」
恋愛に性別が関係ないと知ったのは中学生になってからだし、友達が少ない僕は色恋沙汰のイロハに触れる機会も少なかった。幼馴染の西条がやけに甘えてくるのも姉妹仲が良いからだと本気で信じていたし。可憐で美麗な少女達に告白してもらっても、それを受け止めるだけの用意なんて出来ていなかった。
もちろん、今もそうだ。
八つの瞳に見つめられて、僕の猫背もひどくなる。
委縮してしまった僕をみて、南蛇井が小さく舌打ちした。
「誰も波久礼を諦めてないんだろ。だったら、やるべきことはひとつじゃねーか」
「……僕に何を望むのさ。約束通り、恋人役はやっただろ?」
「それじゃダメだよ。お姉ちゃんは約束を守ってませーん」
西条が唇を尖らせると、他の三人も頷いた。
優柔不断で頼りない僕に、彼女達は何を求めているのだろう。
僕みたいな奴のどこがいいんだと言いたいのをぐっと堪えて彼女達の言葉を待つ。しびれを切らした南蛇井がぐっと僕との距離を詰めた。伸ばした赤い髪が僕の手の甲に触れるほど近付いた。南蛇井と僕の間へ、東風谷先輩が割って入る。
「真仲には、私達から一人を選んでもらいたいんだ」
「本気ですか?」
「当然だとも。でなけりゃ、こんな無理吹っかけないさ」
選べるわけないだろ、と言い掛けた僕を制するように伸びてくる手が一本。
北村だ。無口な少女は、無表情を崩すこともなく僕のお腹に手を置いた。
「……逃げるなら、二度と女の子と遊べないようにする」
「待てよ北村。波久礼は男にもモテるんだぞ」
「……男の子とも遊べないようにするね?」
南蛇井の言葉を受けて、北村が無表情に台詞を修正した。何する気?
右手の北村と左手の東風谷先輩に挟まれて動けない僕を脅すように、南蛇井がご丁寧に指の骨まで鳴らして威嚇してくる。西条は僕をツマミにお茶を飲んでいるし、助けてくれる気配がない。どうやら自宅でも逃げ道はないようだ。
覚悟と謳いながらも時間稼ぎをやっていたのが僕だから、決断をするにも時間を要した。
「ねぇ、お姉ちゃんは誰を選ぶの?」
「僕は――」
小悪魔じみた西条の視線を感じつつ、深く溜め息を吐いた。
仕方がない。どうせ逃げ道がないのならば、導火線を伸ばしてでも後悔を先送りにしよう。だって彼女達は誰もが素敵な人間で、僕みたいな輩を好きになった理由なんて微塵も理解できないのだ。僕に振られたという傷を残すくらいなら、僕を振って終わらせてほしい。そのためなら僕は努力を惜しまない。
「僕はこの一年間では何も決められなかった。だから……」
ぎゅっと南蛇井が拳を握った。北村と東風谷先輩に手を握られたままでは防御も出来ないだろう。だが、それでも構わない。南蛇井が僕をぶん殴って、真面目な東風谷が説教をして、西条に慰められて、北村が溜め息を吐く姿を見ることになるのだろう。それでも彼女達は僕を見捨ててくれないのだったら。
人生、諦めも肝心だ。
へらりと笑って、彼女達の良心につけ込むことにした。
「だから、今度は高校卒業まで付き合ってよ」
「っ、……スゥー。ハー。よし、波久礼。もう一回言ってみろ」
「あと三年ほど時間をください」
「死ねバカ野郎がっ!」
渾身の右ストレートが炸裂して、僕の身体が吹っ飛んだ。
東風谷先輩は、南蛇井がここまで本気を出すとは思っていなかったのだろう。渾身の力を込めた拳で僕を殴り抜いた南蛇井を凝視して、あんぐりと口を開けている。西条は安全地帯からくすくす笑っていた。追撃を加えようと飛びかかってくる南蛇井と、彼女を押さえるために慌てて東風谷先輩、それを傍から笑う西条とすべてを諦めて天井を仰ぐ北村。すべてが愛おしい光景だった。
彼女達のことが真剣に好きだからこそ、どうにか僕を嫌ってほしい。
もしも最後に残ったひとりが、それでも僕を諦められないなら。
「……その時は、きっと」
僕も本気で覚悟を決めるべきだと、そう思った。
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