異邦からの言葉

にこみ

9月24日 カボチャスープ

 近況が落ち着いてきたので日記をつけることにした。

1か月前にへ来てから休む暇がなく、今ようやく一息つくことが出来たといった具合だ。日記と言うよりも、教わった物事の備忘録として使う事が主になるかもしれない。自分が分かればの精神で書くので、多少文章がとっ散らかっても良いだろう。他人に見られたとしても分かりはしないだろうし。


まず、この世界についてまとめようと思う。

と、言っても農村から出たことが無いので そこで見聞きした知識しかないが。

どうやらこの世界の文明は、未だ近世ヨーロッパ…18世紀らへんだろうか?

歴史についてあまり詳しくは無いが、マリーアントワネットが居そうな時代で止まっている様だった。村人の服装や建物、生活に使っている器具、貨幣など、そのどれもこれもが歴史の教科書で見たことあるような物ばかりなのだ。

だが元の世界の歴史と全く同じと言うわけではなく、写真が一般的に普及していたり、ルービックキューブのような機械が宙に浮いていたり、元の世界より一歩先に進歩しているのではと思う程、変に文明が発展している。


もしや、が存在しているからだろうか?

だとしても近未来的な機械が作れて、車やパソコンだとか、現代で使われているものが作られないのは不思議でならない。サンダーっぽい魔法を使ってる人がいるので電気が存在してるってことは知ってると思うが…。

まぁ、この世界はそういうモノとして受け入れればいいか。


それにしても、初めて魔法見た衝撃はすごかった。

誰もが魔法を使うことが出来るようで、しかも魔法陣や詠唱を使わずに繰り出すことが出来るらしい。指をスッと振るうだけで豆の筋がスルスル取れたり、掌を怪我人にかざすだけで たちまちに怪我が治ったり…でも物を視認してから、指先または掌で、何を対象にするのか示すことを毎回おこなっているため、魔法を使うにも何かルールみたいなのがあるかもしれないな。

しかし、大人も子供も魔法を簡単に使っているというのに、残念ながら俺は魔法を使えないらしい。試しに豆の筋を取ってみようと指を軽く振ってみたが、豆はうんともすんとも言わず、素直にナイフで筋を取るしかないってことが学べただけだ。

別の世界から来たので当たり前っちゃ当たり前だが、ファイヤーとかに憧れはあったので、魔法を使えるのはちょっと羨ましく思う。


…ふと思い出したが、魔法の才能がある人は魔術師となるために、こぞって王都に出向き研鑽けんさんを積むのだとか。

その理由が怪物退治のためと言うのだから、つくづく現実離れした世界だ。


怪物の話が出たので、こちらも少しまとめてみることにする。

前述にもあるように、この世界にはがいる。

犬や猫など元の世界にいた動物に加え、ドラゴンやゴブリンなどが同時に存在するようだ。結界(あのルービックキューブのような機械がそうだ)が無い村は怪物らに襲われるのだとか。

そう言えばこの間、騎士と魔術師の団体が村に訪れたのだが、彼らの馬が牽いていた荷台に、巨大な爬虫類の怪物が何匹も括り付けられているのを見てしまった。

きっと村の外で闊歩かっぽしていた怪物なんだろう。

死んでいるようで動きだしたりはしなかったが、筋骨隆々で全長は2m近くあり、二足歩行をするのか人間に近い体の構造をしていた。容易に命を奪える形をした牙と鉤爪が、やけに赤黒く染まっていたのが印象に残っている。

他にもマギュラと呼ばれる怪物は、大きな角を持ち、人間とそっくり…いや、擬態?しては油断した所を襲うのだという。この世界の人々にとっては恐怖の象徴なようで、教会にある絵本にも描かれているくらいだ。

絵本では、角の生えた黒い渦が「わるいこ は まぎゅら が さらってしまうぞ」と、子供を脅かしている姿がデフォルメで可愛らしく描かれていたので、正直に言ってあまり怖くはない。若い子で流行りそうな見た目をしてる。

いったい本物はどんな見た目をしているのか、不謹慎ではあるが少し興味がある。


****


日記を書いてたらアンブルさんからリンゴとハーブティーを頂いた。

皮つきの林檎を食べるのは久々だ。元の世界じゃ果物は割と高いから 滅多に買うことは無いが…たしか、リンゴの皮って栄養があるんだっけな。

アンブルさんが「早く寝るんだよ、おやすみ」と言ってくれる姿に、何だか懐かしさを感じて鼻の奥がつんとして痛くなった。


家族は元気だろうか。

高校の頃に迷惑ばっかかけたのに、今も急に居なくなって心配ばかりかけてしまってると思うと、とてもやるせない気持ちになる。


かえりたい。


一度家族の顔が浮かんでしまうともうだめだ、帰りたい思いが強くなる。

今週の土曜日にリンゴ送ってくれるって母さんからメッセージがあったはずだ

それに兄貴の結婚祝いに実家に戻る予定だったのに。仕事だって放りっぱなしじゃないか。友人と飯に行く約束だってしてた。

このまま元の世界に二度と帰れなかったら

だめだ、考えるな帰れるんだ、俺は、帰ることを考えて

…でも、瞬間移動で帰るなんて机上の空論だったろ

神父さんから人を別の場所へ移動させることは神でないと不可能と言われた

なら後は何がある、どうすればいい。湖に飛び込めば、死ねば悪い夢から醒めるのか?だが湖の前に立ったとしても足がすくんで飛び込む勇気すらない 後ろではしゃぐ子供らの笑い声が頭の中に響いて、平和な筈なのに悍ましく感じて逃げてしまった

くそ、耳鳴りがうるさい、誰かが俺の名前を呼ぶ声がひっきりになしに聞こえる

視界の端で何かが動いた 全部気のせいだと言うのに、何かに追われている感覚だ

マイロさんとアンブルさんはここに居て良いと言ってくれた、でも彼らは婆ちゃんと同い年くらいで、これ以上迷惑をかけられない ずっと厄介になる訳にはいかないんだ。でも、魔法も使えない、言葉だって分からない。村の人たちのように優しい人間ばかりがいるとは限らないし、怪物だってこの世界にごまんといる

一人で何の力もなく野垂れ死ぬ未来しか見えない

そんな世界で俺はどうすればいい。そもそもなんで俺がこんなところに居るんだ

なんで俺がこんな目に遭うんだ、何かしたか、普通に生きて仕事してただけだぞ

それなのに くそ、はやく言葉を覚えないと、帰る方法を見つけるんだ早くじゃなきゃおれは



****



ハーブティーを飲んだ。

ちょっと冷めてしまったが、ホッとする味だ。

酸化してしまったリンゴも甘酸っぱく美味しい。

アップルパイにするともっと美味しいと思う。


…最近、精神的に参ってしまう事が多い。

帰る手段が尽くえているせいなのかもしれない。

ぷつん と糸が切れたように 唐突に何もかもが恐ろしく感じる時がある。

体を上手く動かせず、呼吸がままならない経験を始めてした。

感情が濁流のように思考を奪い去っていき、何かを考えようとしても頭の中に居座るのは不安だ。前なんて、畑仕事を手伝ってる最中だって言うのに、気が付けば泣いてしまって、マイロさん達に心配をかけてしまった事がある。

でもそのたびに彼らは「今日は川魚のソテーにしましょうか」とか「魚を捌いてみるか?」とか、他愛のない話をしながら俺を抱きしめてくれるのだ。

それにどうしようもないほどの安堵を覚え、大人げなく声を上げて泣いてしまった。


思い返せば、アンブルさんとマイロさんにはお世話になってばかりだ。

畑のど真ん中に倒れていて、訳の分からない言語を喋っている半狂乱の成人男性は余りにも不審者だったろうに。それなのに俺を保護してくれて、さらに元の場所に戻れるまで一緒に住まないかとも言ってくれたのだ。

未だ精神的には不安定ではあれど、なんとか正気を保てているのはあの夫婦のお陰だ。感謝してもしきれない。

 

以前、どうしてこんなに良くしてくれるのか尋ねたことがある。

実は彼らには息子さんがいた様で、生きていれば俺と同い年だったという。

俺が畑で倒れていたのを見て、亡くなった息子が帰ってきたと思ったらしい。

息子さんの写真を見せてもらったが、軍服を身にまとった快男児が向日葵を持って微笑んでいる姿が写っていた。

…彼は戦死なのだろうか。亡くなった理由を聞くつもりはないが、随分と若くして亡くなってしまわれたらしい。

顔立ちはマイロさん似で、目元が若干俺に似ていたのを覚えてる。

面白い事に、今日の夕食に出たカボチャスープがあまりにも美味しくてお代わりした姿なんかも似ていたらしい。

息子さんもアンブルさんが作ったカボチャスープが好きなんだな。



そろそろ寝よう。

夜更かしはストレスになるとスマホで見たことがある。

明日の朝には今日余ったカボチャスープが出てくるはずだ、一晩寝かせるとスープも味が深まるんだろうか?ちょっと楽しみだ。

朝食のあとは玉ねぎの収穫を手伝って、教会で勉強を頑張ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異邦からの言葉 にこみ @Rata_Nezu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ