閑話 #3

 私は、例のポッドキャスト配信者と落ち合うため、電車に揺られていた。

 「ムラタ氏」とは、SNS ――Xを通じてコンタクトを図った。

 元々私は、学会の宣伝用アカウントから接触をとったことも幸をそうし、話しは驚くほどスムーズに進んだ。


 彼のプロフィールを簡単に紹介しておこう。

 彼は、動画投稿サイトG-Tubeを中心に「ムラタ」という名義で活動する配信者で、キャリアは10年ほど。

主に視聴者から実話系の怪談を募集し、朗読する配信や廃墟や心霊スポットを訪ね実地調査を行う動画を投稿している。

 今では怪談師としての地位も確立し、毎年数多くの怪談会を企画・運営している。




――――――――――――

 目的の駅に降り立った私は、彼との待ち合わせ場所である駅前のファミリーレストランに足を踏み込んだ。

 店内は土曜日の夜ということもあり、多くの家族連れやカップルでにぎわっていた。

 私は、彼の特徴と一致する人物を店内を見渡しながら探した。


 すると窓際のテーブル席に腰かけていた彼は私を見ると立ち上がり会釈した。


「すいません。お待たせしてしまったようで」

「いえ、大丈夫ですよ。私も今しがた到着したばかりですので」


 彼は、私に座るよう促し、私は軽く礼を言って席に着いた。


「僕、学者さんと喋るの初めてなので、今日を楽しみにしていました。」


 ムラタは人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。


「いえ、学者なんて。博士号も持っていませんし、しがない趣味人でしかないですよ」


 私は苦笑いを浮かべながら、水の入ったグラスを手に取った。


「でも、怪談を研究しているって、なんだか“呪われた書庫”とか持ってそうなイメージありますよね」


 私は吹き出した。


「あと、家に入ると必ず古いラジオが勝手に鳴り出すとか…」


「それはちょっと困りますね。集中できませんし」


 二人で笑い合ったあと、私はカバンの中から書類を取り出した。




―――――――――――

「ついて早々申し訳ないのですが、以前メッセージでお話しした怪談の件なんですけど…」


 私は、ムラタと会うきっかけとなった山の怪異に関する怪談の資料と、S県T市にまつわる宏昌が集めていた未編集の怪異群を彼に提示した。


 一連の資料に軽く目を通すと、途中で手を止め、眉をひそめた。


「……S県T市の怪談だけでこんなに、思った以上ですね。」


 彼は書類をテーブルに置くと、カバンから

タブレットを取り出し、画面を私の方へ向けてファイルを開いた。


「水梨さんにダイレクトメッセージをいただいたとき、気になって調べてみたんです。 そしたら、僕のチャンネルの視聴者から寄せられた体験談の中にも、S県T市に言及するものがいくつかあったんですよ。」


 彼は保存されたワードファイルの束をスクロールしながら、いくつかのタイトルを指差した。


「たとえば峠道の怪異についてなんですけど。私がポッドキャストの中で言及した以外にも複数の体験談が視聴者から寄せられてたんです。」


 私は思わず身を乗り出した。 ムラタは画面を操作しながら、さらに続けた。


「それと、水梨さんがカクヨムで公開している怪談に似た話も、うちのプラットフォームに投稿された体験談の中にありました。 内容は微妙に違うんですけど、語りの流れがそっくりなんです。 日常の中に違和感が差し込まれて、孤立した語り手が“何か”を見てしまう。 そして最後に、痕跡が残る。札だったり、記録だったり、夢だったり。 まるで、次の語り手にバトンを渡すみたいに」


 彼の声には、興奮と戸惑いが混じっていた

私の中で、宏昌が残した言葉が、再びよみがえる。


 ——「境界に触れるな。ただ、記録せよ。」



―――――――――――

 会話がひと段落したところで、私はグラスの水に手を伸ばし、ひと口飲んで、 そのまま視線を落とし、しばらく黙っていたが、やがて意を決して口を開いた。


 今回の目的について、事前のメッセージでは曖昧にしていた。 文字では伝えきれないと思ったし、何より、直接会って話すべきだと感じていた。


「実は…今日お会いしたのには、もうひとつ理由がありまして」


 ムラタは、タブレットを閉じて私の方に視線を向けた。 私は、言葉を選びながら続けた。


「ムラタさんも私のカクヨムを読んでいるのでご存知だと思いますが、私の亡くなった友人がS県T市の怪談について収集していたんです。」


 ムラタは、静かに頷いた。 私はさらに言葉を重ねた。


「それで、もしよければ…ムラタさんにも協力していただけないかと思って。 怪談の収集や、視聴者の体験談の整理など…ご迷惑かもしれませんが」


 一瞬の沈黙のあと、ムラタは柔らかく笑った。


「なるほど。そういうことだったんですね。 でも、迷惑なんてとんでもない。むしろ、面白そうじゃないですか。 S県T市って、確かに私も当時は気に留めてなかったんですけど実在しない場所の怪談について様々な属性の人が語っているって興味深いです。僕でよければ、ぜひ手伝わせてください」


 その言葉に、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。


「ありがとうございます。ほんとに、助かります」


 ムラタはカバンにタブレットをしまいながら言った。


「じゃあ、今日はこのへんで。資料、整理しておきますね。 また連絡します。次は、もっと深掘りしましょう」


 私たちは店を出て、それぞれの帰路についた。 夜の街は、どこか静かで、風が少し冷たかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る